時よ止まれ お前は美しい
スピカたちがルーナのゾーンに入っているフリーダの説得に向かっている中。
残っている面々はトートと対決していた。
【黄金の夜明け団】の面子は軒並み倒したというのに、その首領のトートは、なにも変わることがなかった。ただ平然と真っ白な燕尾服のまま、杖から射出される魔法で全てのアルカナを捌ききっていた。
既に戦いは泥仕合。どちらの魔力が尽きるかに移行しつつあった。
本来ならば頼れるはずのエリクシールはもうなく、魔力が切れかかった面々は後方に下げられて、どうにか戦っていたが。それもじりじりと削られていっている。
「どうなっている? あれの魔力は底なしなのか?」
オシリスは焦りそうになるのを堪えながら、杖から【皇帝】のアルカナを行使していたが、それもまた、トートに捌かれてしまっていた。
「そんな訳ありませんよ。人は魔力なしで魔法を使えません。たしかに僕と同じで魔法を自力で使えるのはたしかですが、いつまでも持つ訳ではありません」
淡々とユダが答える。それにアルはイラリとした顔を向けた。
「なら、あれはどうしていつまでも戦っていられるかや?」
「……魔法は、大気に溶け込む力を、言葉に封じることで行使します。アルカナカードが製作され、配布されたのは、言葉を使う量を最小限に留めるためです。逆に言ってしまえば、アルカナカードの補助なしで魔法を行使する場合、魔力を余計に食います」
「まだるっこしいことはやめい。結論だけ話せ」
「……トートアルカナは元々は小アルカナを魔法の動力源に使うよう設計されています。彼の魔法も大方、【黄金の夜明け団】のメンバーの魔力が吸収され続けています。既に国内の小アルカナは結界の中で保護され、学園アルカナにいるわずかな小アルカナも寮の結界に保護されている以上、そう考えるのが妥当でしょう」
「味方が燃料源という訳か……それならば、最初からひとりでできたのでは?」
アルの吐き出した毒に、トートは「それは違うよ」と優しげに否定した。
「ひとりぼっちは寂しいじゃないか」
「なら、なぜ身内を燃料に使う?」
「彼らだって戦えるなら戦いたかったさ。でもこの戦場で戦い抜くのは困難だった……だからこそ、黄金の夜明けに連れて行くために、彼らの力が必要だったのさ。皆、必要な犠牲を理解しているよ」
「馬鹿なことを言うでない」
普段、カウスの傍にいるときのアルは気怠げだし、かつての王の一族を玉座から突き落とした五貴人たちについては辛口だが、ここまできっぱりとした拒絶の言葉を吐き出すことは滅多になかった。
アルはギロリとトートを睨む。
「我らは、この世界の限りなく乏しい魔法を皆で分け与えながらかろうじて今を繋いできた……どうしてそれを燃料扱いできる? どうしてそれを簡単に切り捨てられる? 我は五貴人も好かんが、そちのような輩はもっと好かん」
【死神】として、この世界が黄昏の時から再興するまでを守ってきた古代の王の血族として、その言葉を吐き出したのだ。
それに対して、トートは「ククククク……」と笑い声を上げる。
「おめでたいね、君は。この世界を守りたい? この世界を守るために、残すために我々がなにもしてないとでも?」
「ならば答えよ、トートアルカナの首魁。そちはどうして黄金の夜明けに辿り着きたいのかを」
「……なにも」
トートは漠然とした声を上げた。
「我らはただ、魔法学者として名を残せれば、なんでもよかった……だがこの世界はアルカナにより管理されていて、魔法学者が名を残す余地はどこにもなかった。ならこのアルカナを引き剥がせば、我らは名を残せるではないか……!」
その言葉に、その場は凍り付いていた。
ルヴィリエが技をかけて捕獲したアテュは、涙を流していた。
「どうして……この世界は間違っているから、変えようと言ってくれたの、トートさんじゃないですかぁ……!」
「間違ってるじゃないか、我々がこの世界に存在証明できないだけで」
「だって……! フリーダさんやアートさんはパトロンだったじゃないですかぁ……あたしやホルスさんはこの世界じゃちゃんと生きてけないじゃないですかぁ……ラストさんは、なんか知りませんけど……どうして……どうして……」
アテュがルヴィリエに捕まったまましくしく泣くのを、彼女は困った顔でスカトに助けを求めた。
先程から話についていけてないスカトは、難しい顔だ。
「周りが好き勝手言うのなんて、よくあることじゃないか。ただ、耳障りのいい言葉のほうが気持ちいいから、誰だってそっちばかり聞いて、『やめろ』って停止の言葉を無視するんだから」
スカトの言葉に、ルヴィリエはアテュを捕まえたまま、ボソリとつぶやく。
「……私、この人のここにいちゃ駄目って思い詰める気持ちも、わからない訳じゃないんだよ。だってさ、スピカだってそれでずっと悩んでたじゃない。言いたくっても言えないことってあるんだしさ」
五貴人たちの話は大き過ぎて飲み込めない。
トートの話は身勝手過ぎてついていけない。
だが、この世界は間違っていると、奪われ続けたアテュの嘆きだけは、どうにか理解できそうだった。彼女の奪われたものを返してあげる術はどこにもなくっても。
「……私だって、時間を奪われて、友達と殺し合いみたいに発展しちゃったけどさ……それでも、死にたくなるまで生きるしかないんじゃないかなあ」
泣いているアテュが聞いてくれるかどうかはわからずとも、ルヴィリエは囁く。アテュは「いつだって、自分は嫌いなのに……」と泣きながら言うのに、ルヴィリエは「うん」と答える。
「死にたいのに生きてたらいいことあるなんて、無責任には言えないよ。でもさあ……今日のご飯がおいしかったら、もうちょっとだけ食べてみたい、生きてみたいって思えない?」
もうアテュはなにも答えなかったが、それで充分だった。
ルーナは「もう」と声を上げる。
「説得できたみたい。帰ってくるけど……どうするの?」
スピカたちがフリーダの説得に成功したらしいと聞き、ルヴィリエとスカトは顔を見合わせた。
ルーナの言葉に、ソールはタニアを見つめる。タニアは「はあ……」と声を上げた。
「泥仕合が過ぎますもの。それにあまりに不愉快ですわ、トート・クロウリー。全員揃ったら、倒してしまいましょう」




