【第三者視点】商業都市フィルベルン 〜それぞれの使命、それぞれの道〜
商業都市フィルベルンの中央広場には、朝の柔らかな陽光のもと既に多くの見物人が賑やかに集まっていた。
今日は月に一度、各地へ物資を届ける隊商が出発する日だ。特に今回は、ラストダンジョンに最も近いと言われる『大城塞都市ヴァルムント』へ向かう馬車隊が注目されていた。
豪奢な装飾が施された立派な馬車を背に立っているのは、大商人アルノー・ブルーメンの一人息子である青年、ラルフだった。金糸刺繍の施された美しい衣装を身にまとい、気品を漂わせながら自信に満ちた微笑を浮かべている彼の背後には、『銀狼の剣』という名で知られるフィルベルン有数の冒険者ギルドの精鋭たちが、護衛として整然と並んでいた。
ラルフは誇らしげに胸を張り、見物人たちへ向かって堂々と演説を始める。
「諸君、聞いてくれ! これから我々が目指すのは、あの即死級の大魔物や恐ろしい上級魔族がうようよとひしめき合う、ラストダンジョンからわずか5キローヌ地点に位置する、最前線の大城塞都市ヴァルムントだ!」
その熱意溢れる演説に、群衆は息を呑んだ。ラルフは得意げにさらに続ける。
「これは人類の未来を背負った崇高なる使命であり、命懸けの戦いなのだ! その為に、ブルーメン商会は勇者にも劣らぬ護衛と、最高級の物資を揃えた!この私が、この商業都市フィルベルンを代表して、この重要な物資輸送を成し遂げてみせましょう!」
ラルフが拳を掲げると、群衆からは感嘆と喝采が一斉に上がった。護衛たちも自信に満ちた表情で胸を張り、ラルフの演説に力強くうなずいている。
一方、その華々しい馬車隊のすぐ近く、広場の片隅にはもう一台、控えめな小さな馬車が停まっていた。こちらは飾り気もなく、素朴な木製の荷台に色とりどりの野菜や鮮魚、豚肉、牛肉などが丁寧に積み込まれている。
その馬車をゆっくりと準備しているのは、のんびり屋で知られる小さな食材商の三男、イワンだった。イワンはいつもの眠そうな半開きの瞳で、白菜や人参を一つ一つ丁寧に荷台に並べていた。
ふとラルフがその姿に気づき、取り巻きの護衛たちと共に鼻持ちならない表情で歩み寄る。
「おい、イワン。またそんなボロい馬車で行商か? 護衛もつけず、ずいぶん呑気なものだな!」
イワンはのんびりと野菜を手にしたまま、ゆっくりと顔を上げた。
「あぁ……ラルフくん、おはよう。そうだねぇ……護衛さんがいると馬が疲れちゃうからさぁ、僕はいつもひとりだよぉ……」
ラルフは呆れ果てたように首を振り、得意げに胸を張って続ける。
「君はわかっているのか? 僕がこれから向かうヴァルムントは、即死級の魔物や上級魔族が闊歩するラストダンジョンに最も近い最前線だぞ? 文字通り命懸けの使命なのだ! ……まあ、君みたいな頭のゆるい貧乏商人には、想像もできないだろうがね!!」
取り巻きたちはどっと笑い、ラルフは得意げに鼻を鳴らした。
イワンは白菜を荷台に置くと、ぼんやりとしたまま目を瞬かせ、感心したように頷いて答える。
「へぇ……そうなんだぁ、大変だねぇ。命懸けなんて、聞いただけでも怖いよぉ。僕がいつも行く村は、脱輪注意くらいで、何にも襲ってこないし平和だよぉ……」
ラルフは眉間に深く皺を刻み、わざとらしく大きな溜息をついた。
「脱輪注意だと? 平和だと? 君はいつまでたっても貧乏人の凡人だな、イワン。人類の希望、使命の重さがまるで分かっていない!」
しかしイワンはまったく気にした様子もなく、のんびりと次の野菜を荷台に積みながら首を傾げた。
「僕が届けるこの野菜やお肉とかもさぁ……あの村の人にとっては希望だからねぇ……。まぁ、小さな希望だけどぉ……」
「小さな希望だと? そんなもので、世界が救えるとでも思っているのか」
ラルフが侮蔑の笑みを浮かべると、イワンは眠そうな目をしながら穏やかに微笑んだ。
「救うとか大それたことは僕には分からないけどねぇ……それでも、あの村の人たちは僕が届ける食材を楽しみにしてくれるからさぁ。なんだかんだで、僕もその笑顔を見るのが好きなんだよねぇ。それもまぁ使命って言えるんじゃないかなぁって、思うんだぁ……」
ラルフは呆れ果てて口をぱくぱくとさせた後、大げさに肩をすくめた。
「ふん……君にはその程度の使命がお似合いだ。精々脱輪にでも気をつけるんだな!」
ラルフは取り巻きの護衛を従えて、自分の豪華な馬車へと戻っていった。再び群衆から喝采が響き渡り、ラルフの馬車は堂々と出発の準備を始める。
イワンはその華やかな背中を見送りつつ、ゆったりと馬の首筋を撫でながら、小さな声で穏やかに呟いた。
「まぁ、使命の捉え方は人それぞれだからねぇ……大きくても小さくても、届けたい相手が笑顔になれば、それが一番だと思うんだよぉ……ねぇ、お馬さん」
馬が静かに首を振ると、イワンは再び優しく笑い、ゆるゆると馬車に乗り込んだ。彼の馬車は静かに動き出し、賑やかな広場を後にする。
◆
フィルベルンの街から続く一本道を、ふたつの馬車が並ぶように走っていた。
ラルフは豪奢な馬車の中で腕を組み、自分の使命を改めて胸の内で噛み締めていた。彼が目指すのはラストダンジョンから5キロという、危険極まりない最前線の大城塞都市ヴァルムント。彼の心は、誇り高き緊張感と使命感でいっぱいだった。
一方、小さな馬車を操るイワンは、のんびりと馬車の上で欠伸を噛み殺していた。荷台に積まれた鮮度の良い野菜や肉を眺めながら、イワンは村の人々の笑顔を思い浮かべ、心が穏やかな温かさで満たされるのを感じていた。
同じ道を進むふたりは、並んだまましばらく街道を走った。やがて道は広い石畳と、何の目印もない細い土の道の二手に分かれる。
ラルフの馬車は何の迷いもなく石畳の道へ進んでいった。そちらは威風堂々と聳える大城塞ヴァルムントへと続く、誰もが認める人類の希望への道だった。
イワンの馬車はその脇にある、特に標識も目印もない素朴な土の道へ静かに曲がった。そこには脱輪注意以外には何もない、穏やかな田舎の風景が広がっている。
ラルフもイワンも、それぞれが向かう先がまったく同じ方向だと気づかぬまま、自分が進むべき道を選び、静かにそれぞれの道を進んでいく。自分が使命を果たすべき場所だけを見つめて。
ふたりの馬車はゆっくりと離れていき、やがてそれぞれの目的地を目指して静かに丘の向こうへと消えていった。
フィルベルンの朝日は、その二つを優しく、そして公平に照らしていた。




