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ラストダンジョン最寄りの村の定食屋ですが、魔王様が常連客になりました  作者: 松本雀


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妖精銀の護り鍋&盾蓋セット 防御力:90 魔法耐性:95 光属性反射率:90%(幸運補正率:15%)

昼下がりの陽射しは柔らかな金色の帯となって窓辺から差し込み、店内の木製のテーブルや椅子を優しく照らしていました。奥の棚に並ぶ茶葉の缶や食器たちも、今は静かな眠りについているかのようです。


「先ほどは……お前の店を粗末などと言って悪かった。私としたことが軽率だった」


「あ、あの、全然そんなの気にしてませんよ! 実際狭いし、小さいし、お客様も少ないのは本当ですから!!!」


私は慌てて手を振りながら否定しました。

この高貴な魔王様が自分から謝罪するなんて、予想外すぎて心臓に悪いです。


エヴァンス様は普段とは違い、どこか躊躇いがちで静かな悲しみに満ちていました。いつものような自信に溢れた態度ではなく、瞳にはどこか迷いや後悔の色が見え隠れしていて、私は驚いて顔を上げます。


「私も両親と兄を喪った過去がある。遺されたものの気持ちは、少しばかり分かるつもりだ」


その静かな言葉には重みがあり、私は胸がじんと痛みました。エヴァンス様にも、語られていない多くの過去があるのでしょう。


「あの……もしよろしければ、またいらしてくださいね。次はもっとちゃんとした料理をお出ししますから」


私の声に、エヴァンス様が軽く頷きました。その表情はとても穏やかで、私の胸がふわりと温かくなります。こんな優しい時間が、どうかずっと続きますように――


「……さて。そろそろ帰るとしよう」


エヴァンス様は少し名残惜しそうにこちらを見てから、軽やかな足取りで扉へと向かいました。しかしその歩みは、すぐに不自然に止まります。


「麗しのトリニティさま……今度ディナーでもどうでしょうか? 黄金城の大広間にて、最高級の料理と美酒に囲まれながら、ロマンチックな一夜を過ごしましょう! あなたの隣にいることこそが、私の生涯で最も幸せな瞬間なのです……!」


「…………」


バスティアンはまだ熱心に冷蔵庫に語りかけていました。


エヴァンス様の背中から、先ほどの穏やかな余韻が驚くほど綺麗に抜け落ちていくのがわかります。何ということでしょう、せっかくのしんみりとした空気が……!


「……メルヴィ、これは一体どういう状況だ?」


「見たままの状況です」


エヴァンス様は頭を抱えました。

いや、私だって同じ気持ちですよ!!!


相変わらず熱心に魔法冷蔵庫に自分の連絡先を渡そうとしているのを見て、エヴァンス様は小さくため息をつきました。


「バスティアン、来い」


魔法冷蔵庫に一生懸命語りかけていたバスティアンは、その声に驚いて飛び上がり、慌ててエヴァンス様のもとに駆け寄りました


「はい!お呼びでございましょうか!」


彼が緊張気味に姿勢を正すと、エヴァンス様は静かな威厳を漂わせ、ゆったりと口を開きました。


「黄金城の宝物庫目録を開け」


「御意!」


その短い命令に、バスティアンの目が鋭く真剣な色を帯びます。彼は胸に手を当てて、深く一呼吸すると、滑らかな声で呪文を唱え始めました。


「――開け、我が秘蔵の匣よ。我が身を鍵とし、絢爛たる黄金城の宝物庫を此処に顕現せよ。『秘術・黄金錠解放アルカナム・アウルム・レベラティオ』!」


途端に、バスティアンの周囲が淡く黄金色の光で満たされ、その体の中央から、ゆったりと巻かれた壮麗な巻物がふわりと姿を現しました。繊細な模様が刻まれたその目録は、美しく輝きを放ちながら、彼の眼前で静かに展開されていきます。


「わあっ! きれい……」


思わず漏れた私の声にバスティアンは誇らしげに小さく頷き、エヴァンス様に静かに問いかけました。


「何をお求めでございましょうか?」


エヴァンス様は少し考え込むように目を閉じましたが、やがて顎に手を当てて再び口を開きました。


「妖精銀の防具一式を出せ。兜、盾、鎧だ」


「承知いたしました!」


バスティアンは巻物をなぞる指先に魔力を流し込み、慎重にその表面を滑らせます。目録の文字が次々と明るく輝き、やがて強い光と共に、三つの防具が目の前に現れました。


それは、思わず息を呑むほど美しい品々でした。


柔らかな銀色の光を放つ妖精銀の兜は、優美な曲線を描いていて、まるで銀色の王冠のようです。盾は優雅な紋章が刻まれていて、見るだけで心が清められるような気がしました。そして、細かな装飾が施された鎧は光を受けて神秘的な輝きを放ち、幻想的な存在感を漂わせていました。


