表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/88

定食屋戦線異常あり!煮魚攻防戦 ~場末VS魔族~

「……どうぞ。日替わりの煮魚定食です」


渋々ながら、私は湯気の立つ煮魚定食を二人の前に差し出しました。煮魚、ご飯、味噌汁、小鉢と漬物。彩りは地味ながら、心を込めた一品です。


グラフとディートリヒは無言で箸を手に取り、黙々と食べ始めました。味噌汁を啜る音、煮魚の身をほぐす音だけが静かな店内に響きます。


沈黙。


しん、と張りつめた空気。厨房の湯気の音だけが耳に残ります。


……もう無理です。耐えられません!!


私は思わずグラフに話しかけました。


「あの、何か言ってくれません? 感想とかありますよね。美味しいとか、最高とか、感動しましたとか……!」


「普通だ。場末」


一言で片付けられた!!!


「なんですかもう! 魔王様はいつも『美味しい』って褒めてくれるのに。グラフは素直じゃないですよ!」


私が頬を膨らませると、グラフは呆れ顔でため息をつきました。


「魔王様はな、お前の料理が珍しいだけだ。普段もっと良いものを召し上がっておられるから、こういう普通の料理を食べ慣れていない」


「私の定食を珍味扱いしないでください! これでも結構頑張ってるんですからね!?」


ちらりとディートリヒを見ると、静かに微笑んだまま、淡々と煮魚を食べていました。


「普通というのも良いものですよ。毎日豪華な料理ばかりだと、こういう素朴で温かい味が恋しくなりますから」


「……!」


ディートリヒさん、優しいです!

そうですよね! 普通って、決して悪い意味じゃありませんよね! ほら、聞きましたかグラフ!?


「おい、人間の女。喜んでいるようだが、要は『地味で平凡で無難な料理』と言われているだけだぞ?」


「ちょっと! そんな通訳は要りませんから!!なんでわざわざまとめて台無しにするんですか!?」


やっぱりこの二人、一刻も早く出禁にするしかありません!!


――あれ? そういえば……。


二人が食事を再会したタイミングで、私はふと冷静になって辺りを見回しました。非常に重大な問題があることに気づいたのです。


そうです、この二人。

魔族らしさが全開で丸出しです。


グラフは悠然とした顔で箸を動かしていますが、その背には堂々とした大きな蝙蝠の羽が広がり、ディートリヒはというと、穏やかな顔で煮魚を口に運びながらも、馬の耳がぴくぴくと動き、尻尾がふわりふわりと揺れているのです。


どう考えてもアウトな光景です。


「……あのですね、お二人とも」


「何だ。料理の文句ならもう聞かんぞ」


グラフは早々に突き放すように答えましたが、残念ながら今は煮魚の話ではありません。もっと根本的な問題です。


「いや、料理の話じゃなくて……羽とか耳とか隠せません? 二人とも目立ちすぎですよ」


「目立つだと?」


グラフは自分の背を一瞬振り返り、黒々とした大きな翼を見ました。特に気にもしていない様子で首をかしげています。


「これがどうした。魔族らしいだろうが」


「らしすぎますよ!もしここに、村の人や勇者様がいらっしゃったらどう誤魔化せばいいんですか!?」


定食屋という店の性質上、人間のお客様が来ないとは言い切れません。いや、むしろ来てくれなきゃ困ります!


そんな私を見て、グラフは不敵に口元を上げ、余裕たっぷりに言いました。


「心配はいらん。店の周囲には『人避け』の魔法をかけてある」


「えっ、人避け!?そんな魔法かけているんですか!? ……まさか最近お客様がやたら少ないのって……!!」


グラフは一瞬だけ動きを止めましたが、すぐに軽く咳払いをし、堂々と胸を張ります。


「違う。これはあくまで一定時間しか効かない魔法だ。私のせいではない。お前の店が人気がないだけだ」


「違います! グラフが余計な魔法を使ってるからです!!!」


「だから一定時間だと言っているだろうが! 都合が悪いことを全部私のせいにするな、場末」


「その場末っていうのやめてください! 場末の定食屋だって傷つくんですよ!? 元々少ないお客様がさらに減ったら、それもうゼロになるじゃないですか!」


「ふん、それなら私ではなく自分の料理の腕前を疑え」


この魔族、私のメンタルを容赦なく削りに来ますね!?


「もう! こうなったら逆の魔法をかけてください!」


「……逆?」


「はい! 逆です! 人を追い払うんじゃなくて、『お客様いらっしゃいませ魔法』をかけてください!」


「なんだその間抜けな名前は!?」


「つまり、私は『集客』の魔法をかけて欲しいんですよ!!」


「……そんな都合の良い魔法があるか」


グラフは一瞬言葉を失った後、冷静に突っ込んできました。

いやいやいや、今あなたがかけている『人避け』の魔法も十分に都合の良い魔法でしょうに!


「どうして定食屋に都合が良い魔法はなくて、嫌がらせみたいな魔法だけが存在するんですか!? 人呼びこそ需要あるでしょう!!」


「お前の店に需要などない」


「失礼すぎる!! ちょっとくらいあります!!!」


「ないな。場末は場末らしく静かにしていろ」


「いやですよ!せめてお客様がいる場末になりたいんです!!」


ディートリヒは、グラフの隣でくすくす笑っていました。唇に指を当てながら、どこか楽しそうです。


「いやはや、お二人のやりとりは実に面白いですねぇ」


「ディートリヒさん、面白がってないで助けてください! このままだと、うちの定食屋が本気で潰れますってば!」


「いえいえ、私が口を挟む余地はなさそうですので」


店に魔法をかけるならお客様が来る方向でお願いしたかったのに、グラフにあっさり却下され、ディートリヒには突き放されて、私の定食屋はまた静けさを取り戻すのでした。



【魔法辞典】


ロウア・ヴェール(人避けの魔法)


•系統:結界魔術けっかいまじゅつ

•効果範囲:約半径50m

•持続時間:約1~3時間(術者の魔力に依存)

•属性:無属性/精神干渉

•消費魔力:★★☆☆☆

•使用難易度:★★★☆☆


静かなる不可視の帳、その名は『ロウア・ヴェール』。

魔力を帯びた淡き結界は、訪れる者の意識を優しく逸らし、そっと歩むべき道を変えてしまう。


一定範囲内の知性を持つ人間に対し「この場所には近づきたくない」という潜在的な抵抗感を与える魔法。

術者の意図を感じさせず、自然な形で人を遠ざける。

村人から勇者まで幅広く効果を発揮するが、強い意志を持っていたり鈍感な者には通じにくい。


魔法のことなど知る由もない定食屋は『やっぱり今日も暇だなぁ』と首をかしげるのであった。

(或る魔族曰く、客がいないのは元々だろうがとのこと)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