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学園アルカナディストピア  作者: 石田空
黄金の夜明け編

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111/112

決着 黄昏を前に

 スピカたちは、フリーダを連れてルーナのゾーンを出ようとしていた。


「それにしても……あの人ってどうすればいいの?」

「なんというか、ユダ先輩とおんなじでアルカナカード抜きで魔法使ってるし、魔力全然尽きねえし……」


 スピカとアレスが手を繋いで先導する中、フリーダは黙ってふたりについていく。既に毒気を抜かれた彼女は、抵抗する気がないようだった。

 ふたりの疑問に、フリーダが淡々と答える。


「トート・クロウリーは【黄金の夜明け団】の団員の命を使って魔法を行使しているから」

「はあ!? どうして!? 小アルカナの人たちは、国で守られているから、魔力吸収できないから?」

「そう。第一段階では、【節制】を誘拐して、延々とエリクシールをつくらせるつもりだったけど阻止された」

「……アセルス先輩見ないと思ったら、誘拐犯と戦ってたんだ」


 革命組織に所属してもなお、万人に対して優しかったアセルスを思い、スピカは自然と唇を噛んだ。

 その中でも、フリーダは淡々と続ける。


「第二段階では、【審判】を逆らえなくしてゾーンを使わせるつもりだったけれど、返り討ちにされた」

「あの人、正攻法で倒せるのか?」

「わかんない」


 数ヶ月前の五貴人居住区でさんざん辛酸を舐めさせられた神官長ヨハネを頭に浮かべ、ふたりとも「無理じゃないか」と顔を見合わせた。

 あれはたまたまカウスとデネボラを見て心変わりをして引いてくれたからなんとかなった、幸運の賜物であり、回復能力を有して五感を操って来る人物にまともに太刀打ちできるとは、ふたりの頭では思い至れなかった。


「だから第三段階として、【黄金の夜明け団】の命を捧げさせた。これで全員の命が尽きるまでは、トートの魔力は無限大」

「……その人、無茶苦茶じゃないですか? 人の命を使ってまで、この国を転覆させようだなんて……それじゃ、まだアイオーン先輩のほうがマシです……」


 アイオーンは、自分の命を使ってまで、スピカを殺すつもりだった。彼に殺されかけた身なれど、スピカはこの人が本気でこの国を憂いての行動だと思ったら、彼をただの悪人と断罪することもできなかったが。

 トートのやることなすことが滅茶苦茶過ぎて、理解が及ばないのだ。

 だがフリーダは切って捨てる。


「彼には思想なんてないわ。ただ、一度一族郎党、この国の権威を失墜させられたから、この国に君臨している王を滅ぼしたいだけ。その先の思想は少しもないもの」

「……フリーダさんは、わかってて彼に加担してたんですか?」

「あなたは思わなかったみたいだけど、私はこの国は一度滅んだほうがまだマシって思ったんですもの」


 フリーダの瞳は仄暗い。今までの苦渋を思えば、彼女がそう極論に陥っても仕方がない話だった上に、スピカ自身も一歩間違えば彼女と同じ考えに達しても仕方がなかったからだ。

 だがアレスは「はあ」と言う。


「死んだ幼馴染が言ってたんすけど。泥水って上から下に流れるんだって」

「えっ?」


 一瞬意味がわからず、スピカはアレスを見る。

 アレスは心底嫌そうな顔をした。


「上流からしてみれば、泥水を川に流しちまえばあとは湧き水で上流は綺麗になるんすけど、中流から下は、とてもじゃないけど川を使えない。下手したら泥が原因で病気になるかもしれないし、洗濯だってできなくなる。でも生きていくためには、その泥水だって使わないといけない。泥水は下へ下へ押し流される……あんたら言い出しっぺの迷惑を被るのって、五貴人とか王侯貴族とかじゃなくって、俺ら川下に住んでる平民っす」


 そこでようやくスピカはアレスの言いたいことに思い至った。

 彼が貴族も王族も嫌いなのは、結局のところは平民の言い分を一切聞かないで、勝手に話を進めて勝手にいい話にまとめようとするからである。その代わりに下町の実情を知っているようなスカトや、どうにか理解を示そうとするルヴィリエに対してはそこまで拒絶反応を示さないが、生徒会執行部や五貴人ともなったら、途端に嫌悪感剥き出しになる。