私はあまりの美しさに思わず見とれてしまい、しばらく言葉が出ませんでした。エヴァンス様はそれを静かに眺めながら、満足そうに口元をほころばせました。


「これで良いだろう」


バスティアンもほっとしたように微笑みを浮かべ、目録を静かに閉じました。私はいまだ目の前の美しい防具たちから目を離すことができず、ただただその輝きをじっと見つめ続けていました。


エヴァンス様が優雅に手を伸ばし、目の前の眩く輝く妖精銀の兜と鎧、そして盾を指差します。その姿はまさに、目を細めたくなるほどの豪華さでした。


「メルヴィ。先ほどの詫びだ。これを受け取るが良い」


「いやいやいやいや!!! 受け取れるわけありませんって! 明らかに私が貰えるレベルの代物じゃないです。どう考えても場違いですよ!」


美しすぎる妖精銀の防具を見て、私はあまりの豪華さに本気で目が回りそうでした。妖精銀なんて、勇者様や王族が血眼になって探す超希少な鉱物ですよ? たしか魔法を反射して神秘力を向上させるという、伝説級の防具素材じゃないですか!


私が慌てて手を振りながら必死に断ると、エヴァンス様は小さく頷きました。


「確かにそうだな。これはお前の店には使いにくいな」


あっ、よかった。

東の魔王様が珍しく冷静で合理的な判断をしてくれている──


「よし、では『使いやすく』錬成してやろう」


「いやいやいや! 今のは『受け取れない』という意味で言ったんですけど!? なぜそこで錬成になるんですか!?!?!?」


エヴァンス様は涼しい顔でそのまま魔力を高め始めます。


私の悲痛な叫びは完全にスルーされました。

どうしてこうなった。


「調理器具にでもするか」


「ちょっと待ってください!? 今さらっととんでもないこと言いませんでしたか!? 調理器具!?!?!?」


私の叫びなど完全に聞こえていないかのように、エヴァンス様は手を優雅に差し伸べると、澄んだ声で詠唱を始めました。


「黄金の魔王がここに命じる。妖精銀よ、戦いを離れその輝きを日常の器へと転じよ。銀は金に導かれ、新たなる形へと目覚める――錬成『金銀流転アウルム・アルゲントゥム・フルクタス』!」


目を焼くような金銀の光が炸裂し、私は思わず顔を覆いました。光が落ち着いて視界が戻ったその瞬間、私は店内の光景に言葉を失いました。


さっきまで凛々しく輝いていた妖精銀の鎧と兜は、大小二つの美しい銀色のお鍋セットに。そして優雅な紋章が刻まれた盾は、きらきらと輝く、何とも豪華なお鍋の蓋に姿を変えてしまったのです。


「うわあああぁぁぁ!!! 何てことするんですか! エヴァンス様ーーー!!!!」


よりにもよって、妖精銀の防具を鍋セットに錬成する魔王様がどこにいるんですか!


いや、今ここにいますね!!

目の前に思いっきりいますね!!!!


「これもう完全にバルゼオン様案件ですよね!? オリハルコンの短剣を包丁に錬成した、ラストダンジョンの魔王様と同じ方向性ですよこれ!!」


私の絶叫に、エヴァンス様は少しだけ首をかしげました。


「調理器具が不足していただろう? これで少しは楽になるはずだが」


エヴァンス様は怪訝そうに眉を寄せました。

本人は何の罪悪感もなく、穏やかな表情で鍋セットを満足げに見下ろしています。


「なかなか良い仕上がりだ。これなら使いやすいだろう?」


「使いやすいですけどね!?確かに鍋として最高峰ですけどね!?!? でも伝説級の装備を調理道具に変えるのは絶対に間違ってると思いますよ!!!!」


私の悲痛な叫びにエヴァンス様は不思議そうに首を傾げました。


「あのまま防具として飾っても役に立たないだろう? 鍋なら毎日の調理に役立つはずだが」


「間違ってないですけど間違ってます! 実用性の方向が斜め上すぎるんですってば!! これ、絶対に勇者連合が怒り狂いますよ!?妖精さんから抗議文が届くレベルですよ!?!?」


鍋セットは無情にも、妖精銀特有の美しい光沢を放ちながら、私を無言で誘惑してきます。

なぜでしょう、悔しいけど心が惹かれます。いや、ダメですよ私、負けちゃダメです!


「……ああっ、何だかすごく使いやすそう! とっても綺麗でおしゃれなデザイン……こんな贅沢なお鍋で調理したら、味まで高級になりそう……! でも妖精銀の鍋を普通の定食屋で使うなんて、バチが当たりそうで怖いんですけどぉぉぉ!」


私はその場に崩れ落ちたまま頭を抱えました。

目の前の妖精銀鍋セットの圧倒的な存在感に、心の整理が全く追いつきません。


「ではな、メルヴィ。また寄らせてもらおう」


エヴァンス様が笑って踵を返し、バスティアンは襟首を掴まれながら引きずられるように扉の外へ。


「お嬢様! トリニティさまをどうか大切にお願いしますぞぉぉぉ……」


その声は徐々に遠ざかっていきました。

今日も平和に(?)大混乱です。


……私の定食屋、いったいどこへ向かってるんでしょうね!?

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