魔王様にクッキーをあげた翌日の惨劇・続
扉は木端微塵。あまりの衝撃に戸枠まで欠けてしまい、床には見事なまでの破片のじゅうたんが広がっていました。
店の中央には、力なく膝をついて虚空を見つめるグラフ。そしてその横では、涼しげな顔をしたバルゼオン様がポリポリとクッキーを齧っていました。
……いや、あのですね。
私、今日も普通に定食屋を営業するつもりでいたんですけど!
どうして朝一番から、こんな「勇者が魔王城に突撃した直後」みたいな光景を目撃しているんでしょうか。
ツッコミたいことは無数にありますが、あまりに情報量が多すぎて、逆に言葉が出てきません!
というか魔王様、まず扉を気にしてください。
何を悠然とクッキー食べてるんですか!!!
「バルゼオン様……確か以前、『この定食屋は我が守る』って格好良く宣言してましたよね……?」
私は砕け散った扉の残骸を指差しながら、恐る恐る問いかけました。バルゼオン様は堂々とした態度で、腕を組んで頷きます。
「もちろんだ。今回の襲撃は我が眷属グラフによるもの――つまり内側の問題。外敵からは守られている」
「守られてません!!! 内側から破壊されたら意味ないです!!!!」
思わず、力いっぱい叫んでしまいました。
この人本気で言ってる……。いや魔王だからって、もうちょっと人間社会に配慮を……。
グラフは私のツッコミすら耳に入らないようで、床に膝をついたまま茫然と天井を見上げていました。完全に魂が抜けてる。
私はカウンターに脱力しきった状態で突っ伏しました。
「……我が眷属の不始末だ、本当に申し訳ない。後ほど厳重処罰を与えよう」
「いやいやいや! そんな厳罰とか求めてないですから! 普通に注意して、扉直してもらえれば、それで十分ですから!!」
私が慌てて言い添えると、バルゼオン様は真顔で「そうか」と頷き、グラフの方を見やります。
「聞いた通りだグラフ。店の修復、必ずや遂行せよ。また自らの行いについても、反省しておけ」
毅然とした声が静かな店内に響きます。バルゼオン様はその後、静かに振り返りました。
「……迷惑をかけたな、メルヴィ」
え?
顔を上げると、そこには相変わらず涼しい顔のまま、しかしどこか神妙に立つバルゼオン様の姿がありました。先程までクッキーを頬張っていた姿とは違う、ほんの少しだけ真面目な魔王の顔。
「この件、我が責任だ。眷属の暴走も、扉の損壊も、全て含めてな。改めて詫びよう」
そう言って、バルゼオン様はほんの一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、頭を下げたのです。
――えっ!?!?
まさかの謝罪。
ラストダンジョンの魔王様が、頭を下げた……!??
「いやあの違うんです魔王様! 私別に怒ってなくて! いや怒ってるけど、怒ってないというか!! あれ? このままだと私が何か悪いことした側みたいになるんですけどどうしたらいいんですかコレ!?」
動揺しすぎて、語彙力が崩壊しました。
てっきり「我は悪くない」とか言い出すかと思っていたのに、魔王様は静かに扉の残骸を一瞥すると、柔らかく微笑みました。
「今回は本当に済まなかった。定食屋の安全は必ず守ると約束しよう」
誠実で真摯な瞳に、私は少しだけどきりとします。
「メルヴィ。……また、来る」
「えっ……あ、はい……」
私は思わず背筋を正してしまいました。
何でしょう、なんだかんだでちゃんと挨拶して帰っていくのが、逆にこわ――いえ、律儀というべきでしょうか。
そしてバルゼオン様は、風もないのにマントを靡かせ、くるりと背を向けました。
そのまま、堂々と扉の――
「……」
……あれ? 扉がない。
壊れてるんだった。そうでした。
すみません、私も今思い出しました。
バルゼオン様は扉の残骸を踏み越え、廃材をざくざくと踏みしめながら、何事もなかったかのように店を後にしました。
その背中は、どこまでもまっすぐで――
「……魔王様って、妙なところで律儀で真面目なんですよね。もっと肩の力を抜けばいいのに……いや、それを求める方が無理か……」
私はポツリと呟きました。
店内には、クッキーの甘い香りと、扉の破片、そして再起不能なグラフが残されていました。
……あれ? 定食屋って、こんなに大変な仕事でしたっけ?




