魔王様と隣国の魔王様、久しぶりに定食屋を訪れる
「ありがとうございました! またお越しくださいね!」
ぱたん、と扉が軽やかな音を立てて閉まり、お客さんが店を出ていきます。その後ろ姿を笑顔で見送りながら、私は胸を撫で下ろしました。ふぅ、ようやく一息つけましたね。
ちらりと窓の外に目を向ければ、今日は気持ちのいい青空。穏やかな日差しが店の中に柔らかく差し込んで、テーブルや椅子を優しく照らしています。
……さて、と。
私は腕を組んで厨房の方を振り返りました。今日の生姜焼き定食は、小鉢にもいつも以上に力を入れた自信作です。メインの豚肉はもちろん、きんぴらごぼうやほうれん草の胡麻和えもバランスよく仕上げました。白いご飯との相性も抜群。まさに完璧な仕上がりです!
バルゼオン様、早くいらっしゃらないかなぁ……。
ちらちらと時計を見ながらそわそわと足踏みしていると、キィ……と扉が開く音が響きました。
思わず胸が跳ね上がります。
来た!
しかし、私はすぐにあれ?と首を傾げました。扉をくぐってきたその人物は、想像していたよりもずっと大柄だったのです。
その人――いえ、魔王様は、扉にぶつかりそうなほど立派な身体を少し斜めにして入店しました。厳つい顔に琥珀色の髪、褐色の肌、そして頭にはヘラジカのような大きな角。見間違えるはずがありません。
「あっ、グリム様!」
私はぱっと表情を明るくしました。隣国の豪快な魔王、グリム様です。
「これはこれは、唐揚げ定食ぶりですね!またお越しいただけて嬉しいです!」
グリム様は私の挨拶に一瞬だけ驚いたような表情を浮かべ、そのあと照れ隠しのように豪快に笑ってくれました。
「ははっ、俺を覚えていたのか?」
覚えていますとも。こんな印象的な魔王様、一度見たら忘れられるはずありませんよ!
「あの……ところで、バルゼオン様は?」
期待を込めて尋ねると、グリム様は急に顔をしかめ、困ったように目線をそらします。
私がきょろきょろと辺りを見回すと、なぜかグリム様は急に視線を泳がせました。まるで触れてほしくないことを聞かれたみたいに。
「あー……その、だな……」
困ったように頭を掻き、なんとも歯切れが悪い様子で店の入口の方へと視線を逸らします。
「……そこだ」
そこ……?
グリム様の指さす方向へ、恐る恐る目を向けました。すると扉の隙間から、そっと半分だけ覗いている人物が――って、えっ?
「あっ、バルゼオン様!?」
思わず声が出ました。
世界にその名を轟かすラストダンジョンの魔王、一角獣のような角がトレードマークのバルゼオン様が、なぜか扉の影から、ちらちらと店内を伺っています。いやいやいや、いつもの堂々たる威厳はどこへ行ったんですか!?
「ちょっ、ちょっとバルゼオン様!? 何やってるんですか、そんなところで!!!」
慌てて私が呼びかけると、バルゼオン様は扉の隙間からさらに少しだけ顔を出し、もじもじと困ったような表情を浮かべました。討伐不可の恐ろしい魔王様とはとても思えないその様子に、思わず私は目をぱちくりしてしまいます。
「メルヴィ……その、怒らないか?」
扉の影から、バルゼオン様が呟くように問いかけました。小さな子供みたいな態度に思わず口元が緩んでしまいます。
ふふっ……あの威厳あるラストダンジョンの魔王様が、こんな可愛いことを言うなんて。
私は心の中で小さく笑みを浮かべながら、なるべく優しく答えました。
「……怒りませんよ。大丈夫ですから、どうぞお入りください」
声をかけると、バルゼオン様は再びもじもじしながら視線を逸らし、ぼそっと問いかけます。
「本当に……絶対に、我を怒らないか?」
本当に子供みたいですねぇ……。
私はこみ上げてくる笑いをこらえつつ、少し悪戯っぽく答えました。
「もう、本当にしょうがない魔王様ですねぇ。今日はちょうど『生姜焼き定食』ですから、特別に許してあげますよ!」
店内が一瞬、シンと静まりました。あれ、何かまずいこと言ったかな……?
しかし次の瞬間、グリム様が盛大に吹き出して笑い出しました。それにつられて、バルゼオン様もようやく緊張が解けたように口元を緩め、照れくさそうにゆっくりと店内へと入ってきました。
「ふっ……まさかメルヴィから駄洒落を聞くとはな……」
「えっ、いえ、これはその……!」
私は慌てて口を押さえましたが、後の祭りです。二人の魔王様はすっかり和やかな表情になっていました。
……まったく、これじゃ商人さんのことを笑えませんね。
いや、でも……あの商人さんも、きっとあの人なりに場を和ませてくれようとしていたのかもしれません。ふと、そんなことを考えると、胸の奥が温かな気持ちで満たされました。
さぁ、気持ちを切り替えて厨房に戻りましょう。
今日は最高の生姜焼き定食を、魔王様たちに楽しんでいただかないといけませんからね!




