定食屋戦線防衛戦!~魔族、村人、煮魚三つ巴~
……コツ、コツ、コツ。
まるで嫌な予感を煮詰めたような、規則正しい革靴の足音が、店の外から聞こえてきました。私はびくりと肩を震わせます。まさか、別の魔族の訪問とかじゃないですよね!? だって、グラフが人避けの魔法をかけたばかりですよ!
「馬鹿な! 『ロウア・ヴェール』の効果はまだ切れていないはずだぞ!?」
グラフが目を見開き、驚愕の表情を浮かべています。いや、私が訊きたいくらいですよ!
「人間のお嬢さん、どうやら複数人のようですよ。足音が三人分くらい聞こえます」
ディートリヒは、落ち着いた様子で馬耳をぴくぴく動かしながら呑気に分析しています。なんですかその精度の高い聴力は! 今そんなこと報告されても困ります!!
ガチャリ。
扉のノブが動いた瞬間、私は電光石火の勢いで厨房を飛び出しました。床を滑るように走り抜け、ぎりぎり扉の前に立ち塞がります。
「こんにちはぁぁぁ!!! どうされましたかぁぁぁ!!?」
営業スマイル120%の私に驚いた様子で、扉の外に立つのは――あれ?
革靴を履き、見慣れない礼服に身を包んだ村長。その背後には、見るからに本格的な装備をした雑貨屋のご主人と道具屋のおじちゃんが立っています。
雑貨屋のご主人は、頭に鋼鉄の兜、肩には革と鉄を重ねた頑丈な肩当てを装備。右手に鋼のロングソード、左手には大きな盾を構えるという、明らかに村人のレベルを逸脱した武装でした。
道具屋のおじちゃんに至っては、革製のベルトに無数の薬草ポーチやマナポーションをぶら下げ、腰には刃渡りの長い万能ナイフを装備。背中にはロープや万能フックまで備えた完全な冒険者スタイルで、目は鋭く真剣そのものです。
ちょっと待ってください! なぜ村の商店主が完全武装の冒険者パーティーになってるんですか!?
私は内心の焦りを必死に隠しつつ、にこやかに笑顔を作り直しました。
「あの……みなさん、今日はずいぶん気合が入っていますね……何かありましたか?」
恐る恐る聞くと、村長が深刻そうな顔で頷きました。
「実はな、村の外れで怪しい者を見かけたとの報告があってのう。皆が不安がっておるから、念のためわしらが見回っているんじゃ」
やばいやばいやばい!! 怪しい者、絶賛店内でかりんとう食べてますよ!? うちの店に魔王様の側近が居るなんてバレたら、私の定食屋生命は本気でおしまいです!
「まさか! この平和な村で怪しい人なんて!! そんな馬鹿な!!!」
「いや、普段は勇者様すら滅多に来ない村に、よそ者が居るなんて不自然だろう? 何か良くない事を企んでいるかもしれない」
雑貨屋のご主人が、不審げな顔で追い打ちをかけます。やめてください、雑貨屋さん! 普段ののんびりキャラはどこに置いてきたんですか!?
村長が一歩踏み出し、意味深に口元を緩めます。
「それでの、少し店の様子を確認させてもらおうと思ってのう」
「そんな必要ないですよ!? うちはいつも通りの暇な定食屋ですし!」
「じゃあ、ちょっと店内を覗かせてもらっても大丈夫じゃろう?」
やばい。非常にやばい展開です。
村長がニコニコしながら身を乗り出しました。その『ちょっと』が命取りなんですけど!?
「い、いえ、それは! 今、あの、煮魚がちょっと……!煮魚が暴れてて危険なんですよね!!!」
「「「煮魚が暴れる!?」」」
三人が驚いて顔を見合わせます。
ダメだ、苦し紛れの嘘が雑すぎました!!!!
「いえ、その……まあ比喩なんですけどね?」
三人の疑惑の視線がグサグサと突き刺さります。
助けて誰か!
背後では、グラフが小声で「さっさと帰らせろ!」と急かし、ディートリヒが「この状況も面白いですね」とくすくす笑っています。お前ら他人事だと思って楽しんでますね!?
「と、とにかく、今日はちょっと閉店時間が早まってまして!」
「メルヴィ、まだ昼過ぎだぞ?」
道具屋のおじちゃんが呆れ顔で言いました。なんで皆さん、今日に限ってこんなに鋭いんですか!?
私はもう一度だけ必死に微笑みました。これ以上絶対に店内を見せるわけにはいきません。
「……もしかして、わしらが来たら困る理由でもあるのか?」
村長が寂しげに呟きました。
いやいや、そんな罪悪感を煽るような目をしないでください! めちゃくちゃ困る理由が大ありなんです!!
「あ、あのですね村長。本日はその、特別営業日なので、会員の方以外は入れない仕組みになってまして……」
さらに苦しい言い訳をする私に、村長はさらに表情を曇らせました。
「会員制じゃと? メルヴィ……お前、いつからそんなよそよそしくなったんじゃ? わしら村の者は、常連ではないのか?」
うわぁぁぁん、村長ごめんなさい!! 心が痛いです! でも今日は絶対に入れられない理由があるんです!!
「メルヴィちゃん。無理言って悪いが、一目だけでもいいから店内の様子を確認させてもらえないか? 村の安全がかかっているんだ」
「うぐっ……」
雑貨屋のご主人が、申し訳なさそうに頭を下げました。しっかりした鋼鉄の兜をかぶり、左手には鋼の盾まで構えた重装備がものすごく場違い感を放っています。
「一瞬だけでも店内を見せてもらえれば、すぐ帰るから」
道具屋のおじちゃんも、腰に冒険者御用達の万能ナイフをぶら下げたまま、腕を組んで頷いています。
こんな装備で『一瞬』だけという言葉ほど、信じられないものはありません。でも、このまま押し問答していても怪しまれる一方です。ああ、『メルヴィの小さな定食屋』史上最大のピンチ……!
「い、いや、その……!」
口を開いたものの、言葉が出てきません。その隙に、村長の震える手がゆっくりと扉の取っ手に伸びてきました。
「あ、あっ……!」
まさに今、店内の扉がゆっくりと開かれようとしています。定食屋始まって以来の大ピンチに、私はくらりと気が遠くなりました。




