されど楽園への道は遠く
雪が降りはじめている。モミの木は雪を被り、飾り付けた星を乗せてきらめている。飾り付けた星の中のろうそくに火を点し、その光が学園アルカナを照らしていた。
聖夜祭は和やかだ。【黄金の夜明け団】が全員退去したおかげでやっと町にも灯りが入り、あちこちでビールを飲んで乾杯している。
肉の匂い。フライドポテトの匂い。あと少しのお酒の匂い。
皆が思い思い楽しんでいるのを見ながら、やっとスピカは寮に戻ると、食堂の台所を借りて「よしやるぞー」と意気込んでいた。彼女がボウルの中にパンパンに膨れ上がった生地を、型に入れてオーブンに入れている。
「いつの間につくってたんだよ……」
「昨日のうちに生地の仕込みは終わってたんだ。でも今日いつ焼けるかわかんなかったから、終わってから焼こうと思って寮母さんに預かってもらってたんだよ」
「ふーん。これ、俺の贈り物?」
「……まあ、そうだよね」
スカトとルヴィリエは庶民の聖夜祭は初めてらしく、ふたりともそわそわしながら町に行きたがっていたので、アレスが「行けばいいじゃん。俺らはちょっとふたりでいるから」と言ったので、ふたりともパァーッと顔を輝かせて出かけていった。
スカトがルヴィリエの手を繋いでいたのだが、ふたりとも面白いくらいになにもないので、ここから先、なにかあるかとすればスカトの頑張り次第だろう。
元グレていた少年が堅物少女を落とせるかどうかは、さすがに友達であるスピカもアレスも相談されない限りは関与するつもりはない。
「普段の聖夜祭は忙しかったんだって?」
「そう。ずっと教会にやってくる子たちにケープクーヘンあげたり、お祈りに来た人たちにお茶出したりしてたから、夜まで休む暇がなかったんだあ。だから、たったひとりのためにお菓子つくったのも、こんなにのんびりした聖夜祭も初めてなんだよねえ」
「へえ……」
夕方まで【黄金の夜明け団】を巡って揉めていたとは思えない発言だが、そこを茶化すほどアレスも野暮ではない。
だんだんオーブンから、甘くて苦い匂いが漂ってきた。ラム酒に漬け込んだドライフルーツに、生地の匂い。
焼き上がったそれに、スピカは一生懸命粉砂糖をまぶして固め、ようやく「できた!」と声を上げた。
「本当はもうちょっと日持ちさせるために、粉砂糖じゃなくってマジパン塗るんだけど、さすがに時間がなくってさあ」
「へえ……すげえな、シュトーレン」
「えへへ……はい。プレゼントね」
「ありがとな。じゃあ俺からだけど、いい加減ヤドリギ見に行かねえ?」
そう言われて、スピカはドキリとしながらも、アレスと一緒に立ち上がる。
ずっと手を繋いでいたふたりは、やはり手を繋ぎながら外を眺めていた。
「あれだけ派手に暴れたのに、まあ……本当にいつも通りだよなあ」
「そうだよねえ……」
寒さでブルブル震えるスピカに、アレスは黙って自身の持ってきた贈り物の包装を解くと、それでスピカの首をぐるぐるに巻く。出されたものを見て、スピカは目をパチリとさせた。
「マフラー……どうしたの、これ……」
「カウスさんに頼んでバイト先紹介してもらった……はあ、しんどかった。お前らに見つかりたくねえから、本当に裏仕事だったしさあ……」
「革命組織経由の裏仕事ってなに!? 危ないことしてない!?」
「お前ルヴィリエじゃねえだろ。その心配性やめろ」
「彼氏の心配しちゃ駄目!?」
スピカの悲鳴に、アレスは少しだけ鼻の先を赤くする。それにスピカも釣られて赤くなる。
「……お前、そういうの反則」
「ごめん……」
ふたりのいつものやり取りの中、ちらりと町を眺めた。
寄り添い合っているエルメスとレダの姿を見かけて、少しだけ驚いた。
「レダ先輩の退学処分、撤回されたんだ……」