 彼の押しつけられ続けた貴族たちの自己満足や達成感こそが、彼の王侯貴族嫌いの源泉だろう。

 フリーダはそれを黙って聞いていた。


「そうね」


 彼女は本当に珍しく肯定の意を示したのだ。

 そうこう言っている間に、光が見えてきた。ゾーンを抜けるのだ。

 そこまで駆けていって、未だに嵐が吹き荒れているのが見えた。スピカは慌ててスカトやルヴィリエたちを探した。


「スカト! ルヴィリエ!?」

「スピカー……!!」


 ルヴィリエは泣きながら、手を振っていた。彼女が肩を貸しているのは、アテュである。アテュはフリーダを見つけた途端に泣き出した。


「フリーダさん! あたし……トートさんが……」


 ポロポロポロと泣いているのは、純粋な彼女がトートの悪意にさらされたからだろう。フリーダは小さく首を振った。


「あれはそういう人だから。壊す以外を期待しちゃ駄目よ」

「でもぉ……だったらあたしたち、なんのために……」

「さあね。あの人、私たちのことを駒としか思ってなかったから」


 彼女の言葉を聞きながら、スカトが走ってきた。そのままパシンとカードフォルダーを触れ合わせてくるので、アレスがそれに応える。


「ふたりとも、大丈夫だったか? その……フリーダ・フォルトゥナは……」

「あの人はもう大丈夫。敵には回らない。味方にはならないかもだけど」

「そうか……」


 スカトは少しだけほっとした顔をしているのは、能力があまりにもスピカに近い彼女と戦いたくなかったのかもしれない。

 スピカはアレスと顔を見合わせる。


「あのさ、あの人って元々アイオーン先輩が能力を封印していたんだよね? だからアルカナカードを使えなくって潜伏していた訳で。今アルカナを行使しないのは?」

「それはアル先輩が、あの人の能力を一旦封印しているかららしい」

「でも魔法が使えると……」

「そういえば、どうして潜伏時代は魔法使わなかったんだ? アルカナ使わなくっても魔法使えるんだったら、普通に人数集めて押しかければよかったんじゃねえの?」


 アレスが何気なく言ってみると、フリーダはしらけた顔で答える。


「無理よ。彼のアルカナは【宇宙】。【宇宙】でなければ、トートアルカナを配布することはできないから」

「なるほど……トートアルカナはあの人がいなかったら使えない訳ね……スピカどうする?」

「……私、今魔力ない」


 そう言うと、アレスはスピカと繋ぐ手に力を込めた。


「持ってけ」

「……うん、ありがとう」


 正直、前のときと状況が違う。

 エリクシールの力に頼れない。頼れる革命組織の面々は、よそを回っているのかいない。

【世界】の結界修復の際に力を貸したし、魔力だって枯渇しかかっている。

 でも。前のときよりも、よっぽど学園アルカナは団結している。

 共通の敵がいるという状態はあまりよくないし、共通の敵がいなくなったらまた揉めるのかもしれない。それでも。


(私は、ここで生きていたい……ここでだったら呼吸がしやすい。ここがいい)


