第五部「交易都市編」 第一幕都市の人口と異なる価値観 121 門を越えたあと
旅の終わりに見えた門の内側には、まだ誰のものとも知れない道が続いていた。
四人は同じ門をくぐりながら、それぞれ違うものを見ていた。
門が開くまで、エリゼーは自分が何を待っているのか分かっていたつもりだった。
旅の終わりを告げる合図。
検める者が道を明け渡し、四人が並んで通ってよいという、ただそれだけのこと。
けれど門の影へ踏み入ると、待っていたはずのものがひどく頼りなくなった。
門の外では街の姿を探していたのに、内側に入れば、その街中に自分の居場所を探さなければならない。
石を敷いた道は思いがけず広かった。
車輪の溝が長い雨の跡のように続き、荷車を引く者の掛け声が、壁の反対側から響く掛け声に応じた。
頭上に揺れる旗は、教会の紋章ではない。
商人たちの印か、地区を分けるものか、まだ分からなかった。
「先を急いだほうがいいのかしら」
エリゼーが口にすると、ヘルマンは足を緩めた。
「急げば宿は探しやすいかもしれない。
でも、ここでは道を知らない人のほうが多い時間もあるようだ」
その答えはすぐに役に立つようで、そうでもなかった。
彼自身、門をくぐってから何度も左右を見ている。
エリゼーはそれを短所とは思わなかった。
彼にも知らない道があると知ることは、この街の大きさに触れる最初の方法だった。
四人の横を、少年を連れた女がすり抜けた。
少年は荷車を指し、女はその手を引き戻しながら何か言った。
エリゼーには聞き取れない言葉だった。
二人が笑ったので、なにかを叱ったのではないかもしれない。
声の意味は知らないままだが、笑い声いだけはわかった。
「ここにいる人はみんな、用事があるんですね」
ジュリアが言った。
彼女の視線は人々の顔ではなく、手にしている紙や包みに向いていた。
許しを示す札、織った紐、使い込まれた財布。
記録係でもあるジュリアは書かれたものを見逃さないが、彼らの手の動きを見る眼差しには以前より少しためらいがあった。
「用事のない人も、いるかもしれないわ」
エリゼーはそう言ってから、自分がわざわざ逆のことを言ったと気づいた。
ジュリアの観察を修正したかったのではない。
自分が説明できる立場に立ちたかったことに気づいた。
ハインツは二人の少し後ろを歩いていた。
右腕を身体へ寄せ、持ち替えた荷を左手に下げている。
エリゼーは荷に手を伸ばしかけたが、彼がこちらを見る前に引っ込めた。
あの腕について、何も言わないことがいつも正しいわけではない。
それでも、問う前に選んでしまうのは違うと思った。
「休む?」と彼女が尋ねる。
「君は?」
返された問いに、妙に違和感を感じた。
私が彼のために聞いていることを、なぜ彼は分からないのだろう。
だが、そう感じてすぐに、分からせようとするほうが間違っているのかもしれないと思い直した。
「私は少し立ち止まりたい」
「じゃあ、そうしよう」
四人は道の脇へ寄った。
通り過ぎる人の数は減らない。
誰も彼らが長い道を歩いてきたと知らず、誰も到着を祝わない。
その無関心は、冷たさのようでも自由のようでもあった。
門を振り返ると、外の光が門を通して縦長に切り取られていた。
遠くには彼らが歩いてきた道の色が、ほんのわずかに見える。
エリゼーは、自分がここまできた道が消えてしまうのかという思いがよぎり、しかしすぐにそうではないということに気づいた。
それでも振り返ればいつでも見えるとも思っていた。
「最初に宿を決めよう」
とヘルマンが言った。
「荷を置いてからなら、歩き方も変えられる」
宿を探す道へ入る前に、ヘルマンは立ち止まり、門から続く道の向こうに長い荷車の列を見た。
先頭の御者が何度か同じ合図を繰り返している。
荷を運ぶ者は声を返すが、動けるようになるまでしばらくかかった。
「昔、門というものは、入れたらそれで終わりだと思っていた」
とハインツが言った。
「出る人もいるからね」とヘルマンが答えた。
「そうじゃなくて……門を越えても、自分の番が来るのを待っている人がいるんだな」
エリゼーは荷車の横で子どもを抱く男を見た。
子どもは眠り、男はしきりに腕の位置を変えている。
少し先では声を荒らげる女もいた。
何を抗議しているのか分からない。
彼らに門を超えても待つ時間があり自分たちに休む時間がある。
同じ時間なのに同じものとしてまとめられない。
なんとなくそんなことが気にかかった。
ジュリアが「ここで皆、身元を尋ねられたのでしょうか」と口にすると、ヘルマンは答えずに列を見た。
四人は通行を認められた。
しかし見えない場所で誰かが何を確かめたかまでは知らない。
エリゼーは、知らないことを恥じるより、知ったふりをする危うさをここでも感じた。
風が吹き、門の上の旗が向きを変えた。
さっきまでこちらへ向いていた印が裏返り、紋章が違って見える。
エリゼーはそれを見て、ひとつの土地の印でさえ、見る方向が裏返る事によって違って見えるのだと思った。
旅先で何を信じるかという問いは、遠い神の声だけについてではない。
誰かが日々使っている合図を、どう受け取るかにも関わっている。
ジュリアは一人何かにうなずいたが、すぐには動かなかった。
「さっきの子の言葉を、私は一つも知りませんでした」と言う。
別に悔しがっている口調ではない。
知らないものを知らないまま記憶しておこうとする声だった。
エリゼーは四人の顔を見た。
同じ門をくぐったことだけは確かだ。
しかし何を持ち込んだかも、何を置いてきたかも同じではない。
彼女はその違いをまとめる言葉を探して、やめた。
四人は再び歩き出した。
門は背後で閉じなかった。
まだ誰かを迎え、誰かを送り出している。
エリゼーは歩きながら、それがこの街について初めて信じられることだと思った。
第五部は、第四部の最後に開いた門を越えるところから始まります。
街は四人のために用意された場所ではありません。
到着の安心と、名前を持たない不安が同時に生まれる場面にしました。




