聖夜の狂騒曲・6
ヨハネの幼少期には、既に親はいなかった。
教会前に捨てられていたので、そのまま拾ってアルカナを調べたら、それが【審判】だったものだから、拾った神官が腰を抜かしながらも、大切に育て上げたのである。
能力が能力だから、本来ならばアルカナ狩り……それこそ、学園アルカナ内で行われていた遊びとは比べものにならないほどの陰惨なそれ。小アルカナでどうあがいても階級を越えることのできない者たちにとっては、大アルカナを誘拐してきて養子縁組にした暁に、爵位を得るか、名のある貴族に売り飛ばして一生使えぬほどの富を得るしか、成り上がる術がなかったのである……に合うのだが。
【審判】の大アルカナを引き当てたものは、なにがなんでも神殿に迎えられ、神官としての道を進まされる。皆が皆、聖書の教えを受けても、教会や神殿で一生を終える生活というものが嫌だったがため、旨味がないのである。
神殿が金や権力に塗れていたのならばいざ知らず、基本的に善人しかいないのだ。【運命の輪】を得て、やむなく出家するようなものもいるが、それはあくまで少数派だ。そのほとんどは、自主的にここにいる。
そんな訳で、ヨハネは幼少期から当然のように教会で育ち、神官学校へと進んでいったのである。
彼が【世界】……アイオーンと出会ったのは、神殿で賛美歌を歌うため訪れたときであった。
そこにさらさらとした色素の薄い金色の髪、ぱっちりとした青い目、聖書に描かれている天使そのものを形作ったような少年が座っていたのである。
ヨハネはひと目で気に入った。
「あなた、どうしてこんなばしょにいるんですか? いっしょに歌いませんか?」
ヨハネが誘うと、彼は嬉しそうに彼の手を取って歌いに行った。
周りは慌てた。王族の……それもあろうことか王太子を舞台に上げ、一緒に歌いはじめたのだから。
おまけにアイオーンはその頃から、一生懸命声を張り上げたら、それだけで息が足りなくなってくたびれてしまう、無敵な体力を誇る年頃の少年とは思えないほどに虚弱体質であった。
皆で賛美歌を歌い終わったあと、アイオーンはコホンコホンと咳をして、そのまま座り込んでしまった。
それに神官たちがさあっと顔を青褪めさせた。
王太子になにかあったら、いったい何人の首が飛ぶかわかったもんじゃないと。
それを見かねたヨハネは、先程まで一緒に歌っていた賛美歌を唱えるように、自身のカードフォルダーを取り出した。
「元気を出してください。またいっしょに歌いましょう」
本来。少年と呼ばれる年頃。それも神官学校の初等部に入学し立ての少年が、ゾーンを発動できる訳がない。
しかしヨハネにはそれができた。
途端に辺りはゾーンに侵食され、真っ白な柱に光が降り注ぐ空間へと切り替わってしまった。【審判】の光は癒やしの光。体力がなくなってくたびれてしまったアイオーンも、少しずつ体力を取り戻していった。
「すごいね、君。名前は?」
アイオーンがそう屈託ない態度でヨハネに尋ねるのに、周りはどよめいた。
たしかに五貴人は、この国においても揺るぎない上層階級だ。将来は神官長になるであろう少年と、未来の王だ。
ただ、神職と王族には、深くて長い溝がある……そう思っていたのに。
ヨハネはアイオーンの言葉に、にっこりと笑った……アイオーンもまた天使のような造形美であるが、ヨハネもまた同じくらいに天使のような美少年であった。
「ヨハネ、です」
「そっか」
本来ならば王族と神職が仲良くなれる訳がなく、儀式の際にしか顔を合わせないはずなのに、幼少期のふたりがどこにでも一緒に行った。
やがて、口うるさい幼馴染……五貴人にこそカウントされないものの、彼は宰相の家系の少年であり、庶民と貴族の架け橋になろうと日々努力している少年であった……のオシリスも加えて、三人で遊ぶようになったが。
ヨハネはアイオーンがたびたび国の暗部に触れているのを見ていた。
「もうすぐ、魔力が枯渇しちゃうんだってさ」
「……私たち、ずっと魔法使ってますよ?」
「そう……どういう理屈かは知らない。でも足りないんだってさ。大昔には魔法でなんでもかんでもできるような魔科学が栄えていたり、車だって魔法で動いていたみたいだけれど、もう今はこの世界にそんな魔力は残ってないから、少ないものを皆で分け合っているんだよ」
アイオーンは、虚弱な体に、どうにかこの国の暗部を抱える器になるために、必死に努力しているようだった。
努力だけでは、才能は芽吹かない。
でも。努力しなければ、才能が開花することもない。
この国の歪な階級制度も、元を正せば魔力の消費を抑えるためのものだったのに、だんだん階級維持のために、大アルカナを買いに走ったり、誘拐事件が多発したりするようになってしまった。
先代たちが皆必死に考えたように、アイオーンもまた、この歪な制度をどうにか変えようとあがいていた。
それを横で見ていたヨハネは、ふっと笑った。
「わかりました。あなたの悩みは、私が全部受け止めましょう」
「……受け止めただけじゃ、なにも解決しないよ?」
「ええ、ええ。ですが。人生は舞台。舞台の上に上がろうとする主人公も、誰かに懺悔する暇がなければ、照明を浴びることなく死んでしまいます」
「君のたとえは、独特だね?」
神殿でたびたび行われる聖書の中の説話の再現の舞台。
神官長として勉強していく内に、ヨハネはそれに魅入られた。
舞台の上の悲劇も、観客にとっては喜劇。
舞台の上の喜劇も、観客によっては悲劇になってしまう。
ヨハネはアイオーンを喜劇の主人公にしたかった。笑いものにされるのではなく、悲しみの涙を流させるのではなく、理不尽な王として糾弾されるのではなく、感動の涙を流させたかった。