「どうなんだろな、こりゃ。まあ、小アルカナを燃料にするトートアルカナなんか出回ったら、レダ先輩死んじゃうもんな。そりゃエルメス先輩だって必死になる訳だ」
「うん……」
学園内の礼拝堂では、結婚式が開かれていた。
行方不明になっていたソールとルーナが式を挙げていた。ふたりとも正装をしていたと思ったら、いつの間にやら式を挙げてらしい。
ソールは晴れやかな笑みを浮かべていた。意外なことに、ルーナは相変わらずの無表情ながら、口元だけはまんざらでもなさそうに緩んでいる。
「……結婚したんだ」
「ソール先輩ん家のことは大変みたいだけど、跡継ぎで稀少価値高過ぎるアルカナがなくなるほうが、ルーナ先輩嫁に来るより一大事だったってことじゃねえの?」
さすがに公爵家の話は、平民の彼らではさっぱりわからないものだから、ソールがなにかしら訴えたんだろうとだけ思うことにした。実際にあれだけ目が死に、一度目を離したらもう顔を忘れてしまうくらいに存在感が希薄だったはずの彼女が華やいで見えるのだから、これでよかったのだろうと考えるのが筋だ。
そう思いながらふたりで歩いている。
スカトとルヴィリエは、笑いながらふたりでホットココアを飲んでいるようだった。スピカが声をかけようかと躊躇っていたら、アレスに「やめとけ、あいつらふたりにさせてやれ」と言われて、そのまま黙った。
歩いて行ったら、やっと大きなモミの木の下。ヤドリギも飾られた下にやってきた。でも伝説のせいなのか、人が多過ぎて近付けやしない。
「皆、そういうの好きなんだねえ……」
「そうだなあ……どうする? もうちょっと歩く?」
「ううん。もうちょっとモミの木見てたい」
「そっ」
ふたりでキラキラと輝くモミの木を眺めて、寒いからと引っ付いていた。コートからでは、あまり温かくはない。
「なんか、あんなにバタバタしたのに、こんな風になるなんて思ってもみなかった」
「そうだなあ……」
「また、【黄金の夜明け団】みたいなの来ると思う?」
「さあなあ」
アレスはのんびりと言った。今はいつもほど刺々しい気分ではないらしい。
「まっ、俺らはいつだって傍観者じゃいられねえんじゃねえの? いつだって当事者だ」
「流れ弾のようにあれこれやってくるけどねえ」
「そりゃな。法律変えなかったら、どっちみちお前、卒業と同時に命狙われるじゃん」
「それはやだなあ。本当にアイオーン先輩に頑張ってもらわないと。私、死にたくないもん」
「そうそう……まっ、聖夜祭くらいは許してもらおうや。脅えたり怖がったりするのはさあ」
「そうだねえ……」
最終的に、スピカがグイッとアレスの胸ぐらを掴むと、そのまま唇を奪った。アレスはされたのが嫌だったのか、すぐにやり返してきたが。
そのあと、ふたりで額をくっつけた。
「まっ、来年もよろしく」
「うん」
スピカはアレスに頷いた。
世界は残酷だ。
力がなかったら搾取される。力があったら命を狙われる。
学園の中の階級制度。力のあるものによる抑圧。反逆。この学園ではいつだって権力闘争が渦を巻いている。
この世界は相変わらず歪なままで、それを正そうと抗争と制圧が繰り返されている。この学園内で起こったことは、外でだって起こりえるのだから。
ただ、学園アルカナは治外法権なのだ。ここでだったら、なにが起こったとしても、大人の介入を防げる。大人の理で裁くことを防げる。ここでだったら、いくらでも失敗してもかまわない。未来を阻害することはない。
でも、いつかは彼らは卒業し、暗黒世界へと旅立っていく。
この世界はちっとも楽園ではない。
ただ、それを知っていること。知らないことでは、知っていることのほうが強い。
知識と言う名の武器を取れ。生き残れ。それだけが、暗黒世界を変える唯一の方法なのだから。
<了>




