定食屋奮闘記!〜最高のおもてなし料理を探して〜
ああ、どうして私の人生はこうも波乱万丈なのでしょうか。
布団に潜り込んで、私は天井をぼんやりと見上げていました。昨日、バルゼオン様が教えてくれた料理勝負の内容が、まるで呪文のようにぐるぐると頭を巡っています。
『料理勝負はメルヴィに合わせて、一品でいいそうだ』
「ほっ……それならまだ何とか……」
一品勝負自体は、うちの定食屋的にもギリギリ悪くないラインです。だって、品数を競ったらそれこそ豪華なコース料理に太刀打ちできませんし。
いや、そもそも勝負を受けた時点で負け戦のような気もするんですけどね!
しかし問題は、その後に続く言葉です。
『判定基準は味、美しさ、そしておもてなしの心……だそうだ』
ちょっと待ってください!
今なんか、もの凄く難易度が急上昇した気がするんですけど!!!
うちの定食屋で『美しさ』なんて、せいぜいネギを散らすかパセリを添える程度です。それに『おもてなしの心』って、具体的に何をどうしたら評価されるんですか。スマイル無料とかじゃダメですよね?
そもそも相手は南の魔王ジルヴァラク様、元勇者ですよ!? 元勇者といえばきっと美食を極めた王様や貴族たちから、高級なおもてなし料理を体験済みのはず。その元勇者・現魔王相手に、一体どんな料理を出せば勝てるのでしょうか。
『メルヴィ、大丈夫だ。お前の定食は世界一美味い。ジルヴァラクなど敵ではない』
「無理ですってば!! 世界一はさすがに盛りすぎですバルゼオン様!!!」
布団の中で、私は枕に顔を埋めて絶叫しました。
――どうしよう、このまま負けたら、お店がどうなってしまうのか全くわかりません。元勇者ですから、もしかしたら「悪の定食屋」とか言われて討伐されてしまうのでしょうか。
「……っ、考えてても仕方ない」
がばっと布団を蹴飛ばし、私は飛び起きました。
勝負が一品勝負なら、一品に全力をかけるしかありません。
最高の料理のヒントを探して――絶対にこの店を守ってみせます。
◆
朝の涼しい風を受けながら、私はまず道具屋のおばちゃんのところへ足早に向かいます。村で一番おしゃべり好きのおばちゃんなら、何かいいアイデアをくれるかもしれません。
藁にもすがる思いで扉を開けると、朝早いのにもう忙しそうに棚を整理していました。
「おばちゃん、おはようございます! ちょっと急ぎの相談なんですけど、最高の料理って何だと思います?」
「あら、そんなの決まってるじゃない。肉じゃがだよ!」
に、肉じゃが? 確かに美味しいけど、普通すぎません!?
もうちょっと特別感が欲しい……と思った矢先、おばちゃんが誇らしげに言いました。
「いいかいメルヴィちゃん! 肉じゃがはね、特に独身男性には最強なの。私なんて肉じゃが一皿でうちの亭主を捕まえて結婚したんだからね!」
いやいや、そんな簡単に人が捕まるわけないでしょう。
肉じゃがで人生決まるなら、世の中の婚活はもっと楽なはずです。
……そう思ったはずなのに、なぜか脳裏に肉じゃがを食べるバルゼオン様の姿が浮かび上がりました。
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『……メルヴィ、我は捕まった』
「そんな即落ちみたいに言わないでくださいよ!! どれだけ簡単に捕獲されちゃうんですか魔王様!?」
『我の心も胃袋もお前に捧げることを此処に誓おう』
「ちょっと! 胃袋とセットで誓わないで!!!」
『我を捕らえた以上、その責任を取る義務がある。さあ、結婚の準備をしようではないか。共に永遠の時を過ごそう』
「うわぁぁぁっ! 待ってください心の準備も何もできてません!! そもそも魔王様に嫁ぐとか、絶対無理ですからぁぁぁ!!!!」
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「あらあら、メルヴィちゃん。そんなに叫んでどうしたんだい?」
目の前には、道具屋のおばちゃんの心配そうな顔がありました。
――え、あれ……魔王様は……? 今の全部、私の妄想……??
