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ラストダンジョン最寄りの村の定食屋ですが、魔王様が常連客になりました  作者: 松本雀


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定食屋VS元勇者魔王! 〜世界を救わない料理勝負、開幕

「ありがとうございました!」


ピークタイムの賑わいは過ぎ去り、店内はいつもの静かな午後の定食屋に戻っていました。こんな日常の延長のような時間なのに、胸の奥には言い知れない不安が渦巻いています。


そう、今日は南の魔王ジルヴァラク様との料理勝負の日。


なんでしょうこの字面……。


すべての発端は、ジルヴァラク様の城で行われた魔王会議。その晩餐会で、うちの常連であるバルゼオン様が「メルヴィの定食が食べたい」と余計すぎる発言をしてしまったのです。


……魔王様。晩餐会でその発言はマズすぎるでしょう! 空気読んでくださいよ!!


それがなぜか、定食屋対魔王の料理勝負という理解不能な展開にまで発展。結局私がとばっちりを食らってるんですよね。

理不尽すぎませんか、これ?


そんな私のぼやきを遮るように、扉が勢いよく開きました。


ゴンッ!


「あいたっ……」


静かな店内に、程よい音量で、慣れ親しんだ衝撃音が響き渡りました。


入店の瞬間、またもやバルゼオン様は一角獣のような立派な角を戸枠にぶつけました。

常連なんですからいい加減覚えてくださいよ!


「また角をぶつけましたね、魔王様……?」


「う、うむ……」


もはや定番となった光景ですが、角をさすりながらしょんぼりと立っているバルゼオン様を見るに見かねて、私は慌てて近寄りました。


「ほら、見せてください。どこか欠けたりしていませんか?」


そう言いながら角を撫でると、なぜかバルゼオン様は頬を緩ませて満足げです。


「ふむ……これはなかなか良い。このような褒美があるなら、次回もぜひぶつけよう」


「ぶつけ癖つけないでくださいよ!? 修理費請求しますからね!」


そんなくだらないやり取りをしていると、急に店内の空気がひんやりと重くなりました。


「バルゼオン殿、そろそろよろしいか?」


振り返ると、そこにはローブを深く被った男性が静かに立っています。物々しい雰囲気に、思わず背筋がピンと伸びました。


男性は、ばさりとローブを脱ぎ捨てます。


銀色の髪が光を受けてきらりと輝き、青灰色の瞳がこちらをまっすぐに射抜きました。整った顔立ちは、元勇者と聞けばなるほどと納得できるほど端正。ただ、纏っている紫紺のマントと、その威圧感だけが今の彼を魔王だと告げているようでした。


胸元には『剣と星』のブローチが輝いていて、それがかつての勇者としての誇りを表しているようにも、逆に皮肉っているようにも見えて、どうにも落ち着きません。


彼は威厳たっぷりに口を開きました。


「……しかと聞け、そしてその身に刻め!! オレ様の名はジルヴァラク!!! 南の国の魔王にして、かつては勇者と称えられし者!!!!」


おお、すごい迫力……!


「今から遡ること十数年前、黒き森の悪霊を討ち払い、氷結の魔女フィオナを退け、炎帝ダルバールの猛火をも潜り抜け、亡びの地で終末皇帝マルテウスと十三日間にわたり死闘を繰り広げたのち、天にそびえる空中神殿では至高存在アルセウスの試練を受け――」


ちょっと待って。なんか語りだしたんですけど。

これ、まだ続きそうな感じ……?


「天空を支配する翼ヴェントスとの百のなぞなぞ勝負に見事勝利し、海底神殿の人魚王リヴァイアスと寿司の早食い対決を制し――」


人魚王と寿司の早食い対決!?

何やってるんですかこの勇者様!!!


「さらに、永遠の雪原を超えて氷竜ヴァルニールを倒し、星降る塔の頂で賢者ルディスと問答を交わし――」


長い、めちゃくちゃ長い。

この人、放っとくとあと1時間ぐらい普通に喋りそうなタイプ!!!


「ちょっと待ったストップ!! 名乗りが無駄に壮大すぎますから!!」


「ああ、すまない。熱が入りすぎたようだ。さて、続きを──」


「続けないでください!!!」


「……何故だ? まだ三割も話していないが???」


「三割!? 私、名乗りだけで夜までかかるの嫌ですよ!」


ジルヴァラク様はなぜか店の真ん中で腕を組み、深いため息をつきました。勝負前から哀愁漂わせるのやめてくれません? なんですか、そのやり尽くしたみたいな顔。


「あの、どうかしました? 」


「……いや、思い返せばこれまで随分と色々な敵と戦ってきたと思ってな……」


念のため声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げ、遠い目をして語りはじめました。


急に人生を振り返られても、リアクションに困ります。

勇者時代の回想は家でじっくりやってくださいよ。


「だが最も手強かったのは、やはり煉獄のドラゴン・ヴァルゲルムだ。あれほどの猛者は後にも先にも現れないだろう……」


スケールが大きすぎて全然分かりません。

その戦歴と、今から始まるうちの店との料理勝負がどう繋がるのでしょうか?


