離れる心 離れぬ心
結局先輩たちは、イブがふん縛って寮に連行されていった。
「はい、歩いてください! あと、偽装アルカナを回収しますから、早くカードフォルダーを……!」
「畜生……!!」
「あなた方が既にアルカナ集めでアルカナカードを消失していることは確認していますから!」
イブがキリキリと動く中、ようやく無機質な顔で剣と天秤を消したルヴィリエは、そのままイブについて行こうとすると。
「ルヴィリエ」
スピカは声をかけたが反応がない。それにスピカは唇を噛むが。
「ルヴィリエ、生徒会執行部に入ったのか?」
スピカに替わって声をかけたのは、スカトだった。それにスピカは振り返る。ルヴィリエもまた、足を止める。
「私は生徒会執行部所属のルヴィリエ・ガレです」
「……その口調は?」
アレスが尋ねるが、やはり答えない。それにスピカとアレスが顔を見合わせるが、スカトは硬い口調で言う。
「……おそらくだが、ルヴィリエは現状、貴族階級の人間以外と話すなって言われているんだと思う……あの人たちに」
「そんな……」
「いったいどこまで人をコケにすんだよ、あいつらは……っ!」
アレスがガンッと廊下の柱を叩くが、スカトはアレスの肩を叩いてから、ルヴィリエのほうに近付く。
「俺は前に、イブ先輩に生徒会執行部への勧誘を受けている。詳しい話を聞きたいんだが、仲介をしてくれないか?」
「おい……」
「え……」
スカトの申し出に、アレスとスピカは息を呑む。
「お前、なに考えて……」
「……考えてみたんだ。いろいろと。君たちといるのと、生徒会執行部の先輩たちといるの。どちらのほうが自分にとっていいのか」
スカトは振り返って、自身のカードフォルダーを掴んだ。
【隠者】。大して力がない上に、【愚者】と同じく平民からの出現する大アルカナであり、軽んじられる存在。
スカトは言う。
「現状、これが一番いいと思うから……放課後、会えたら会おう」
「おい、ちょっと待てってば! なんもかんも、説明になってねえから……!! この三文芝居野郎が!!」
アレスの言葉を無視して、そのままスカトはルヴィリエについて歩いて行ってしまった。
それにとうとうスピカは泣き出す。
スピカたち四人は、初めて列車に乗った日から、ずっと一緒にいたのだ。それが、どんどん離れていってしまった。
今まで、スピカはそういうものを全て「仕方がない」と諦めてしまっていた。
だって、自分は【運命の輪】だから。だって、【運命の輪】は処刑対象だから。見つかったら殺されてしまうし、隠蔽を手伝った人だって巻き込んでしまう。ひとりでひっそりとして、当たり障りなく生きていよう。
それが一番彼女にとっていい生き方だった。はずなのに。
「もう、やだ……こんなの、もうやだぁ…………」
とうとうスピカは声を上げて嗚咽を漏らしはじめた中、アレスがポンッとスピカの肩を叩いた。
そして耳元で囁く。
「落ち着け。三文芝居って言っただろうが」
「……なんでそんなにアレスは落ち着いてるの?」
「というより、お前、もうちょっと仲いい先輩の話を聞いてやれよ。あの人あれだけヒントくれたのに」
そこでスピカは固まり、ようやく思い出した。
「……スカト、大丈夫なのかな」
「わかんねえ。でも俺らは無理なんだから、あいつに賭けるしかねえじゃん」
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「現状、俺たちの中で生徒会執行部から情報を抜けるのは、貴様だけだ……正直俺ぁ、ガキにそういうのさせるの、気が進まねえが。アルがそう言っている。やるかやらないかは任せる……なに、別に断っても怒りゃしねえさ。そのときゃ別の方法を探すさ」
カウスに五貴人のことを教わった際、スカトはそう囁かれていた。そのときから、ずっとスカトは選択を迷っていた。
元々生徒会執行部に勧誘は受けていたが、あまりいい気はしなかった。学園アルカナにおいて、あまりにも平民と貴族の差が大き過ぎて埋まらず、生徒会執行部の治安維持も、全ては貴族のためなように思えて仕方がなかったからだ。
【隠者】の力は、他のアルカナに比べればおぼつかない。
【愚者】のように、有事の際に大きな力を発揮するものではない。
【運命の輪】のように、常に命の危険を伴いながらも、【世界】に対抗する切り札になりうることもない。
【正義】のように、驚きの力を持ち合わせてすらいない、そんなアルカナだが。
本来【隠者】のアルカナは戦闘用にデザインされてはいない。一見諸刃の剣の反撃手段を持ち合わせているために、戦闘にも使えるように見えるが、このアルカナの真価は、別の場所でこそ発揮する。
「失礼しまぁす! 会長、ニュースニュースですよぉ!」
イブが元気に執務室に入ると、そこに後輩ふたりが一緒についてくる。それにオシリスは業務から顔を上げてふたりを見比べる。
唐突に【世界】から預けられた新入生のルヴィリエは、イブと一緒によく働いていた。ときどきあまりにも狂暴過ぎる力を行使することはあれども、偽装アルカナの戦闘の介入にはかなり役立っている。
ただ彼女は、どう考えても【世界】か他の五貴人になにかをされた痕跡があるために、できる限りイブにはコミュニケーションをこまめに取って欲しいと頼んではいるが、芳しい成果を見せてはいない。
そして、イブが連れてきた少年には見覚えがあった。
