鍋とフライパンは冷蔵庫に進化しました ~本日の定食はサラダのみ
店内は、ぽかぽかと温かな陽気に包まれていました。窓際に置かれた鉢植えの牙の花がのんびりと葉を揺らしていましたが、私自身はのんびりしているどころではありません。
優雅な姿勢でカウンター席に腰掛けるエヴァンス様と、その横で目をキラキラさせながらあちこちを見回すバスティアン。ミミックという種族がこんなにも生き生きと人間らしく振る舞えるものなのかと、少し感心してしまうほどでした。
この平和な光景とは裏腹に、私の頭の中では『サラダしか作れない』という重大な問題がぐるぐる回っています。さて、どうやって切り出しましょうか……。
「いやぁ~お嬢様、本当に素晴らしいお店でございますねぇ~! 温かくて優しくて、まさにアットホームな空間! お嬢様のお人柄がそのまま現れておりますなぁ~!」
いやいや、ちょっと大げさすぎません?
そんなに褒めたって何も出ませんよ!!
「何より、お嬢様の可憐な佇まいが店内を一層華やかにしていますねぇ!」
「ちょっ……! そんなこと無いですから!」
慌てて右手を振って否定しましたが、バスティアンは全く止まる気配がありません。
「いえいえ! 謙遜なさらずとも! お嬢様の朗らかさと聡明さが――」
「勘弁して下さい! それ以上は恥ずかしくて死んでしまいます!」
耳まで真っ赤になりながら全力で遮ると、バスティアンはようやく申し訳なさそうに口をつぐみました。隣でエヴァンス様は、楽しげに口角を上げて微笑んでいます。
「メルヴィ、それで本日はどんな料理を用意したのだ?」
――来ましたか、その質問! それが今一番困るんですよね!
私は深呼吸をして意を決し、非常に申し訳なさそうに話し始めました。
「あの……実はですね、昨日ちょっとしたトラブルがありまして、フライパンとお鍋が魔法冷蔵庫になってしまったんです。だから、今日は日替わり定食と言ってもサラダ定食しか作れなくて……」
「ほう、サラダ定食か。随分ヘルシーだな」
エヴァンス様が涼しげに頷くのを見て、胸を撫で下ろした瞬間、バスティアンが急に目を輝かせて身を乗り出しました。
「お嬢様なんと素晴らしい! 調理器具を再利用し魔法冷蔵庫に生まれ変わらせるとは、実に環境への配慮が行き届いていらっしゃいますねぇ!感服いたしました!」
ちょっと待ってください! それはさすがに無理やりすぎませんか!? 今の完全に事故報告だったんですけど!!!
「誤解ですよ! 私は環境のことを考えて冷蔵庫にしたわけじゃなくて、本当に意図せず偶然こうなったんですから!!」
しかし、彼は全く私の言葉を聞き入れず、満面の笑顔のままさらなる誤解を広げます。
「ご謙遜を~! 素晴らしい心掛けですぞ! 時代は再利用、リサイクル! お嬢様はまさにその最先端を行かれている!」
――だから、最先端とかじゃないんです!
むしろ普通にフライパンと鍋は必要なんですよ!!!
困惑する私に構わず、バスティアンはエヴァンス様に向かって熱心に説得を始めました。
「エヴァンス様も、ぜひお嬢様の革新的な発想をお手本になさるべきです。今こそ黄金城も、フライパンや鍋を魔法冷蔵庫に変えるべきではございませんか!」
「私の城では、フライパンは料理をするためのものだが……?」
「私だってそうでしたよ!? 昨日の午後までは!!!」
信じて貰えないかも知れませんが、私も昨日まで同じ世界線だったんです!!!!
私の叫びに似た抗議にもバスティアンは全く動じず、むしろ感激した様子で私を称賛し続けました。
「……フライパンと鍋を失うという犠牲を払いながらも、お嬢様は持続可能な社会の実現に一歩を踏み出したのです! 感動しました!」
「だからそんな大層なことじゃありませんってば!! 人の話を聞けーーー!!!」
私の悲鳴に近いツッコミを聞きながら、エヴァンス様は口元に小さな笑みを浮かべました。
「まあ、これはこれで面白い。せっかくだ、サラダ定食をお願いしよう」
なんでそこで妙にポジティブになれるんですか、この魔王様は!
絶対楽しんでますよね!?
「私ももちろん頂戴しますよ!ダンジョンでは生野菜はまさに宝石のような価値でございますからねぇ!」
――いや、ダンジョンの食生活事情は何となくわかりましたけど! 色々誤解されたまま注文成立しちゃってますよね!?
私は半ば呆れながらため息を漏らしつつ、力なく厨房に戻りました。ああもう、誰か普通の人がうちの定食屋に来ませんかね!!!
声にならない叫びを胸に抱きつつ、私は冷蔵庫(追加素材:フライパンと鍋)の扉を開けるのでした。




