聖夜の狂騒曲・7
あちこちで騒音が響いている。
ゾーンを割る音、風の嘶き、土槍、戦車の走る音。
「皆、既に戦ってるんだ」
制服の上にコートを羽織り、鼻の頭を赤くしたスピカは、アレスと一緒に走っていた。
アレスがコピーしてスピカに貸し与えた能力は、【星】の予知だが、三分先のことまでしか予知ができないため、それだけではなかなか【黄金の夜明け団】の面子を見つけることができずにいた。
スピカの手を引いて先導しているアレスが頷いた。
「あっちは寮だな……あそこはスカトとルヴィリエがいるんだから、なんとかなるだろ」
「うん……ふたりとも無事だといいんだけど」
「だな。それにしても、まだ生徒会執務室のほうは閉鎖されているし、そちら側にはまだ【黄金の夜明け団】が来てないみたいだな」
「うん」
ふたりがずっと校内を走り回っているのは、カウスに言われた通り、フリーダ・フォルトゥナを探すためである。
しかし、彼女の詳細も、どうして彼女を探す担当が自分たちなのかも、なにも聞かされていない。
「それにしても……カウス先輩もうちょっと親切なはずだけど、どうしてその人のアルカナまで教えてくんなかったのかねえ」
「単純に情報が足りなくって確証持てなかったからじゃないの? ほら、カウス先輩はちょっとでも確定情報がないことを口にしないし」
「そうだとしてもさ、俺たちフリーダ・フォルトゥナが【黄金の夜明け団】の最高パトロンだってこと以外なんも知らねえんだぞ?」
それはそうである。
そもそもの問題、先のアルカナ集めでも、世に不満のない貴族階級は、アルカナ集めに一切参加せず、買い物と趣味に興じていた。一般階級は少しでも人生を楽に歩むために、暴力で何度も何度も襲いかかってきたので、そのたびに必死に返り討ちにしていたというのに。
富裕層で、貴族階級で、大アルカナを持っている人間であったら、世に不満を持たないから、今の世の中を転覆させるような思想を持つ【黄金の夜明け団】に参加しないのである。
「……今の世に不満があるから、わざわざ最高パトロンになってるってことだよね?」
「だな。でも世界的女優のなにがどう不満なのか、さっぱりわかんねえ」
平民階級のふたりからしてみれば、革命組織に押される形で参加した、先日のひと騒動のおかげでだいぶ息がしやすくなった。
逆に言えば、不満がないはずの人々が抱える不満について、理解が及ばないのである。
ふたりが不思議に思いながら走っているときだった。
「ああっ! いたぁぁぁぁぁぁ!!」
いきなり声をかけられたと思ったら、突然なにかた飛んできた。
アレスが「危なっ!」と言って慌ててスピカを突き飛ばし、彼女はベチョンと廊下に転がった。ふたりが手を繋いでいた箇所には、剣が突き刺さっている。
「あっぶなぁ……なんだよ、いったい!?」
「【運命の輪】! ですよね、たしか! あなたを【黄金の夜明け団】に歓迎します!」
そう言って声をかけてきたのは、真っ白な乗馬服に団子結びの……先日学園に潜入して預言をして回っていた【調整】の少女であった。
スピカは「えっ……」と声を上げるより先にアレスが目をひん剥く。
「はあ? 人の彼女になに好き勝手言ってくれちゃってるの? 嫌ですけど。訳わからんところに彼女が連行されるのは」
「正直、あなたのような低レベルなアルカナには用はないんですよぉ。だってあなたみたいな人って多数派じゃないですかあ」
「はあ? 大アルカナじゃ多数派でも、そんなに大勢【愚者】だっていねえわ」
アレスと【調整】の舌戦を見つつ、スピカはおろおろとする。
どうにも【調整】の力は、親友のルヴィリエと……【正義】と近いような気がするから、まさかなにかを待っているんじゃ、というのがある。
そんな中、スピカは自身のカードフォルダーに貸し与えられた能力の予知で、なにかが頭を走って行ったのに気付いた。
ピンクブロンドの髪を靡かせ、真っ白で露出度の高いイブニングドレスを、真冬の寒さをものともせずに着こなしている女性。
透明感がある儚げな美しさの彼女の歌声は、周りの動きを止め、そして……。
──【世界】のゾーンが崩れる。
「……アレスごめん。いた。フリーダ・フォルトゥナもうすぐこっちに来る」
「はあ!?」
「彼女足止め要員だよ、どうしよう」
預言と違い、予知はほぼ間違いなく訪れる運命。
この人の良さそうな顔をしている【調整】にまんまとしてやられた訳だ。
スピカが軽く唇を噛んでいる中、【調整】は「ふっふっふ……」と不敵に笑った。
「大アルカナは傲慢なものですね。自分のことを万能だと思って人を侮って」
「はあ!? そういうあんたは……!」
「アレス、やめよう。なんとかしよう!?」
ゾーンを溶かす。
意味がわからないし不吉な予感しかしないが。これをどうやって止めればいいのか。
(アイオーン先輩だって、たったひとりでそう何度も何度もゾーンの修復なんてできないだろうし……でも……)
方法はある。しかし、魔力が足りない。
(私ひとりじゃ、【世界】のゾーンの補助なんて……)
一応、タニアの扱き同然の特訓で、【世界】のゾーンの習得は学んだが。はっきり言って話にならなかった。