 まだ卒業までには時間があるし、卒業した頃に学園アルカナの外がまともになっているかどうかも定かではないが。スピカはこの学園のために力を使おうとする気にはなれた。

 スピカを見つけると、トートは「おお?」と目と瞬かせた。


「会えるなんて思わなかったよ。君が、この学園に愛されし【運命の輪】か!」

「……私、あなたに会いたくはありませんでした」

「それは私が敵だからかな?」

「違います。人間、自分が一番なのなんて当たり前ですけど……度が過ぎたら嫌われます」


 スピカは右手でアレスと手を繋ぎ、左手でカードフォルダーを手にした。

 アレスはおそらくは【力】をコピーしたのだろう。スピカの手に徐々に力が集まっていく。その力に身を委ねながら、スピカは言った。


「この学園で生きる人に、そんな人いないです。平民も貴族も王族も……生徒会も、革命組織も、五貴人も……大事が他人事じゃないんです」

「君は自分勝手じゃないと?」

「そんなことないです。私は……バレたら死ぬから。死にたくない。最初の考えなんてそんなもんです。でも私、あなたみたいにはなりたくありません」


 もしもスピカがアレスと取引せず、【運命の輪】だと教えることなく、ひとりでいたら。果たしてこの学園の中で耐えられたんだろうか。

 もしもスピカがアレスと行動せず、革命組織の面々と出会うことがなかったら、彼女は友達を失っていたんじゃないだろうか。

 アレスは幼馴染が死んだ。死因は教えてもらえなかった。

 スカトは家族のしがらみで貴族の座を隠していた。

 ルヴィリエは心を破壊され、ルーナとタニアにいいように使われていた。

 そしてスピカは、ただ生きているだけで、処刑対象だった。

【運命の輪】のアルカナカードに、魔力が満ちる。それをそのままスピカは指で触って行使した。


「結局、ひとりだとどうしようもないんです。あなたはひとりで強いならお好きにどうぞ。私は……ひとりで生きていけないので、こっちで生きます」


 全員のカードが元に戻される。

 トートが与えた力が失われ、元のアルカナに戻っていく。それにトートは顔を歪めた。


「君は……! なんてことを……!」


 彼がなおも魔法を行使しようと、スピカに向けて杖を振るおうとしたときだった。


「もうそろそろやめようか、トート・クロウリー」


 いつもの口調で。いつもの調子で。アイオーンは立っていた。先程まで死にかけていた人とは思えないほど、気丈な足取りで。


「【世界】……!」

「今夜は聖夜祭なんだ。この国が黄昏の日を乗り越えて、再び栄えた記念すべき日……ただでさえ聖夜祭を半分潰しちゃったんだから、そろそろこの国に残りの時間を返してあげなよ」


 そう謳うように言いながら、彼はアルカナを天に掲げた。途端に、トートはカクン、と膝を突いた。

 ……全ての大本であった、トートアルカナ【宇宙】の力を、アイオーンにより剥奪されたのである。

 我に返ったオシリスは、生徒会執行部の面々に通達する。


「【黄金の夜明け団】の面々を拘束! 速やかに門番に引き渡す!」

「はっ!!」


 バタバタと走って行き、廊下は滅茶苦茶になったものの、次から次へと人々は引っ立てられていく。それを見ながら、ルヴィリエもアテュを担いで連れて行く中、フリーダはそれについていく。


「あの、フリーダさんは……これでよかったんですか?」


 スピカは声をかけると、フリーダは振り返る。


「……どういう意味?」

「いっぱいいろいろやったけど、全員逮捕されちゃいまして……その……」

「どれだけ正しくても、納得できないことは、嫌だと言うしかないじゃない」


 フリーダは淡々と答えた。


「あなたは【運命の輪】でも、ここで生きるつもりなの?」

「あ、はい」


 スピカは力いっぱい頷いた。


「私、ここで初めて友達ができて、初めて彼氏ができたんで」

「そっ……お幸せに」


 彼女はそれだけ言うと、これ以上はもうなにも言わずに、アテュと一緒に歩いて行った。

 終わりはあまりにも呆気ないものであり、余韻もなにも残らない。その中で、スピカはアレスの手を握った。


「なんか……バタバタしてるだけで終わっちゃったね」

「まっ、いいんじゃねえの? まだ夜が残ってんだろ。あとお前、なんか俺にくれるつもりだったじゃん。いい加減にくれよ」

「あっ! うん」


 学園のボロボロ具合は、アイオーンが復活した以上は彼のゾーンにより修復されるだろう。逮捕された【黄金の夜明け団】の面子さえ外に追放すれば。

 やっと聖夜祭ができるのだ。

****


【宇宙】


・ゾーンの無効化

・アルカナカードを一枚指定し、力の剥奪譲渡

・小アルカナからの魔力の搾取


*トートアルカナの理念は「力を持つ者にはより強い力を、力なき者は力の礎に」なため、小アルカナになった人々を魔力供給源に強制的に変えるため、危険視されて、ユダの先祖とアルの先祖により、アルカナカード制作者の座から外された。


*クロウリー家はそのせいで五貴人に政治系統が移行したあとも、代々転覆をはかっては打ち負けていた。アルカナカードを停止はできても、彼らの知識源を止めることはできなかった。


*トートに必要だったのは、誰かのために自分自身を削ること。彼は人から削ることはあっても、自分自身を削ることは一切なかった。

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