第一部 灰の記憶 12 別れの背中
救いの後には、日々の仕事と別れが残ります。助けてくれた人物の行方は、まだわかりません。
二日たっても、村の道には灰が残っていた。
雨が降れば流れてしまいそうなものなのに、細い隙間へ入り込んだ灰は、掃いても掃いても現れた。
エリゼーは戸口の低い腰掛けで、それを見ていた。
膝にはまだ布が巻かれている。
外へ出ようとすると家の者に止められるので、代わりに布を畳む手伝いをした。
畳んだ布の端がそろわない。
もう一度広げる。
そうしている間にも、村へ戻る人と、村を出ていく人がいた。
帰れた者を数える声があり、帰らない者の名を尋ねる声があった。
誰かが「まだ分からない」と答えると、その言葉のあとに長い沈黙ができた。
* * *
あの人が来たのは、空が暮れかけたころだった。
手には、小さな布の包みを持っている。
中身は、道で使う傷の手当てに必要なものだった。
家の者へ渡すと、エリゼーの膝をちらりと見た。
「歩けるか」
「少しなら」
エリゼーは立ち上がってみせた。
痛まない方の足へ体重を移すのが、だいぶ上手になっていた。
相手が笑ったように見えた。
顔を見ていたはずなのに、後年その表情だけがどうしても思い出せない。
「もう行くの?」
包みを渡した手が引っ込められた。
「戻らなくては」
「どこへ」
答えはすぐには来なかった。
戸口の向こうを、担架を運ぶ人々が通り過ぎる。
「あちらの、戦いのある方へ」
エリゼーは、その言葉の中の「あちら」が嫌だった。
境の石より向こうに続く道を、すぐに思い浮かべた。
「また危ないところへ行くの?」
「危ない人が、まだいる」
それが、誰を指すのかは分からない。
ついた人なのか、戦っている人なのか、その両方なのか。
エリゼーは聞こうとして、やめた。
「行かなければいいのに」
思わず声が大きくなった。
相手は怒らなかった。
「そうできれば、いい」
その言葉が本心だったのか、子どもへの慰めだったのか、エリゼーには分からなかった。
家の者が、道中の水を渡そうとした。
あの人は少し迷ってから受け取った。
「あなたにも、帰る家があるの?」
「ある」
相手は短く答えた。
「帰りたい?」
「もちろん」
その返事だけは、はっきりしていた。
その瞬間、エリゼーは、自分を助けたこの人も、誰かに帰りを待たれているのだと初めて考えた。
自分が家に戻れたことを喜んでいる間、その人を待つ誰かは、まだ待ったままなのかもしれない。
「じゃあ、帰って」
「ああ」
それが約束だったのかどうか、彼女には聞き分けられなかった。
相手は通りへ出た。
肩から掛けた布の色が、灰の残る景色にまぎれていく。
後ろから名を呼ぼうとした。
だが、名を知らなかった。
助けてくれた人の名を、聞いていなかった。
「ねえ」
声を上げると、相手は一度だけ振り返った。
「また会える?」
相手はうなずかなかった。
首は横には振られなかった。
ただ片手を上げ、道の向こうへ歩いていった。
エリゼーはその背中が見えなくなるまで、家の壁に手をついて立っていた。
* * *
相手が去ったあと、エリゼーは何度も同じことを考えた。
名前を聞けばよかった。
どこの道を通るのか、誰と一緒に行くのか、もっと聞けばよかった。
けれども、あのとき聞きたかったことは「また会えるか」だけだった。
その日の夕食では、家の者が彼女の器へ少し多く汁を入れた。
「どうして悲しいの?」
そう聞かれ、エリゼーは首を横に振った。
「悲しいんじゃない」
では何なのか、と問われても分からなかった。
助かったことは嬉しい。
助けてくれた人が危ない場所へ戻るのは嫌だ。
二つの気持ちは、同じ器の中でうまく混ざらなかった。
初めのうちは、誰かが知らせを持ってくると思っていた。
村を行き来する者から、似た衣服の人を見たという話を聞くたび、彼女は耳を澄ませた。
だが、その多くは別の誰かのことだった。
季節が一つ変わり、道の灰が雨に流されても、確かな便りは届かなかった。
戦いのある土地からの噂は、行方を教えるより、何が分からないかを増やした。
生きていると言う人もいなければ、死んだと確かめた人もいなかった。
誰かが「もう忘れなさい」と言った。
エリゼーはうなずいた。
忘れるということが、どうすればできるのか分からないまま。
ある夕方、彼女は戸口の外へ出て、あの人が消えた道を見た。
同じ道を帰ってくる人がいた。
一人ずつ違う歩き方で、違う荷物を持って。
どの背中も、その人ではなかった。
それでも、道は閉じていない。
そのことだけが、彼女には慰めにも、残酷なことにも思えた。
救助者が戦場へ戻ったことは確かですが、その後の生死は決まっていません。
エリゼーには名も行方も分からないまま、背中の姿が残ります。