「私は、あなたを愛していますから」
博愛主義のヨハネは、こうして周りには全く理解されない生き物として扱われていたものの、彼の実力自体は本物だった。
聖書の暗記も、アルカナの魔法の素養も、なによりも彼の芝居がかった言動は不思議と求心力を誘い、荒れていた信者も彼が登場すれば大人しくなる。
彼が若い身空で神官長になるのは当然であった。
だからこそ。
……自分と同じく神官長の座を争ったホルスの堕落を残念に思った。
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「あなたの行いには、本当に愛はありますか?」
「……いつも綺麗事ばかり、おべんちゃらばかり……!」
「ホルス。あなた感情的になり過ぎです。生徒会執行部の皆さんだけのときにはきちんと演説できたではありませんか。あなたは自分の伝えたいことばかり言ってしまい、信者の皆さんに寄り添えない。それでは、私たちなんのために神官長の座を志したかわからないでしょう?」
「うるさい……!!」
先程まで、たしかに生徒会執行部の面々を勧誘しようとしていたホルスには余裕があった。しかしその仮面は、エルメスとレダの乱入、そしてヨハネの登場により、剥ぎ取られてしまった。
今そこにいるのは、憐れな青年であった。
「持つべき者が力を持ってなにがいけない!? 世界が滅びるというのならば、世界を統べる者たちから優先的に生かすべきじゃないか! 弱き者を助けてなんとなる? そんなもの、ただのお荷物じゃないか!」
「……相当【黄金の夜明け団】の教義は歪んでいるようですね。ええ。仮にトートアルカナで小アルカナや、他のアルカナから魔力を搾取したとします。そしてその方々が死に絶えたらどうするというのですか?」
「死にはしない。徹底的に管理するのだから……!」
「お聞きになりましたか、【世界】? これが、【黄金の夜明け団】の理念だそうです」
ヨハネがそう言って空を仰いだ。
そこでホルスは口を塞いだ。
学園アルカナの生徒会執行部であったら、当然ながら理解している。学園アルカナは【世界】の……アイオーンのゾーンの中だということを。
ホルスの自供もまた、全てアイオーンには筒抜けだということを。
「私を嵌めたな、ヨハネ!?」
「嵌めてはいません。あなたが勝手に自白しただけです」
「うるさい……!」
ホルスは自棄を起こして、再び自身のカードフォルダーに手をかけ、力を行使しようとしたが。
ヨハネは心底残念そうな顔で、彼を見ていた。
「あなた、本当に気付きませんでしたか? 私が登場してから、なにも?」
「なにが……」
「生徒会執行部の皆さんは、もうとっくの昔に魔力は回復しています」
「……っ!?」
そこでホルスはようやく気付いた。
ヨハネは常に芝居がかった口調と手振り身振りで混乱させる。それが原因で彼の言葉が芝居かどうかがわからなくなると。
ここは、【世界】のゾーンの中ではない。【審判】のゾーンの中なのだと。
【審判】のアルカナは、皆を癒やす力と一緒に、五感を操作すると。
ホルスはヨハネの登場で我を忘れていたために、彼を攻撃しなかった。早めに自身のゾーンを展開して、ヨハネから魔力を奪ってしまえば、生徒会執行部も、乱入者たちも全滅していたというのに。
ヨハネはホルスが混乱している内に、ゾーンを展開して視覚を操作して幻覚を見せ、ホルスが勝手に混乱している内に、生徒会執行部の面々の魔力を回復していたのだと。
彼の魔力量の多さと、神童と謳われた才能を知っているのだから、さっさと彼を潰さなければならなかったのに。
既に、イブが迫っていた。
「ヨハネ先輩、ご助力感謝します!!」
彼女は巻物を素早く広げ、そのままホルスを締め上げた。彼からは苦痛の悲鳴が漏れる。
それを無視して、イブは「拘束しました! すぐに彼からカードフォルダーを取り上げて!」と皆に呼びかけ、魔力の回復した皆で、一斉に捕縛にかかった。
ホルスが捕縛される様を、ヨハネは悲しげに見つめていた。
それにレダにしなだれかかられたまま、エルメスは眺めた。
「君もそういう顔するんだね?」
「私は、出会った方全てを愛していますから。嫉妬を向けてくれても、無関心よりは嬉しいですから。ですから、残念だったんです」
「……そう」
それ以上エルメスはなにも言わなかった。
一方、スカトは「ヨハネ先輩!」と慌てて寄ってきた。
「僕たち、これから遊撃として、【黄金の夜明け団】の拘束に向かいますが!」
そう言いながら、彼は自身のアルカナカードに溜め込んだ情報を、ヨハネのアルカナカードに流し込む。
それをヨハネはなんとも言えない顔で眺めていた。
「……聖夜祭は楽しくなければいけませんね。わかりました。行ってらっしゃい」
「はい! 行こう、ルヴィリエ!」
「ええ!」
スカトとルヴィリエは走りはじめた。
既にルヴィリエの預言で、次の襲撃ポイントはわかっている。
しかし向こうにも預言能力者がいるのだから、それで正しいかもわからない。
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【永劫】
・ゾーンの展開
・ゾーンに入った人間の魔力の搾取
・ゾーンに入った味方アルカナを一枚指定し、魔力の供給
*【審判】の上位互換だったが、【審判】の五感操作とホルス本人の自爆により、せっかくの魔力搾取を上手く活用できなかった(【恋人】たちふたりの帰還とヨハネの乱入さえなければ、寮前に布陣されていた部隊は全滅していてもおかしくなかった)。