瞬時に自分が何を考えていたのかに気づき、私は耳まで真っ赤になりました。
「なっ、何でもないです! ちょっと変な夢見ただけなので気にしないでください!」
私は真っ赤な顔を隠すように下を向いて、猛ダッシュで道具屋から逃げ出します。
――落ち着いて、私! 肉じゃがで魔王と結婚なんて、ありえませんからね!?!?
気を取り直して次は雑貨屋へ向かいます。店の中では雑貨屋のご主人が、商品を並べ直しているところでした。
「雑貨屋さん、ちょっと教えてください。最高の料理って何だと思いますか?」
「そうだなぁ……昔は焼肉だったけど、今は焼き魚かな」
「焼き魚、ですか?」
「そうそう、特に秋刀魚! 脂がのって最高だよ、塩焼きにして大根おろしを添えてさぁ」
「……昔は、って言いましたけど、今はどうして魚なんですか?」
私が頷きながら尋ねると、ご主人は少し照れくさそうに笑いながら言いました。
「いやぁ、歳を取るとさ、肉より魚とか野菜の方が美味しく感じるようになって。ほんと、味覚って不思議だよな!」
和やかな笑い声につられて、私も思わず笑顔になります。
秋刀魚かぁ。確かに美味しいけど、料理勝負には地味かもしれません……私は静かに雑貨屋を後にしました。
色々な意見は聞けたけれど、肝心のメニューがまだ決まりません。
もうこれは、あの人に聞くしかありません。私は深呼吸をして気合を入れると、村長のおじいちゃんの家に向かって走り出しました。村で一番の年長者なら、何か特別なヒントをくれるかもしれません!
◆
私は息を切らしながら、村の端にある村長の家へ辿り着きました。いつも庭には綺麗な花が咲いています。その見慣れた風景を横目に、一度大きく息を吐いてから扉を叩きました。
「村長、定食屋のメルヴィです。少し相談させてもらえませんか?」
「おや、メルヴィ。そんなに慌ててどうしたんじゃ?」
突然飛び込んできた私に驚きながらも、村長はいつもの穏やかな笑顔で迎えてくれました。
「えっと……実はちょっと、料理について知恵をお借りしたくて……。村長が思う、最高の料理って何ですか?」
村長はゆったりとした動きであごに手を当て、静かに考えます。そして、にっこりと優しく微笑んでこう答えました。
「そうじゃなぁ、わしが思う最高の料理といえば……やっぱり、塩むすびと、あったかいお茶じゃろうなぁ」
――えぇっ!?
思わず私の口から変な声が漏れてしまいました。
「し、塩むすびですか……?もっと豪華なものを想像してましたけど……」
村長は笑いながら首を振りました。
「メルヴィ、料理というのは不思議なものでな。100人がいて100人全員が美味しいという料理なんて、そうそうあるものじゃない。80人が喜ぶもの、50人が気に入るもの、10人に届くもの……いや、たった1人でも美味しいと思ってくれるものを作れば、それが最高の料理じゃないかのぅ」
村長の静かな言葉が、ゆっくりと私の胸に染み込んできました。
そうか……全ての人に喜ばれる料理なんて、最初から無理な話ですよね。1人でも心から喜んでくれる料理を作れば、それが私にとっての「最高の料理」になるのでしょう。
「ありがとうございます……なんだか、少し勇気が出ました」
村長にお礼を言って家に帰る途中、私は空を見上げました。青く澄み渡った空に、柔らかな雲がぽっかりと浮かんでいます。
私にもできるかな……誰かが本当に喜ぶ料理。
帰宅すると、私はすぐさま台所に向かいました。棚を開け、引き出しを探り、戸棚の奥までガサゴソと漁ります。
「あったはず……絶対ここに……」
そして、棚の一番奥に手を伸ばした瞬間、指先に何かが触れました。
「――あった!」
それを取り出した私は、小さく深呼吸をして、ぎゅっと抱きしめます。そして、自分自身に言い聞かせるように、もう一度強く決意しました。
――ジルヴァラク様がどんなに豪華な料理を用意しようとも、私はこれで戦おう。
私の料理を喜んでくれる、たった一人のために、最高の料理を作ろうと。