ジルヴァラク様は急に真顔になり、鋭い視線を私に向けました。


「だが今日、オレ様はそれらを凌ぐほどの相手に出会ったのかもしれない」


「えっ?」


「……そう、店主メルヴィ殿。貴殿だ!」


いやいや、ちょっと待ってください!

今煉獄のドラゴンと同列に扱われましたよ私!?


「勇者として数多の強敵を倒したが、料理勝負だけは未知の領域。貴殿はまさしく、オレ様に立ちはだかる新たな強敵!」


あのですね……定食屋の店主をボス扱いしないで!

料理を作るだけで魔王に『強敵』認定されるのって、私くらいじゃありませんかね!?


すると横で黙って聞いていたバルゼオン様が、やれやれと首を振りながら前に出てきました。


「……ジルヴァラクよ、はっきり言っておこう。メルヴィは貴様ごときに負けたりはせぬぞ?」


なに勝手にハードル上げてるんですか!!!


「魔王様、気持ちは嬉しいですけど『貴様ごとき』って元勇者様をナチュラルに見下すのやめてもらえません!? そもそも私、ただの定食屋店主ですよ!」


しかしバルゼオン様は不敵な笑みを浮かべたまま――いや、どうしてそんなに誇らしげなんです?


「謙遜はよせ、メルヴィよ。お前は煉獄のドラゴンなどより苛烈にして恐ろしい相手だ……怒らせると、おかずを全部ピーマンにする」


「それだけ聞くとただのイヤな店主じゃないですか!!!!」


でもなぜか、横にいたジルヴァラク様の表情がサッと真顔になりました。えっ? なんでそこで真顔?


「……なに?」


「そうだ、ジルヴァラクよ。よく聞け。以前、我がうっかり店主の姿を『ころころと丸くて愛らしい』と形容してしまったことがあってな……」


「ちょっと! その話今ここでする必要あります!?」


するとジルヴァラク様が訝しげに眉をひそめました。


「丸くて愛らしい……? それは、褒め言葉ではないのか?」


「無論だ。だがメルヴィはその瞬間、冷たい微笑みを浮かべながら我に告げたのだ。『次にその言葉を使ったら、おかずを全部ピーマンにしますからね』……とな!」


ジルヴァラク様の顔色が見る見る青ざめました。なんでピーマンでそこまで反応するんですか、この元勇者!


バルゼオン様は遠くを見つめ、静かに語ります。


「あの恐怖は想像を絶した。白米のおかずにピーマン、味噌汁にもピーマン、小鉢もピーマン。まさにピーマン地獄……」


「いや、実際にはやってませんからね!? 魔王様が勝手に想像して勝手に怯えてただけです!!!」


しかしジルヴァラク様は私の弁解など全く耳に入らない様子で、恐れ入ったように顔色を失っていました。いやちょっと待って、本気で怖がらないで!?


「っ……! バルゼオン殿を震撼させるとは。なんと恐ろしい女よ……!」


「いや待ってくださいよ! ちゃんと内容確認しました!?」


しかし私の弁明は完全に聞こえていない様子。ジルヴァラク様は遠い目をしながら呟きました。


「よくぞご無事で……バルゼオン殿」


「うむ。思い出しただけでも寒気がするぞ……」


「だから魔王様も話盛るのやめてくださいよ! そんなピーマン地獄みたいなことしてませんから!!」


ジルヴァラク様はすでに目を閉じ、覚悟を決めたようにゆっくりと頷いています。いやいや、何を悟ったような顔してるんですか!? ただの定食屋店主相手に、そんな悲壮な決意を固めないでくださいよ!


「いいだろう、店主メルヴィ殿……! 貴殿の底知れぬ恐ろしさ、この元勇者が確かめてみせる。さあ、いざ尋常に……勝負!!!」


「なにこれ、決闘!? 」


なんで世界の命運背負ってる感じになってるんですか!


私は小さくため息をつき、仕方なくエプロンの紐を締め直しました。結局今日も、いつも通り『普通じゃない』一日が始まりそうです。

いいえ、もうとっくに始まってしまっていますけどね。


願わくば、定食で世界が滅びませんように。

それだけを心の底で祈りつつ、私は厨房へと戻りました。

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