魔王様、東の魔王様へ忠告する
会計を終え、魔王様たちが悠々と席を立ちました。
黒いマントを翻し、堂々と歩くバルゼオン様。
その隣で、金の髪を靡かせながら優雅に進むエヴァンス様。
まさに王者の風格というべきでしょうか。お二人が並んで歩くと、ものすごく威圧感がありますね。
私は慌てて、二人の後ろ姿を見送りながらほっと胸を撫で下ろしました。今日も無事に終わった――いや、正確には色々ありましたけど、定食屋が破壊されるようなことはなかったのですから、一応「無事」ということで。
しかし、そんな安堵の息を吐いた直後のことでした。
バルゼオン様が、店の出口付近で急に足を止めたのです。
「……エヴァンス」
穏やかで、静かな声色。しかし、その声色には底知れぬ圧が込められていました。そのひやりとした感触が、まるで冷たい空気のように私の肌を伝います。
「我の店に手を出したら、どうなるか覚悟はできているな?」
バルゼオン様は、すっとルビーのような赤い瞳を細め、微笑みました。
……え? いま、なんと……?
ここ、私の店のはずなんですが??
そんな私の動揺をよそに、エヴァンス様は一瞬だけ静かに間を置いて、ゆっくりと息を吐きました。
「……なに、ただの冗談だ。軽い戯れと思ってもらって構わない」
それは、ほんの少しだけ先ほどよりも慎重な口調。
「ふむ、それならばよい」
バルゼオン様は変わらぬ微笑みを浮かべたまま、再び歩き出しました。
……いま、なんか、とてもすごい脅しがあった気がするのですが!?
エヴァンス様も、あっさりとそれを受け入れているし……さすが魔王様同士のやり取りは次元が違いますね。
いや、それ以前に「我の店」って、どういうことですか!? 確かに魔王様が定食屋の常連なのは認めますが、経営権までは握られていないはず!!!
それとも、私が知らないうちに魔王様の間では、通っている定食屋を所有する権利が自然に発生するという謎ルールでも存在するのでしょうか……?
いや、もう考えないでおきましょう。下手に突っ込んだら「何か問題でも?」とか返されて、こちらが負ける未来が見えます。
そんな私の葛藤をよそに、エヴァンス様はまるで何事もなかったかのように振り返りました。
「近々また訪れるとしよう。その時は、さらに魅力的な提案を用意してくるから楽しみにしているといい」
――魅力的な提案?
それってまさか、やっぱり買収のことですか!? というか、まだ諦めてなかったんですか!!!!
困惑する私の視線に、エヴァンス様はわずかに微笑を深めました。どう見ても本気ですよね!? そして、その横でディートリヒも柔和な笑みを浮かべながらこちらを見つめています。
「それでは人間のお嬢さん、またお会いしましょう」
「は、はい。またのお越しを……お待ちしております?」
動揺したまま挨拶を返すと、ディートリヒはくすくすと楽しげに笑ってエヴァンス様の後ろにつき、出口へと向かいました。
それにしても、二人して随分楽しそうですね……。もしかして私、また面倒なことに巻き込まれる未来が見えていませんか?
バルゼオン様はエヴァンス様たちが店の外に出るのを見届けると、再び私の方を振り向きました。普段は威厳があって冷静な表情を崩さないのですが、今はどこか柔らかい笑みを浮かべています。
「メルヴィ」
「はい? 何でしょうか、バルゼオン様」
「……心配するな。この店を守るのは我の務めだ。お前は安心して定食を作っていればいい」
「え、あの、ありがとうございます……?」
その瞬間、私の頭の中にはさまざまな困惑が渦巻きました。
『守る』って何ですか!? 何から守るつもりなんですか!? 定食屋をめぐって魔王同士の戦争でも起こるんですか!? 私の定食屋、いつからそんな世界の命運を握る重要施設になったんですか!?
しかし、そんなツッコミを入れられるわけもなく。
「では、また来る」
バルゼオン様は静かな、けれども深く優しい声でそう言い残すと、黒いマントを再び翻しながら店を出て行きました。
静まり返った店内に残された私は、深く深くため息をつきました。
――戸枠よりも、私の心臓の方が先に壊れそうです……。




