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ラストダンジョン最寄りの村の定食屋ですが、魔王様が常連客になりました  作者: 松本雀


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定食屋迷推理録〜誰がためにカッパ店長は踊る〜

そう、あれは遥か遠き神代……ではなく三日前。魔王会議の場は、南の魔王ジルヴァラクの居城であった。


荘厳なる巨大な石造りの広間には、多種多様な魔王が円卓を囲んで座っていた。窓からは夕暮れの紅い光が差し込み、壁に飾られたタペストリーを血のように染めている。そんな中、我――ラストダンジョンの魔王バルゼオンは、静かに己の席に座し、目を閉じていた。


我々魔王というものは、表向きは大変厳粛な存在である。魔素の循環について、人間種の台頭について、さらには深刻化するダンジョン汚染についてなど、実に高尚で複雑な議題を連日語り合っているのだ。


だが、立派な魔王といえども毎日の会議は精神を摩耗させるものであり、我はこの時、すでに心身共に限界を迎えていた。


美味しいおかず……ほかほかの白米……ああ、味噌汁の香りが懐かしい。


――ここ数日間メルヴィの作る定食を食べていないせいで、我はすっかり元気をなくしていたのだ。


内心でため息をつきつつ、ふと我は心配になった。


ああ、きっとメルヴィは寂しい思いをしていることだろう。いや、間違いなくそうに違いない。彼女は健気に我の帰りを今か今かと待ち侘び、温かい定食を用意して帰還を祈っているはずだ。


『バルゼオン様が来ないと私、もう定食を作る意味がありません……!』


泣き崩れては、いないだろうか。そう考えるだけでも胸が痛む。ラストダンジョンの魔王たる我をここまで追い詰めるとは、なんという罪深き魔王会議よ!


(ちょっと待ってください!? 泣き崩れていませんからね!? 勝手に悲劇のヒロインみたいにしないでくださいよ!!!)


そんな疲労困憊した精神状態であったからこそ、あの悲劇は起きてしまったのである。


南の魔王ジルヴァラクが、晩餐のメニューを自信満々に告げたのだ。


「今宵の前菜は、『麗しのカピバラと真鯛のカッパ店長』である!」


静まり返る円卓の間。何名かの魔王が「おぉ」と期待を込めてどよめく中、我の頭の中では謎の生き物が踊り始めた。


優雅な笑みを浮かべたカピバラ。その横では、頭に小さな皿を乗せた真鯛が、エプロン姿で胸を張る。「麗しのカピバラです」「どうも、カッパ店長です」……いや、我に自己紹介されても困るのだが。


その結果、つい言葉が口をついて出てしまった。


「ああ……メルヴィの定食が食べたい……」


その瞬間、広間が凍りついたように静まり返った。ジルヴァラクの顔色はみるみる真っ赤に染まり、その目は完全に我を射抜いていた。


「……何だと!? 貴殿は、オレ様の用意した晩餐が不満だと言うのか!」


「いや、侮辱しているわけではないのだ。ただ……メルヴィの定食の方が……」


我が言葉を終える前に、ジルヴァラクは拳を天に掲げて叫んだ。


「……ならば、決着をつけようではないか! 貴殿がそれほどまでに推すメルヴィとやらの定食と、オレ様が用意した至高の晩餐とでな!!!」


「なぜそうなる……我悪くない……」


こうして、まったく意図せぬままにジルヴァラクに料理勝負を挑まれることになったのだ。


繰り返すが、我悪くない。


悪いのは、カピバラと真鯛のカッパの店長である。


◆◆◆


バルゼオン様の長々とした言い訳(と本人は思っていないようですが)を聞き終えた私は、訳がわからなすぎて、ふと遠い目をしてしまいました。


カピバラ、真鯛、カッパの店長……どれもこれも料理として理解不能です。ジルヴァラクさんのセンスが独特すぎるのか、バルゼオン様の記憶力が致命的なのか。もはやどちらでも良いような気がしてきました。


ですが、このままでは話が進まないので、私はとりあえず他の料理名も聞いてみることにしました。


「あの……バルゼオン様。他にも何か覚えているメニュー名はありませんか? もう少し、こう……まともなやつとか」


するとバルゼオン様は自信満々に頷いて、私にこう言ったのです。


「他の料理か? ふむ、ちゃんと覚えているぞ。『困るエビのリスク』に、『怖がらず照れる犬』、それからデザートは『本棚ショコラの戦士のささやき』だった」


駄目ですね! 全く意味が分かりません!!!


エビが困っているのか、食べるとこちらが困るリスクがあるのか、なぜ犬は怖がらずに照れているのか。そして本棚ショコラの戦士とは誰なのか……。


私はますます深い混乱の沼に沈み込んでしまいました。どうしてこんなに不条理な料理名ばかり覚えているのでしょう。ある意味奇跡的な記憶力です。


私は助け舟を求める気持ちでアモルテ様に視線を移しました。


「アモルテ様、あの……実際はどんな料理が出ていたか、ご存知ありませんか?」


アモルテ様なら、もう少しまともな記憶があるはず……。そう思ったのですが、アモルテ様はにこやかな笑みを浮かべながら、さらりと恐ろしいことを口にしました。


「あぁ、僕、前回酔っ払って全裸で暴れちゃったからさぁ、今回の魔王会議は出禁になってて行ってないんだよねぇ」


……全裸で暴れたって何ですか!?


それ、魔王以前に人(?)として完全アウトですよね!?

そもそも全裸で何をどう暴れたのか、考えたくもありません!!!


私は引きつった笑顔のまま、念のためにアモルテ様へ注意を促しました。


「あの、うちの定食屋で暴れたら一発出禁ですからね!? どんな魔王様でも許しませんからね!?」


するとアモルテ様は朗らかな顔でコクンと頷きました。


「大丈夫だよぉ、メルヴィちゃん。ちゃんとわきまえて、次は全裸だけにして暴れないようにするから」


いやいやいや! 余計ダメですから!!!

むしろ『暴れないけど全裸』って、別の方向で完全アウトじゃないですか!?


私はもう、この状況を収拾できる自信が完全に消え失せ、力なくテーブルに突っ伏すしかなかったのでした。

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