ゾーンがふたり入ればいいくらいの狭さしかつくれず、維持もできない。当然ながら、【世界】のように、中に入っている人間全ての情報の選別なんてできず、キャパシティーオーバーしたスピカとアレスは寝込んだのだが。アイオーンの手伝いくらいならばなんとかなるのでは、と考えた。
(だとしたら、アイオーン先輩の居場所を教える訳にはいかないし……)
【調整】を出し抜いて行く方法はあるが、やはりそれも魔力を食うのだ。
スピカはどうにかアレスに作戦を伝えようと、彼が【調整】に憤って握りしめている拳を、無理矢理広げて恋人繋ぎにした。
それにアレスはようやく怒りでひん曲げた顔を真顔に戻し、スピカに振り返った。スピカは必死に繋いだアレスの手に力を込める。
「なにがいい?」
「車が欲しい」
「リョーカイ」
日頃から喧嘩っぱやいアレスに、力もないのに突撃する癖がついてしまっているスピカ。
ふたりは互いの安全のために話し合い、ただの恋人同士のスキンシップの中で、作戦を相手に気取られる直前に伝える方法を身につけたのだ。
【調整】は案の定、いきなりイチャイチャしはじめたふたりに、少しばかり困った顔をしたが。
歌声が響き渡ったとき、一瞬この場にいる全員が歌声のほうに気取られた。
舞台全域に伝わるような、瑞々しくも美しい歌声。
その瞬間。空が蕩けた。
いや、違う。【世界】の……アイオーンのゾーンが溶けたのだ。そのぽっかりと溶けた穴から、白いタキシードの男が現れた。
「おやおやおやおや。あなたですか、【運命の輪】は」
真っ白な髪。真っ白なタキシード。ただ瞳だけは爛々と金色に輝いている。どこか白鳥を思わせる人だった。
そして、その彼がエスコートしている人。
真っ白なイブニングドレスに肌を大きく露出させているにもかかわらず、気品すら漂わせている。ストロベリーブロンドの髪をアップにしているのは、教会に慰安に訪れたのを遠目で見たことがある、フリーダ・フォルトゥナその人であった。
その場に大輪の花が咲いたように感じたが、同時になぜか怖気が走る。
……早くアイオーンのもとに行かないといけない。
スピカは再度アレスに繋いだ手を握ると、アレスはカードフォルダーをスピカのものと触れ合わせる。
そのアルカナの力が宿ったのを見計らって、スピカはすぐに力を行使した。
ふたり分しか入れないゾーンだった。スピカはすぐにアレスを連れてそこに引っ込んだ。
スピカもアレスも、手を繋いで必死に走った。
彼女がイメージしたゾーンは【戦車】の、もっとも汎用性の高いゾーン。ゾーンを溶かせる能力者がいる以上、このゾーンも長くは持たないと、さっさと解く。
ふたりが急いでゾーンを使って繋いだのは、生徒会執行部が布陣しているオシリスたちがいる廊下だった。
「貴様ら……ゾーンを使ったということは」
「……【黄金の夜明け団】の幹部らしい人が来ました。フリーダ・フォルトゥナを連れて! アイオーン先輩のゾーンが、溶かされました!」
それにオシリスはあからさまに顔をしかめた。
「敵は?」
「【調整】の人、ゾーンを溶かしたふたり組。フリーダ・フォルトゥナと男の人、どちらがゾーンを溶かしたのかはわかりません」
「わかった。場所は?」
「校舎の一階廊下」
「わかった……貴様らは、フリーダ・フォルトゥナの捕獲を命じられていたはずだが」
「……現在、エリクシールの供給がないので、アイオーン先輩の手伝いに来ました」
それにオシリスは押し黙る。
学園を守るためにも、アイオーンのゾーンは維持しなければならないが、何度か話題に出ていたゾーンを溶かすアルカナ使いが現れた以上、ゾーンを戻すためにも【世界】を起動させなければならない。
現在、抗争中のせいか、ヨハネは戻ってこられず、アセルスは負傷して動けない。
「……わかった、貴様らにアイオーンは任せる。あれのこと、よろしく頼む」
「はいっ!!」
ふたりはこうして、急いで生徒会執務室へと入っていった。
「皮肉なもんだよね」
「なにが?」
ふたりは急いで走りながら、真っ暗な階段を突っ切っていく。
「最初に来たときは、この階段を通ってルヴィリエを助けに行ったのに。アイオーン先輩、私のこと殺す気だったのにね」
「今は助けに行ってるってか?」
「……そっ。なんかそういうのって、いいなと思ったんだよ」
ただなにも知らなかったら、【運命の輪】はこの国の歪な階級制度でさらに歪められた被害者だった。しかし、もうスピカは知ってしまっている。
人はただ加害者だけ、被害者だけが存在しているのではない。どちらかが表立っているだけで、どちらにだってなりうるのだと。
現在アイオーンが命を削ってゾーンを維持しているのも、元を正せばスピカが自身のアルカナを発動させたのが発端だった。
「ただ、被害者のままでいたくないじゃない」
誰だって本当は被害者のままのほうが気持ちいい。自分が可哀想だとどんな暴力も許されてしまうから。
加害者になった途端、その罪悪感に溺れてしまうから。
被害者のままでいたくない。でも加害者のままでもいたくない。
立場をひっくり返しながらでないと、生きてはいけない。




