西の魔王こと、愛の魔王様降臨する
店じまいの準備をしながら、私は心から安堵のため息をつきました。
魔王様たちが現れるたびに、この店は騒動に巻き込まれて波乱の連続です。おかげさまでこのところ売り上げは伸びていますが、それでも毎日寿命が縮むような思いです。
早く寝て全てを忘れたい。
その為には戸締まりをして、厨房を片付けて、それから来週の仕込みを確認して――
「やあやあ、この前ぶり~! 元気かい? メルヴィちゃん!!!」
突然、勢いよく店の戸が開きました。
一体誰ですか!?
驚いて振り返ると、そこには艶やかな真紅の髪、きらきらした羽根のショール、踊り子のようにひらひらとした派手な装いの――
「西の魔王こと愛の魔王! アモルテ様が華麗に参上~!!!」
見覚えしかありません。突如として、魔王アモルテ様が微笑みを浮かべて立っていました。
「えっ、今日は何の御用でしょうか……?」
私が慌てて問いかけると、アモルテ様はさらに笑顔を輝かせました。
「何を言ってるんだい、メルヴィちゃん! この僕を呼んだのは君だろう?」
――呼んでません。
ええ、間違いなく呼んでいません!!!
しかし、アモルテ様は満面の笑顔で胸を張り、堂々と店の中へと足を踏み入れました。その瞳はキラキラと輝き、何かを期待しているようです。
「いやあ、遠くから聞こえたよ! 愛だの、なんだのって話がね!!!」
胸に手を当てて芝居がかっているアモルテ様を前に、私は必死に記憶を辿りました。遠くから聞こえた、とは?
一瞬、何のことかと首をかしげ――
……あっ。
思い出しました。さっき、茹でしゃぶサラダ定食を出したときのことです。
『魔王様の健康を考えたんですよ』
『……そうか』
『愛ですね』
――ディートリヒの一言!!!!
これですか! これのせいですか!!
まさか、アモルテ様、あれに反応してやって来たんですか!!!
いやいやいやいや!!!!
なんですかそのセンサーの鋭さ!? 魔王ってそういう能力まであるんですか!?
「いやあ、愛の話が出たら、そりゃあ僕が呼ばれてるのかと思うよね!!! で、どうしたんだい!? 恋愛相談かい!? それとも誰かに告白でもしたいのかい!?!?」
楽しそうに身を乗り出してくるアモルテ様。
赤い髪がふわりと揺れ、その顔にはこれ以上ないほどの興味と期待が詰まっていました。
「私は別に恋愛の悩みなんて抱えていませんから! 完全に誤解です!!」
「そんなに慌てなくてもいいんだよ? ふむふむ、これは……なるほど、討伐不可能な魔王バルゼオンと人の禁じられた恋……!」
「違います!!!!」
何ですか、その禁断の恋愛ルートは!!!
確かに魔王様は常連ですが、定食屋の客と店主というだけの関係です。それ以上でもそれ以下でもありません!!!!
「えー、じゃあエヴァンス? まさか、歩く国家予算なお金持ち金髪魔王に心を奪われちゃった???」
「違います!!!!」
勝手にロマンスの妄想を膨らませないでください!!!
「もしかして、ディートリヒ? 主にだけ甘い忠義の騎士系従者??」
「なぜそっちに飛ぶんですか!? そもそも私は恋愛相談などしていません!!!」
「うーん……?」
アモルテ様は腕を組んで私をじろじろと見つめた後、 突然、手を打ちました。
「これは 本人すら気づいてないタイプの恋だね!!」
「いや、だから違いますってば!!」
「ああ、若いって素晴らしい。気づかないうちに恋に落ちてるなんて、なんてロマンチックなんだろう……」
どんどん遠い目になっていくアモルテ様。勝手に何かを妄想して盛り上がっているようですが、私はもうこれ以上ツッコむ気力すら失いそうです。
「いえ、ですから、私にはそういう話はまったく関係ないんですよ……!」
「まあまあ、焦らなくてもいいんだよ。愛は突然、そして劇的にやってくるものだからね!」
もうダメです。この魔王様、完全に自分の世界に入ってしまいました。全然人の話を聞いてくれない。
「さあメルヴィちゃん! 一緒に愛の扉を開こうよ!! 」
「絶対開きませんから!」
「そんな冷たいこと言わないでさ。僕が手ほどきしてあげるから、一歩ずつ愛を学んでいこうよ!」
「だから、学びませんってば!!」
何でしょう、この押し問答……。『愛の魔王様立ち入り禁止』の札を本気で店の前に貼るべきかもしれません。
私は内心でため息をつきつつも、今日もまた魔王様相手に必死の攻防を繰り広げるのでした。
――明日は平和な一日になりますように。
そんな願いも虚しく、きっとまた誰かがやってくるのだろうなと薄々気づきつつ、私はまた新たな波乱に備えるのでした。




