魔王様と東西の魔王様にすき焼き定食を
厨房に立つと、まずは新鮮な白菜をざくざくと大胆に切り分けました。白と緑の鮮やかなコントラストが目に美しく映ります。続いて長ネギを斜めにすぱすぱとリズミカルに切り、しいたけには丁寧に飾り包丁を入れていきます。
「ああ、やっぱりお野菜はいいですねぇ」
ひとりごとを呟きつつ、熱した妖精銀の鍋に牛脂を落とすと、じゅわっと香ばしい音が厨房に響きました。馥郁とした香りがふんわりと広がり、私の気持ちまで高揚していきます。
そこへネギと白菜、しいたけを並べ入れると、心地よい音とともに野菜に焼き色がつきました。
焦げ目を確認して、味醂と醤油、お砂糖とお酒を合わせた割り下を鍋に注ぎます。じゅわああ、と広がる香りが鼻をくすぐり、私は思わず深呼吸をしてしまいました。
うん、この匂いだけでご飯三杯はいけそうです!
お豆腐を崩れないようにそっと鍋に入れ、最後に丁寧にスライスした美しい赤身の牛肉を慎重に加えていきます。牛肉は瞬く間に割り下に染まり、美味しそうなつやを帯びてきました。
「ああ、これは反則的な美味しさの予感がします……!」
最後に緑の春菊を添えると、鍋の中で彩りが一層鮮やかになりました。この食欲そそる湯気が立ち上るすき焼きを、お皿にたっぷりと取り分けます。彩り鮮やかな野菜と甘く煮えた肉が、箸を誘うように輝いていますね。
ふっくらと炊きあがったご飯をふんわりと盛りつけ、お豆腐とネギが浮かんだ温かいお味噌汁もそっとお盆に載せます。
仕上げに小さな器に卵を割り入れて軽くほぐすと、黄金色の美しい色合いが一段と食欲をそそりました。
お盆を持ち上げ、私は笑顔で出来たての定食を運びます。
「お待たせしました! 定食屋メルヴィの特製すき焼き定食です!」
そう告げた途端、アモルテ様とバルゼオン様がぱぁっと目を輝かせ、互いに意味ありげな視線を送り合いました。
「えーっ、すき焼き!? それってつまり、メルヴィちゃんが僕たちのことを好きってことでしょ!?」
「ふむ……メルヴィよ、遠回しな告白など照れるではないか」
これはまずい流れ……!
アモルテ様とバルゼオン様がなぜか勝手に盛り上がり始めてしまったので、私は慌てて首を振って訂正しました。
「いいえ、違いますよ!? すき焼きというのは『鋤』という農具を使って昔お肉を焼いたことから広まった料理なんです。『好き』とか、そんな甘酸っぱい話とはまったく関係ありませんからね!!!」
きっぱりと言い切った私の言葉を聞いて、バルゼオン様は目に見えてしょんぼりと肩を落としました。アモルテ様も露骨にがっかりした顔になり、子犬のように目を潤ませます。
あの、魔王様ですよね……? 世界を震撼させるような存在ですよね……? そんなあからさまにしょんぼりしないでください。
「なんだぁ、てっきり僕たちへの告白料理かと思ったのに……」
「紛らわしい名前をつけた奴を恨むしかあるまい」
告白料理ってなんですかその新ジャンル!?
料理に過剰なロマンを求めすぎですよ!
エヴァンス様が無言で定食をつつき始めますが、顔には微かに呆れた表情が浮かんでいました。
「さ、さあ! 気を取り直して、温かいうちにお召し上がりください!」
場の空気を変えるために精一杯の明るい声を出した私に、アモルテ様は軽やかな笑みを返し、バルゼオン様は静かに頷いて箸を取りました。
「ふわあぁ、これ美味しい!肉が口に入れた瞬間に溶けちゃうよ!」
アモルテ様はまず、たっぷりとタレの染み込んだ肉をとき卵にくぐらせ、口に運びます。
「これこそまさに愛の味だねぇ! 甘いお肉が優しい卵に包まれて、まるで僕らを祝福してくれているようだよ。あ、この白菜もいい感じに柔らかくなってて最高だね。こんな素敵な料理を僕たちに作ってくれるなんて、メルヴィちゃんの愛を感じずにはいられないよ!」
その解釈は自由すぎますよ!
私は普通に調理しただけで、変な意味はありませんってば!!!
バルゼオン様は深く頷きました。
「確かに……美味い!!! 肉の甘みと割り下のバランスが絶妙だ。野菜にもきちんと味が染み込んでいる。特にこのネギは香ばしく、肉の旨み汁がじゅわりと溢れている。どの具材もご飯との調和が素晴らしい……次々と旨みが我に襲い掛かり、これはまさに『食の闘技場』での戦いだと言えるだろう」
いや、食の闘技場って……何!?
ここ、普通の定食屋なんですけど!
うちは非戦闘区域ですからね!!!
エヴァンス様は冷静さを保ちながらも、その箸を止めることはありません。
「実に見事だ。すき焼きという料理は私も何度か食べたことがあるが、この卵の濃厚で繊細な味わいは特筆すべきだな。肉の旨味をより一層引き立てている。黄金色に輝くこの卵は、まさに太陽の恵みのようだ。これは確かに贅沢なひと時と言えるな」
黄金色に輝く卵は褒めすぎですって!
明日から卵割るたびに緊張しちゃいます!
三人の魔王様が楽しそうに語り合う様子を、私は静かに微笑みながら見守りました。
すき焼き定食、大成功です!!
あ、そういえば……、ふと頭の中を魔王会議のことがよぎりました。
魔王会議の晩餐会――魔王様たちの集まるお食事会なんて、一体どんなものが出るのでしょうか? まさか人間料理とか、恐ろしい魔物を丸ごと焼いたとか……いえいえ、まさかそんな。
好奇心がふつふつと湧いてきて、私は菜箸を手に持ったまま、何気ない調子で尋ねました。
「……あの、バルゼオン様。今回の魔王会議の晩餐会って、どんなメニューが出たんですか?」
するとバルゼオン様は、白菜を箸で持ち上げたまま淡々とした口調で答えました。
「確か、『麗しのカピバラと真鯛のカッパ店長』だった」
「……はい?」
いま、何て言いました?
麗しのカピバラ? 真鯛? カッパ……店長!?
「えっ……食材が迷子すぎません!? どこから食べていいか悩む以前に、どんな料理かも全然想像できないんですけど!!!」
頭を抱える私をよそに、バルゼオン様はただ静かに首を傾げました。
――ちょっと、これは詳しく事情を聞かないといけませんね!!




