定食屋戦線・膠着 〜かりんとうとパンの耳揚げと魔法家電〜
急須にお湯を注ぐと、茶葉がゆるりと開いて、ほうじ茶の香ばしい香りが店内に広がりました。こういう瞬間っていいですね。魔族相手に削られたメンタルが、ほんの数秒だけ回復する魔法の時間です。
……さて、お茶を出すなら、お茶請けも欲しいところです。
「ええと、これ、ちょっと試しに作ってみたんですが」
戸棚の奥に仕舞っていた缶を取り出し、中身を皿に盛り付けました。試作品のかりんとうと、揚げたパンの耳に砂糖をまぶしたもの。揚げ色は――まあ、ちょっと濃いめ。でも甘いから大丈夫です。ええ、甘さは正義です。
「あの、お口に合うか分かりませんが……どうぞ」
お盆に載せたお茶とお茶請けをカウンターに置きました。うちの定食屋は庶民的なので、豪華なお菓子はありません。けれど、こういう素朴なのも悪くないはず。
……はずだったのですが。
皿を覗き込んだグラフが、深刻そうな顔をしました。
「なんだこれは。消し炭か?」
「炭じゃないです! かりんとうです!! どこからどう見ても?……いや、見えないかもしれませんけども!!」
グラフは皿の上のかりんとうをつまみ、じっと観察しています。なんですかそのダンジョン鑑識官みたいな目は。
横からディートリヒが、ふわっと柔らかく笑いました。嫌な予感しかしません。
「グラフ、これは貧乏料理というやつですよ。庶民はこうして節約しているんです。苦労が偲ばれますねぇ」
「勝手に偲ばないでください! というかディートリヒさん、しれっと『貧乏料理』って言いましたね!? 言い方ァ!!!」
私は頭を抱えます。魔族の方々ってどうしてこう遠慮がないのでしょうか?
「まあ、せっかくだから食ってやろう」
グラフが渋々かりんとうを口に放り込みました。バリバリと豪快な咀嚼音が響きます。
「……味は悪くない」
「あっ、珍しく褒め――」
「形は悪い」
「最後にケチつけないと死ぬ病気なんですか!!!」
……サクッ。
隣ではディートリヒがパン耳揚げをかじり、ゆっくり咀嚼しました。一拍置いて、目を細めたまま口を開きます。
「……思ったより」
「思ったより?」
「……想像していたより……」
「最後まで言い切ってくださいよ! 続きを聞かないと今晩眠れません!!!」
私は目頭を押さえ、必死に営業スマイルを引っ張り出しました。もうこれは、きっぱり言ってしまった方が良さそうです。
「もし口に合わないなら、無理に食べなくても……」
言い終わる前に、二人の手が同時に動きました。グラフは迷いなく二本目のかりんとう。ディートリヒも同じく、パン耳揚げの二つ目に手を伸ばしています。
「結局食べるんかい!!!」
湯気が揺れて、私の声が店内に響き渡りました。文句は多いのに、手は止まらない。二人は平然と咀嚼を続け、こちらを見もしません。
なんなんですか、その素直じゃない感じ!!!
……本当にもう、口より手のほうが正直なんですから。
これ以上付き合っていると、精神的にゴリゴリ削られるのがわかります。私はさりげなくカウンターの下から、王都からたまに来る商人が持ってきた魔法家電のカタログを引っ張り出しました。こういうときは、現実逃避が一番です。
パラパラとページをめくると、キラキラと輝く最新式の魔法家電が目に飛び込んできました。『三段階式・氷結魔法内蔵!野菜も生鮮食品も驚くほど長持ち!』の文字に、私の胸がときめきます。
「いいなぁ……最新式魔法冷蔵庫……三段階の氷結魔法内蔵だって……」
思わず小さく呟いてしまいました。更にページをめくると、今度は水流魔法を組み込んだ自動魔法洗濯機の鮮やかなイラストが掲載されています。
『魔導式ウォーターストリーム搭載!しつこい汚れも魔法の水流でスッキリ!』
……おお、なんということでしょう。これはまさしく人類の希望。洗濯板で指を真っ赤にして洗っている日々とはおさらばできますね。ああ、素敵すぎる!
私が夢中になってカタログを眺めていると、向かいでグラフがバリボリと容赦なくかりんとうを齧りながら言いました。
「ふん……人間は妙な魔道具を作るのだな。しかし、それを買えるだけの儲けがあれば、の話だが」
この男、かりんとうを食べながら余計な一言を挟んできます。なんでわざわざ人の夢にまでケチをつけるのでしょうか!?
私はカタログを両手で抱えて睨みつけました。
「夢を見るくらいいいでしょうが! 私だって、いつか定食屋を繁盛させて魔法家電くらい買いますよ!」
「ほう、こんな場末の定食屋が繁盛する日が来るとでも?」
グラフはかりんとうを口に運びながら皮肉っぽく片眉を上げます。この人、ほんとに性格悪いですね!
「ちょっと! また場末呼ばわりですか!? いつかギャフンと言わせてやりますからね!!!」
「はっ、まあ楽しみにしているぞ」
挑発的な笑みを浮かべるグラフに、私はぐっと歯を食いしばりました。その横で、ディートリヒはお茶を飲みながら肩を震わせ、笑いを堪えています。
「ディートリヒさんまで何笑ってるんですか!? 何か言いたいことがあるならハッキリ言ってください!」
「ああ、いえ、頑張ってくださいね、としか言えませんので……ふふっ」
ディートリヒは全然フォローになっていないフォローをしながら、必死に笑いを隠しています。この人も十分、性格悪いですね!!!
私はため息をつきつつ、最後のページをめくりました。そこに掲載されていたのは『魔導式全自動皿洗い機』。
『魔導石の力で汚れを根こそぎ分解!あなたの手を守ります!』
なんという素晴らしい響きでしょう。汚れを分解してくれるというのは、まさに魔法家電の真骨頂ですよね。
私は目を輝かせてそのページをじっと見つめました。
「いつか絶対買いますよ、この魔導式皿洗い機……! 見てなさい!」
「まあ、せいぜい夢だけは豪華に見ておくんだな」
グラフが鼻で笑い、その横でディートリヒがクスクスと肩を揺らします。ああ、もう、二人とも本当に腹立たしい!
でもまあ、夢を見るのはタダですから。いつかこの定食屋が繁盛した暁には、絶対に魔法家電を揃えて二人を驚かせてやりますからね!
私は心の中で小さく拳を握りました。




