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突撃!東の魔王様 〜定食屋ライブキッチン編〜

私は祈るような気持ちで、厨房の棚を一段ずつ丁寧に開けていきました。扉は軋むような小さな音を立て、その度に私の胸はぎゅっと締め付けられます。


「お願いです……何でもいいから、せめて無事な調理器具が残っていますように……!」


小声で呟きながら、棚の奥深くを覗き込むと――。


「ありましたぁぁぁ! 私、今最高に輝いてます!! これで今日の運全部使い切りましたね!!!」


私は、砂漠でオアシスを見つけた旅人のように声を上げました。そこには小さな鍋が二つ、寄り添うように静かに佇んでいたのです。


「よかった……!神様、魔王様、グラフ……はちょっと置いといて、本当にありがとうございます……!」


両手で小鍋を抱きしめながら感激に浸っていると、カウンター席のエヴァンス様が不思議そうに首を傾げました。


「小鍋二つでそんなに感動するとは。メルヴィ、お前の店の厨房はいったいどうなっているんだ……?」


いやいや、そこは察してくださいよエヴァンス様!!

うちの厨房、いま絶賛調理器具不足なんです!!!


「いいんです! 小鍋二つが生き残ってただけでも奇跡ですから!」


胸を張って力説すると、エヴァンス様は小さくため息を漏らして肩をすくめました。


「相変わらずお前の店は大変そうだな……」


ええ、もう本当に仰る通りですけどね!でも今日はこれで乗り切りますよ! !!

私は小鍋を掲げ、謎の使命感を胸に調理に取りかかりました。


「よし! 小鍋があれば、ポテトサラダとかぼちゃの煮物くらいは何とかいける!!」


これで少しだけ献立の幅が広がりました。正直、生サラダだけでは寂しいと思っていたところです。


私は改めて背筋を伸ばしました。気持ちが前向きになると、料理へのやる気も出てきます。まず、鮮やかな黄色が目を引くかぼちゃを取り出し、オリハルコンの包丁を手にしました。


軽く刃を入れると、驚くほどすんなりと切れます。さすが、魔王様の元所持品。切れ味は天下一品ですね……なんて今は複雑な事情は忘れましょう。トントンと軽快な音を立てて切り分けたかぼちゃを、小鍋の中で静かに茹で始めました。


次はじゃがいもです。これは丁寧に洗ってから小鍋に入れて、火にかけました。ふたつの鍋からはやがて優しい湯気が立ち上り、ほんのり甘い野菜の香りが厨房を包み込みます。


「さて、茹で上がるまでは少し時間がありますから、これでもどうぞ」


私は瑞々しい赤いトマトを薄切りにして小皿に並べ、ぱらぱらと砂糖をまぶしました。それをそっとカウンター席のエヴァンス様とバスティアンの前に差し出します。


二人は皿を見下ろして、一瞬きょとんと顔を見合わせました。


「トマトに……砂糖?」


エヴァンス様が興味深げに首をかしげました。バスティアンも同じように、小皿を不思議そうに眺めています。


「はい、うちの村では昔からこうやって食べるんです。夏の定番おやつで結構美味しいんですよ、ぜひお試しください」


私がにっこりと笑顔を添えると、エヴァンス様は躊躇うことなく一切れ口に運びました。


「これは……ほう、トマトの酸味に砂糖の甘みが良く合う。意外だが美味だな」


エヴァンス様の感想を聞いたバスティアンも、急いでトマトを口に入れ、ぱっと目を丸くしました。


「いやぁ、砂糖とトマトとは不思議な組み合わせですが、実に爽やかで美味しいですねぇ! お嬢様の手にかかれば何でも美味しくなります!」


「いや、トマトを切って砂糖をかけただけなんですけどね……」


褒められて悪い気はしませんが、さすがにこれで調理の腕を絶賛されるのは複雑です。それでも二人が美味しそうにトマトを口に運ぶ姿に、私はほっと胸を撫で下ろしたのでした。


……さて、そろそろ煮えた頃ですね!


かぼちゃの小鍋に醤油と砂糖を入れて味を整えると、ホクホクと美味しそうな香りが漂い始めました。茹で上がったじゃがいもは素早く取り出して皮をむき、マヨネーズや細かく刻んだ野菜を加えてポテトサラダに仕上げます。慌ただしいながらも順調な調理に、私は小さな満足感を覚えました。


ふとカウンター席から、妙に熱のこもった視線を感じました。ちらりと視線を送ると、バスティアンがキラキラと目を輝かせ、こちらを熱心に見つめています。


「それにしてもお嬢様、素晴らしい手際でございますなぁ!これほどまでの美しい調理の流れ、感服いたしますぞ!」


いやいやいや、ちょっと褒めすぎですよ!?


「いや、あの、普通に料理してるだけなんですけどね……?」


「またまたご謙遜を!お嬢様こそが料理界のプリンセスでございます!」


――プリンセス!? いえ、私せいぜい『料理界の村娘』くらいがちょうど良いんですけど!?


もう、調子が狂いまくりです。顔が熱くなり、慌てて調理に集中し直そうとした私の様子を、エヴァンス様は悠然と見守りつつ頷きます。


「……やはりライブキッチンというのは良いものだな。調理の様子が間近で見られるのは、実に素晴らしい」


――いや、違いますからねエヴァンス様!うちはライブキッチンじゃなくて、単に厨房がオープンすぎるだけなんです!これ、完全に作業丸見えでやりづらいんです!!


私は心の中で叫びつつ、必死にポテトサラダを完成させました。じゃがいもとマヨネーズの美味しそうな香りに、ほんの少し気持ちが和らぎます。さて、メインのサラダの準備に取り掛かろうと魔法冷蔵庫へ向かおうとしたその時でした。


――さっきまであれだけ賑やかだったバスティアンが、急に黙り込んでしまいました。


何でしょう、この不穏な沈黙? 背中に突き刺さるような妙な視線に気づき、私はゆっくりと振り返りました。


バスティアンは何故か急に硬い表情になり、黙ったままじっと冷蔵庫を凝視しています。その姿はまるで、天敵に遭遇した小動物のようでした。


――えっ? ちょっと待ってください。さっきまであれほど絶賛モードだったのに、この沈黙は何なんですか? もしかしてこの冷蔵庫って何か、ミミック的に問題でもあるんですか!?


私は言いようのない不安を覚えつつも、おそるおそる冷蔵庫の扉に手をかけました。

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