定食屋戦線恋模様!?~ミミックと定食屋~
真新しい魔法家電特有のかすかな駆動音が、厨房の静かな空気をそっと震わせました。
磨き上げられた銀色の表面は、差し込む柔らかな陽光を反射して、まるで小さな星を宿しているかのように輝いています。その煌びやかな姿は、素朴で使い込まれた木目調の棚や普段使いの陶器の器たちの中で、まるで別世界からやってきたかのような洗練された雰囲気を放っていました。
ちらりと視線を動かすと、カウンター席に座っているバスティアンが、目を見開いて唇をきゅっと噛み締めています。
心なしか顔色が赤く、どこか落ち着きがありません。唇を噛み締めながら魔法冷蔵庫を凝視しています。
……もしかして、ミミック的に冷蔵庫って天敵なんでしょうか。そういえば『大きな箱』ですもんね。
私は慌てて魔法冷蔵庫の扉を閉じました。
トマトは手の中でつやつやと輝いていて、レタスはシャキッとした葉がとても新鮮そうです。きゅうりもひんやりとして瑞々しく、卵の冷たい殻が掌にしっかり収まりました。
なんだか料理するのが楽しみになってきますね!
私は手元に取り出した鮮やかな野菜たちを前に、ぐっと気合いを入れました。
「それではサラダを作ります!」
レタスを手に取ると、ぱりぱりっと心地よい音を立てながら手早く千切ります。こういうときは包丁よりも手でちぎった方が美味しいんですよね。ふんわりと皿に盛りつけると、次は瑞々しい赤いトマトです。オリハルコンの包丁でスッスッと軽やかに切り分け、同じくきゅうりも斜め輪切りにして盛り付けました。
色鮮やかな野菜が皿の上で嬉しそうに輝いています。
うん、なんだか私もちょっと嬉しくなってきました。
さて、次はドレッシング。やっぱりお客様には味のバリエーションがあった方が嬉しいですからね。私は慣れた手つきでボウルに材料を合わせ、さっぱりとした柑橘系の爽やかなドレッシングと、こってりとした濃厚マヨネーズベースの二種類を素早く仕上げました。
生サラダの横にポテトサラダとかぼちゃの煮物も添えて、無事に『特製サラダ定食』の完成です。
「はい、お待たせいたしました! 本日の日替わり、サラダ定食でございます」
エヴァンス様は優雅にナイフとフォークを手に取り、サラダを一口運ぶと、まるで舞台俳優のような麗しい表情で食レポを始めました。
「レタスの食感は、朝露をまとった若草のように繊細で瑞々しい。噛むたびに清涼な風が口いっぱいに広がり、トマトは真紅の果実が夏の太陽を感じさせる芳醇な甘さを放つ……。きゅうりの爽やかな歯応えが加わり、まさに三重奏の協奏曲だ。口の中が楽園と化すとは、このことだろうか……」
……え、うちのサラダにそんなすごい設定ありましたっけ!?
私、ただ切って盛っただけですよ!?
「……素晴らしい、実に素晴らしいぞ、メルヴィ!」
「いえ、あの……普通のサラダなんですけど……」
もしかして私、気づかないうちに伝説の野菜でも貰っていたんでしょうか?
サラダに感動したエヴァンス様は、今度はゆっくりと白いご飯を口に運びました。すると、紺玉のような瞳が驚きに見開かれます。
「あえて言おう、メルヴィ。この繊細な野菜の調和に、果たしてご飯は合うのかと少々疑問に感じていたのだが……まさかシャキシャキしたレタスや爽やかなトマトの酸味が、ご飯の甘みをこれほどまでに引き立てるとは。信じがたい相乗効果だ!」
すみません、私も今はじめて知りました!!
「……まさか、サラダ定食でこんな新境地を開拓できるとは思わなかった」
いやいやいや! 作った本人も、サラダとご飯がこんなに仲良くできるなんて知りませんでした!!!!
心の中で激しく狼狽しながらも、顔は必死に平静を保ちます。私自身が驚きで混乱しているというのに、目の前でエヴァンス様があまりにも優雅に『サラダ定食』を堪能しているのがなんだか悔しい……! 私もまだまだ、定食屋として勉強不足だったようです。
そういえば、と私はふとバスティアンの方を見ました。
先ほどまで雄弁に私と店を褒めちぎっていたのに、今はなぜか震えながら必死にサラダを口に運んでいます。目にはうっすら涙が滲んでいるし、頬もほんのり赤くなっているような……。
「だ、大丈夫ですか? サラダ定食、お口に合いませんでしたか?」
心配になって慌てて尋ねると、彼は弱々しいながらも感極まったような表情でゆっくりと顔を上げました。
「いえ……いえ、とんでもございません。このような新鮮で美味しい野菜を、美しい方から直々に頂戴できる日が来ようとは……私のようなミミックには過ぎた幸せでございます……」
「えっ!? いやいや、美しいだなんてそんな! 私はどちらかと言えば、キュート系というか、可愛らしい方かと思っていたので、美しいとかはちょっと新鮮な褒め言葉ですね! いや、照れちゃいます!!!」
私は頬を両手で押さえながらも、内心ちょっと嬉しくなってしまいました。こんな褒め方されるのは初めてかも……。
「貴女の、凛としたその佇まい……お仕事ぶりも有能で……背が高くすらっと伸びた、その美しい立ち姿とお姿は、まさしく理想の女性像……!」
「……背が高い?」
まさかの形容詞に、私は首を傾げました。自慢じゃありませんが、私は明らかに背が低い部類です。むしろ、小さくて丸っこいマスコットキャラ的な扱いが日常茶飯事。
バスティアンは震える手で、そっと胸元を抑えると、赤い頬をますます染めながら真っ直ぐに視線を向けました。
「ああ、どうかその美しきお名前を、私めにお聞かせくださいませ……!」
「はいっ! メルヴィと申します!」
照れくささを堪えきれず即答しましたが、彼は私には目もくれず、そのままゆっくりと立ち上がり、ふらふらと厨房の奥に進み出ました。
……え? なんで厨房の方へ行くんでしょうか?
そのまま彼が深々とお辞儀した先には――光沢あるボディで悠然と佇む、あの『最新型の魔法冷蔵庫』が鎮座していました。そして、バスティアンはまるで宮廷にいる姫君にでも対面するように跪くと――
「美しき銀花の女神さま……ああ、どうか貴女のお名前を、私めの胸に刻ませてください……!」
「ちょっと待ってくださいよ!!! 私じゃなくて冷蔵庫だったんですか!?」
私は顔を両手で覆いながら崩れ落ちました。
本日二回目です。
まさか冷蔵庫が美人扱いで、私がかませ犬ポジションとは……!
こんな仕打ちってあります???
魔法家電とミミックに弄ばれる定食屋店主の立場、いったい誰が理解してくれるんでしょうか……!?
私はその場で項垂れました。もう色々と限界です……。




