第一部 灰の記憶 28 失われた力
祈りの力を失ったと報じられた人物は、かつて他人を動かす大きな権威も持っていました。
その失われ方を、直接見ていない者はどう扱うべきでしょうか。
]確認の知らせが来たのは、夕暮れの少し前だった。
新しい紙には、カール・ライスターが魔法を発現させられなくなったことについて、先の報告を受けて調べた経過が記されていた。
エリゼーは最初の一行を読み、すぐには次へ進まなかった。
「確認された」という言葉がある。
だが、何を、誰が、どう確かめたのか。
文書の後半へ目を移すと、複数の関係者から同じ趣旨の知らせが寄せられたことが分かった。
少なくとも、初めの報告が一人の聞き違いにすぎないとは考えにくい。
それでも、魔法を失った原因については書かれていなかった。
* * *
かつてエリゼーが祈祷の教習を受けたとき、指導者は一つの言葉を繰り返した。
「起きたことと、起きなかったことを、取り違えないように」
あのときは、魔法が発現したかどうかの確認についての教えだった。
だが今は、もっと難しくとらえていた。
一度発現しなかっただけなら、失ったとは言い切れない。
何度も発現しないことが確かめられれば、少なくとも以前の状態が続いていないとは言える。
その先の意味は、誰が決めるのだろう。
彼女は、教習で唱えた安全の祈りを思い出した。
教習室には、力を発現できる者も、できない者も座っていた。
言葉が終わったあと、誰かは息を吐き、誰かは何も起こらない掌を見つめた。
エリゼーは、自分の隣にいた学び手のことを覚えていた。
その人は魔法を使えなかったが、祈りをやめるつもりはないと言った。
あの人なら、高位聖職者が突然力を失ったと聞いて、何と答えるだろう。
恐ろしいと言うかもしれない。
あるいは、魔法がなくなっても祈りは残る、と言うかもしれない。
どちらの答えも、その人のものだ。
自分が勝手に決めてよいことではない。
だからこそ、力を失ったという一つの事実から、その人物の信仰や心の中まで推し量ることはできなかった。
* * *
エゴ・ウォロ・ウト・エンテラフィアス・セクリターテム・フイク・コルポリ・プラエベアト。
何度正確に唱えても、彼女には魔法が起こらなかった。
自分には初めからなかった力、それが、持っていた者の元から消える。
二つは同じ不発という結果ではないはずだった。
* * *
彼女は報告を閉じ、手の甲に浮いた細い筋を眺めた。
魔法を一度も発現させられない自分を、欠けた人間だと思った日もあった。
けれども今、すでにその力を持っていた者の不発を読んでも、勝ったような気持ちにはならない。
持っている者だけが神に愛され、持たない者は愛されない。
もしそう決めれば、祈りのない時間を生きてきた自分だけでなく、あの教習室で何も起こらなかった人々をも切り捨ててしまう。
彼女はその考えを拒みたいと思った。
信じたいからこそ、信じるための説明を急ぎたくはなかった。
新しい報告の中には、魔法による攻撃の命令が出された時刻についての記述もあった。
その命令と魔法の喪失を並べれば、見る者は何かの意味を考えたくなるだろう。
命令を下したから力を失ったのか。
力を失ったから命令についての記録が変わったのか。
あるいは、二つには何の関係もないのか。
エリゼーは、どの問いにも答えを与えなかった。
紙に書かれた時間の順番さえ、まだ一つに揃わない。
その状態で神の意志を語ることは、彼女にはできなかった。
それでも、名も知らぬ誰かが命令の先で傷つくかもしれないという事実は、文書の外に残っている。
彼女は机の下で指を握った。
幼い日に敵と呼ばれた人に助けられた、その手の感覚が戻ってきた。
何かを命じる声の、その先に、傷つく人の身体がある。
そう思った。
* * *
午後、届け物をした係の一人が、書類を受け取る手をいつもより強く握りしめていた。
「ライスター様ほどの方でも、祈りが届かなくなるのですか」
問いの調子は詰問ではなかった。
係は怯えていた。
「届かなくなったと、決まったわけではありません」
エリゼーは慎重に答えた。
「報告にあるのは、以前は発現していた魔法が、確認された場面で起こらなかったということです」
「それなら、また起きるのでしょうか」
「それも、まだ分かりません」
係はしばらく黙り、小さく頭を下げて戻っていった。
彼女は胸が痛んだ。
もっと安心させる言葉をかけられたはずだ。
しかし安心のために確かめていない未来を確定して語れば、その人はそれを信じた後に、次に何を信じればよいのだろう。
廊下で、祈り手たちの話す声がした。
何を語っているのか、言葉までは聞き取れない。
聖職者の力が失われたという知らせは、すでに教会の内部へ広がっているのかもしれなかった。
誰かが恐れることもあるだろう。
誰かが胸の内で安堵することもあるだろう。
どちらも、報告書には書かれていない。
エリゼーは、ジャック・ランスロの名を思い浮かべた。
祈りのことを尋ねるなら、話を聞ける人物の一人だ。
だが、いま尋ねるべきなのは、信仰の解釈より先に、何が確認されたかということだった。
仕事と疑問の境を見失いたくなかった。
* * *
夜になって、彼女は受領した三通の文書を順に置いた。
最初の報告。
次の報告。
確認を伝える新しい書類。
紙の重みは、どれもほとんど変わらない。
しかし、三通目が来たことで、一通目を読んだときと同じ場所には戻れなくなった。
何もなかったことにはできない。
それは、力を失った人物についてだけではなく、自分がその事実を知ってしまったことについても同じだった。
エリゼーは灯りを低くし、必要な受領の記録を残した。
記録の先には書かれていない意思を感じた。
告発しない。
しかし赦されない。
知りたいという気持ちと、知っているつもりになりたくない気持ちが、彼女の中でぶつかっていた。
カールの魔法喪失は複数の報告によって裏づけられていきますが、原因も神の判断も確定しません。エリゼーは現場の目撃者ではありません。
そしてランスロ先生も
お借りしてごめんなさい。