「新しい後輩ができました! 嬉しいです、また後輩が増えました!」
イブはにこにこと笑っているのが、オシリスには複雑なところであった。彼女は基本的にいい子が過ぎるために、それ以外だったらいざ知らず、身内認定した人間に対しては甘過ぎるというか盲目過ぎる悪癖が存在している。
そこで彼は一歩前に出てきて挨拶をする。
「スカト・サダルメリクです。以前から勧誘を受けて考えていました。一年です。どうぞよろしくお願いします」
「……オシリス・ジュピターだ。集会で挨拶をしているから知っているかもしれんが。人手不足で困っている。どうぞよろしく頼む」
「はいっ……!」
背筋をピンと伸ばして、実直そうな顔をしている。
そして「ところで」と尋ねる。
「貴様のアルカナを確認したい」
「…………っ!」
「どうした?」
オシリスはじっとスカトを見る。実直な眼差しは、必死にオシリスを凝視しているが、その瞳は細やかに震えている。
「なんだ、言えないか? 他と連携を取ってもらわなければ、各地の制圧はできないが」
「会長ー、それ後輩いびりみたいですよぉー、折角勧誘に応じてくれた子を、信用できないんですかぁ?」
「……いや、すまんな。能力によっては言いにくいこともあるだろう。適度に連携をしてくれ」
「わかりました。いざとなったら拳で制圧します」
「……アルカナを使え、アルカナを」
オシリスはかぶりを振った。基本的に貴族階級では【愚者】は恥だから言いたがらない上に、対策も取られやすいからなおのこと身内にすら言いたがらないところがある。
【愚者】ならばそれでも仕方がないと納得ができたが、問題は。
【隠者】であったのならば、少々厄介なことになるというだけの話だ。
スカトは背筋を伸ばしながらも、制服の下のカードフォルダーに手で触れていた。
サダルメリク家は、【隠者】の真価を理解していなかった。汎用性の高いアルカナは恥だということ以外、気に留めてさえいなかった。それこそスカトはカウスに出会わなかったら、自身の価値にすら気付いていなかったくらいに。
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放課後になっても、スカトは寮に戻ってこなかった。それにスピカはおろおろそわそわしている。本当だったら今にもスカトを探しに行きたいところだが、アレスに肩を掴まれて短く「やめとけ」と止める。
「ここは寮母さんのゾーンのおかげで内緒話できるけど、ここから外は全然駄目だろ。だからユダ先輩もここで話をしてくれた訳で」
「わかってるけど……でもスカトがふさわしいってなに? 私、【隠者】のアルカナの能力、全部は知らないよ」
「ごめんなさいね、無知無知で。俺も知りませーん」
「ならどうしてそんなに落ち着いてるの。スカトも……スカトもルヴィリエみたいに……ルーナ先輩に捕まってひどいことされたらどうしよう」
「……それが唯一の気がかりだけどさ。少なくとも、生徒会執行部の連中が正しい間違ってるかはいざ知らず、ルール守ってる奴を襲う理由はねえんだよ。少なくともスカトは、俺らの中で一番ルールを守っているから、生徒会執行部が難癖付ける理由がない。五貴人も生徒会執行部からの情報公開請求を丸無視してるのはさておいて、表立って敵に回そうとしてねえんだから、生徒会執行部に入ったスカトに難癖付ける理由はねえんだよ」
アレスにそう言われ、スピカは俯く。
(本当に、無事だといいけど……)
スピカがしゅんとしていると、アレスはふんと鼻息を立ててから、彼女の背中をバシバシと叩く。
「少なくとも、あいつは覚悟決めて入ってったんだから、それは認めてやれ。あれだ。スパイとか潜入捜査とか」
「そういうものと思われても困るんだが」
アレスの言葉を停止したのは、スカトだった。気のせいか、ボロボロでぐったりしている。
「スカト! お帰り! どうしたの、大丈夫だった、なにか生徒会執行部でひどいことされたりは……」
「……あの人たち、荒事ばっかりしてないか。いくらアルカナ集めの生徒が減ってきたとは言っても、残ってるのはまずい連中ばっかりじゃないか……」
「あー、お疲れ。お疲れ。とりあえず飯食べる? 食堂行く?」
「疲れた……正直、胃に優しいものじゃないと吐く……」
「うわーんっ! ちょっと寮母さんに聞いてくる!」
慌てて先にスピカが走り出したのを見ながら、スカトは優しく笑ってから、膝をついた。それを「よっと」とアレスが肩を貸す。
「お前も無茶すんねえ? 格好つけ過ぎだろ」
「……ルヴィリエのことが気がかりだった。彼女、本当に人形みたいになっていたから」
「まあ、お前ずっとあいつのこと気にしてたからなあ。好きなの?」
「普通、友達が元気なかったら、気にすると思う。君そういうの嫌がるだろ」
「そりゃな。単純にどういうのか気になっただけ。で、どだった?」
スカトは黙ってカードフォルダーを取り出すと、「お前の出せ」とカードフォルダーを指さした。黙ってスカトとアレスのカードフォルダーを重ねたところで、アレスは「お」と声を上げた。
「生徒会執行部に、お前のアルカナ割れてない?」
「聞かれたけど答えてない。ルヴィリエが口を割ったらおしまいだけど」
「だな。頑張って隠せよ」
「言われなくても」
こうして、ふたり揃ってスピカの待つ食堂へと、歩いて行った。
まだ、なにひとつ解決していない。希望の糸をたぐり寄せている真っ最中だ。




