第二部 沈黙する記録 46 上層部へ
問いを届けるにも、道がある。
エリゼーは報告を越えて歩こうとせず、その道がどこへ続くか確かめる。
高位聖職者カール・ライスターの件について、照会が受理されてから幾日かが過ぎた。
エリゼーは控えの束を開き、受付の印を確かめた。
印があるということは、問いが確かに届けられたということだ。
答えが戻ってくるという意味ではない。
彼女は、最初の照会を提出したときの筆圧まで思い出した。
急いで書こうとして文字が小さくなり、最後の行だけ余白が広く残っていた。
今なら、少し違う聞き方ができる気がした。
* * *
朝の受付には、報告の手順に詳しい年配の職員がいた。
「前の照会に追加したいことがあるのですが」
「別件ですか」
「いいえ。同じ出来事の、確認したい範囲を明確にしたいのです」
職員は申請書の余白を指した。
「追加するなら、先の受付番号をここに。新しい見立ては、照会の対象ではなく、質問として記してください」
「見立てと質問を分けるんですね」
「報告を受ける側は、何を確かめればよいか知らないと動けません」
職員は紙を横へ向けて見せた。
「先週も、途中で宛先を間違えて戻された書面がありましてね」
机の端には、封を切らないまま返送された封筒が積まれていた。
「書いた人は、届いたと思っていたでしょうに」
「そうでしょう。でも、ここで送り直すためには、何を求めているか分かる形にしないといけない」
「手続きが多すぎると思う人もいるでしょうね」
「いますよ。私自身、そう思う日もあります」
職員は苦笑した。
「それでも、誰の判断で誰の書面が進んだか残せば、あとで確かめられる。分からなくなった人を探るんです」
エリゼーは封筒の山を眺めた。
書く側の正しさだけで、紙は目的地へ着くわけではなかった。
「差し戻されたときは、理由が書かれますか」
「原則として。そこから先は、書いた人にもう一度考えてもらいます」
エリゼーは自分の照会が戻ってきた場合のことを、初めて具体的に考えた。
問い直すことも、仕事のうちなのだ。
「あなたの仕事なら、分かるでしょう」
エリゼーは礼を言った。
上層部へ向けて紙を送ることが、権威と争うことになるとは限らない。そこにも、仕事の手順を守る人がいる。
* * *
執務室へ戻り、エリゼーは問いを短く書いた。
最初に発現の不調を確認した人物。
確認した状況。
報告が作られた時点と、そこで言及されている出来事の時点。
どれも、分かるなら教えてほしいという形に留めた。
攻撃命令と魔法の喪失の因果については書かなかった。書けるだけの根拠がなかった。
それでも、その二つが近い時期に起こったことへの疑問は、筆を持つ手の内側に残った。
何も知らないふりをするのと、知らないことを書かないのとは違う。
エリゼーはそう言い聞かせた。
* * *
午後、ハインツが教会の門前で修理を待っていた。
市場から預かった道具の柄にひびが入り、取替え用の木を探しているという。
「今日は遅くなる?」
「少し。上へ出す書面があるの」
「僕が運ぶものはある?」
「ないわ。今日は自分の手で届けたい」
ハインツは頷いた。
「分かった。じゃあ帰りに温かいものを買っておく」
「いつもそういうところで助けてくれるのね」
「頼まれていないことは、なるべくしないようにしてるんだ」
その言葉はやさしかったが、エリゼーの胸の古い場所を少し痛ませた。
エランに対して、自分は頼まれる前に何もかも整えようとしていた。
相手の生活に入ることと、相手の選ぶ場所を奪うこととの境は、思っていたより狭い。
* * *
夕方、エリゼーは書面を窓口へ提出した。
受付には先ほどの職員とは別の女性がいて、記載事項を一行ずつ確かめた。
質問の末尾に付けた日付が、提出の日付と違っている。
「こちらは、下書きを作った日ですか」
「はい。提出日は今日です」
「では、区別しておきましょう」
エリゼーは訂正の確認を受け、控えにも同じ内容を書き入れた。
小さなことだったが、日付の取り違えについて人に問いかけている以上、自分の紙も同じように扱う必要があった。
職員は受付番号を記し、控えを返した。
「回答の期限は決まっていますか」
「内容により異なります。お答えできない部分があるかもしれません」
「分かりました。その場合も、どこまでが回答の範囲なのか残していただけますか」
「お願いとして受け付けます」
エリゼーは、その言い方を正確に覚えた。
約束されたのではない。
お願いとして受け付けられた。
* * *
帰り道、ハインツの買っておいた芋から湯気が上がった。
彼は半分に割り、熱い方を自分の手で受け持った。
「届けられた?」
「ええ。返事が来るかは分からないけど」
「届けたことは、残ったんだね」
「そう」
エリゼーは控えを衣の内側で確かめた。
紙が一枚増えたところで、神の秘密に近づいたとは言えない。
けれども、誰かに問うことを、まだ諦めずに済んだ。
彼女は芋の甘さを舌に感じながら、夜の鐘が鳴る道を歩いた。
照会は正式な経路で追加しました。
受理と回答、質問と推測を混同せず、エリゼー自身の権限も越えません。




