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ラストダンジョン最寄りの村の定食屋ですが、魔王様が常連客になりました  作者: 松本雀


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定食屋、東の魔王様に励まされる

開け放した窓からは、時折そよぐ風がカーテンを優しく揺らしていました。


壁に取り付けられた小さな棚には、母が集めていたさまざまな形の小瓶が並び、中には乾燥ハーブや調味料が丁寧に収められています。木の扉は年月を経て微かに歪み、触れると少し軋む音がするけれど、私にとってはそれが心地よい日常の音でした。


「さて、そろそろ支払いを済ませようか」


「は、はい! お二人で合計1300ギルになります!」


エヴァンス様が静かに立ち上がった瞬間、私は思わず小さく息を止めました。またですか? また、金貨を山積みにするんですか!? それとも金塊!?!?


瞬時に、床やカウンターの上に金貨の山を置かれても安全な位置を見極めました。過去の悲劇はもう繰り返しません。そう、ここ最近は私も経験値が上がっているんです!


息を呑んで見守る私の前で、エヴァンス様はゆっくりと内ポケットから何かを取り出しました。手には小さな黒革の――あれ? 財布……ですか?


パチンと小気味よく金具を外して、中から美しく磨かれた銅貨を1枚、2枚と静かに取り出しています。


「…………普通だ!!!!」


「私が普通であることが、そんなに可笑しいのか?」


「違うんです、エヴァンス様! むしろ感動しているんです!!今まではお会計のたびに定食屋が銀行になる覚悟をしていたので……『普通』ってこんなにありがたいことだったんですね!!!!」


「ほう、金額通りに払おうとしただけでそんなに感動されるとは……今までの私の評価は一体?」


エヴァンス様は戸惑いつつも、丁寧に並べた銅貨の数を確認しています。その真剣な眼差しは、まるで初めてのおつかいに挑戦する小さな子供のよう。いけません、ついうっかり『頑張れ!』と応援したくなってしまいました。


それにしても――うちの店で、バルゼオン様以外の魔王様と普通の取引が成立したんですね……! ああ、涙が出そう!!!


私が感慨深く銅貨を受け取っていると、エヴァンス様は視線を店内に巡らせ、わずかに眉をひそめました。


その鋭い青い瞳には、どう見ても豪華とは言えない、こぢんまりとした店の様子が映っています。


「ところでメルヴィ、一つ聞いても良いか?」


「はい、なんでしょうか?」


「何故あれほどの大金を積まれても、この定食屋を売らなかったのだ? 買収の話はお前にとって悪くはなかったはず。私が提示した金額は、このような粗末な店では一生かけても手に入らぬ額だったろうに」


エヴァンス様の言葉に悪意はありません。ただ素朴な疑問を口にしただけ――それは分かっています。けれど心臓が軽く跳ね上がり、私はほんの一瞬だけ言葉を詰まらせてしまいました。


視線を落とせば、カウンターの磨かれた木目が見えます。あちこち傷つき、古びているけれど、これは父が毎日丹念に手入れしていたもの。そして厨房には、母が料理を作るのに使っていた収納棚。


小さく息を吸って、私は顔を上げました。


「たしかにうちの店はラストダンジョン最寄りで、お客様も少なくて、とても小さな店です。大した収益が出るわけでもないし、これから先、劇的に繁盛する見込みだってありません」


そう言いながらも、私はゆっくりと微笑みます。


「……でも、ここは両親が私に遺してくれた大切なお店ですから。たとえどんなに豪華な金銀財宝の山を積まれても、簡単に手放すわけにはいかないんですよ」


ぽつりとこぼれた言葉は、思いのほか静かなものでした。幼い頃から見慣れたこの店の柱や壁、小さな厨房、そして家族のぬくもりを残す穏やかな空気。どれも私にとっては、他には代えがたい宝物なのです。


エヴァンス様はじっと私を見つめます。その目に宿る光が少しずつ柔らかくなると、穏やかな笑みを浮かべました。


「両親が遺した店か。……良い理由だ。その意地、ぜひ貫いてみせるがいい」


まるで小さな子供を勇気づけるような口調で、東の魔王様が励ましてくださるなんて思いもよりませんでした。胸がじんと熱くなってしまい、私は照れくさくて曖昧に頷くことしかできません。


ラストダンジョン最寄りの小さな店。

でも大切な私の店。


私には特別な才能もありませんし、偉大な勇者様のように世界を救う使命があるわけでもありません。ただ、この小さな店を守り抜くこと。それだけが私に示せる、両親への愛情です。


――大丈夫、この場所は私が必ず守りますからね。

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