魔王様にクッキーをあげた翌日の惨劇
柔らかい光が差し込む厨房で、私はまな板を拭きながら今日の献立に思いを巡らせていました。
魔法冷蔵庫の中には豚バラ肉の塊と旬の野菜。薄く切ってバラ肉と玉ねぎのさっぱり炒めもいいけれど、角煮に挑戦するのもいいなと、少しだけ冒険心が湧いていたその時。
――ドゴォン!!!!
扉が、爆発四散しました。
「ぎゃあああああっ!?!?!?」
私は思わず布巾を放り投げて絶叫しました。
いや、ちょっと待ってください!?
私はただ定食屋をやっていただけなのですが!!
視界が粉塵に包まれ、店内に土煙が立ちこめる中、コツコツと鋭く硬い靴音が一歩ずつ近づいてきます。
薄闇の中から現れたのは、黒のスーツに身を包んだ長身痩身の魔族。背には大きな蝙蝠の羽、鋭い眼差しに銀縁眼鏡を光らせ、怒気を纏ったグラフでした。
「人間の女ァァァァァァ!!!!」
「ひっ……!? な、何事ですか!?」
いつにも増してグラフは殺気立っており、完全にブチギレモードです。
「バルゼオン様に、手作りクッキーを渡したなァァァァァァァ!!!!」
「えっ、えっ!? なんでそれを知って――」
「クッキーの箱を抱えてニヤついているバルゼオン様を見れば、一目瞭然だァァァァァ!!!!」
いやいやいやいや!! 魔王様、そんなに嬉しかったんですか!? そこまで喜ばれると逆に困るんですが!!!
「魔王様を誑かすとは、何を企んでいる!? 今度こそ、この定食屋の存在を抹消してやる……!!!!」
あまりに理不尽!!
なんで魔王様にクッキーあげただけで、店を消されなきゃならないんですか!!!
「ち、違います! これはその……お花のお礼というか」
「ハァ!? 魔王様にオリハルコンの包丁を贈らせた上に、さらに花までねだったというのか!! 貴様ァァァァァァ!!!!」
「だから違うって言ってるじゃないですかあああ!!!!」
いや、なんかもう話がどんどんおかしくなってませんか!?
私はただ、花(?)のお礼にクッキーを焼いただけで……なぜこんな修羅場になっているのですか!? 誰か助けて!!
その瞬間、吹き飛んだ扉の枠の向こうから、重厚な黒いマントが翻りました。
「そこまでだ、グラフ」
深い真紅の瞳に漆黒のような黒髪。颯爽と立つ姿は、言わずもがな魔王バルゼオン様。
私はこの登場に、安堵と絶望を同時に感じました。
「ああ……バルゼオン様……助かりま――」
「昨日の礼を言いに来たぞ、メルヴィ」
「そこじゃなくて!!! 先にグラフの誤解を解いてください!! あと扉!!!」
私の叫びを軽く聞き流し、バルゼオン様は懐から箱を取り出しました。そして――
カリッ。
涼しい顔でクッキーを一枚かじります。
「口に含んだ瞬間、香ばしい香りが柔らかく広がり、サクッと軽やかな食感が心地よい。甘さ控えめでありながら、奥深く優しい味が舌の上を滑る……実に、美味い」
「~~~~ッ!!!」
バルゼオン様の冷静な食レポに、グラフが限界を迎えました。
「バ、バルゼオン様!……なぜ……なぜ、魔王の中の魔王、ラストダンジョンの主がこのようなものをッ!!」
「ふむ、メルヴィの愛がこもったハート型の菓子だからな」
「丸ではありませんか!!!!」
グラフが勢いよく箱の中身を確認します。
そこに入っていたのは、昨日焼いた完璧に真ん丸なクッキーでした。
バルゼオン様が、少しだけ口角を上げます。
「間違いなく、ハート型だ」
「どこがですか!!!!」
私は叫びました。
ついでにカウンターを叩きそうになりましたが、グラフがすでに扉を吹き飛ばしているので我慢します。
バルゼオン様は相変わらず冷静な表情で、クッキーを取り出し、指先でひょいっと摘まんで掲げました。
「メルヴィ、グラフ……よく見るが良い」
「「いや、だからどう見ても――」」
「完璧なハート型である」
「丸……! 丸い……ッ! 一切の曖昧さなく、丸……!!!」
「いえ! バルゼオン様それは!! どこからどう見ても丸!!! どの角度から見ても、丸!!!!」
もうダメですね!
何を言っても無駄な気がする!!!
「アアアアアアアア!!!!!!!」
グラフは天を仰いで絶叫し、そのままガクリと膝をつきました。もはや、魔王様の行動を止めることができないと悟ったらしい。
私は頭を抱えながら、吹き飛んだ扉の残骸を見つめました。
やっぱり、クッキーなんて作るんじゃなかった!!!!




