3-9 同じ寝室
同じ寝室で眠るようになってから、もうしばらく経った。
最初の頃、エルンストはコーネリアを寝起きのいい女だと思っていた。
自分より先に目を覚ますことが多く、目を開ければすぐに起き上がる。侍女を呼び、身支度を整え、朝食の頃にはその日の予定を確認している。
対してエルンストは、目覚めそのものは悪くない。
朝になれば自然に目が覚めるし、声をかけられなければ起きられないということもない。ただ、目が覚めたからといって、すぐに寝台から出る必要もないと思っている。
あと少し。
もう少しだけ。
そうやって温かい掛布の中で転がっている時間が好きだった。
だから最初の何日かは、隣で目を開けるなり身体を起こすコーネリアを見て、朝からよく動けるものだと感心していた。
けれど、一緒に眠る夜が増えるにつれて。
どうも、少し違うらしいと気づいた。
「……ネル」
朝、エルンストは目を開けたまま、隣を見ていた。
コーネリアも、もう目を覚ましている。
青銀の目が開いて、ぼんやりと天井へ向いていた。
けれど動かない。
いつもなら、ほとんど間を置かず起き上がるはずだった。
珍しい。
そう思って眺めていると、コーネリアがゆっくり瞬きをした。
それから、少し遅れてこちらを見る。
視線が合った。
「……おはようございます、旦那様」
「おう。おはよう」
声も少しだけ柔らかい。
眠そう、というのだろうか。
初めて見る顔だった。
エルンストは何となく返事をせず、そのまま見ていた。
コーネリアも起き上がらない。
目は開いている。
けれど普段のような、きちんとした表情になっていない。
髪は寝ている間に少し乱れ、頬には枕の跡が薄く残っている。半分ほどしか開いていない目でこちらを見て、それからまた一度、ゆっくり瞬きをした。
かわいい。
そう思って、エルンストは黙っていた。
もう少し見ていたかった。
やがてコーネリアの目が、少しずついつもの形へ戻っていく。
「……旦那様」
「ん?」
「実は起きてませんか?」
「……なんで分かった?」
「先ほどから、ずっとこちらをご覧になっておりますので」
「起きてなきゃ見られねえか」
「はい」
もっともだった。
エルンストは諦めて、枕から少しだけ頭を上げた。
「お前も今日は遅いな」
「そうでしょうか」
コーネリアはまだ横になったまま、不思議そうに瞬きをした。
「前は目ぇ開けたらすぐ起きてただろ」
言われて、コーネリアは少し考えた。
「……そうですね」
「眠い?」
「いえ」
即答したものの、その直後に小さく瞬きをする。
説得力がない。
「眠そうだけど」
「目は覚めております」
「じゃあ起きれば?」
「……はい」
返事をして。
動かない。
エルンストは吹き出した。
「起きねえじゃん」
「……そうですね」
本人も、そこで初めて気づいたらしい。
不思議そうな顔をしている。
「身体が重いのか?」
「いえ。少し待てば、普通に動けると思います」
「じゃあ待ってりゃいいだろ」
「はい」
それで話は終わった。
コーネリアはもう少しだけ枕に頭を預けた。
エルンストも急いで起きる理由はないので、そのまま掛布の中にいる。
しばらくしてから、コーネリアがぽつりと言った。
「以前も、朝はこのような感じだったのだと思います」
「そうなの?」
「おそらく。ただ、目が覚めましたら、その日の予定を確認しておりましたので」
今日すること。
昨日できなかったこと。
何か忘れていないか。
失敗したものはないか。
次はどうするべきか。
目を覚ませば、自然と考えていた。
考え始めれば、横になっている理由もなくなる。
だから起きていた。
「それ、寝起きがいいっていうのか?」
「……違うのでしょうか」
「俺に聞くなよ」
少なくともエルンストが思っていたものとは違う。
今だって、目は覚めている。
会話もできる。
けれど普段より反応が少し遅く、表情もぼんやりしている。
これが本来の寝起きなのかもしれない。
以前は、目覚めた瞬間から何かを考えて、そのまま身体まで動かしていただけで。
最近は。
目を覚ましても、すぐに次のことを考えない朝がある。
隣にエルンストがいて、まだ起きていないなら。
もう少しここにいてもいいと思うらしい。
「……じゃあ、もうちょい寝てろよ」
「眠ってはおりません」
「分かってるよ」
エルンストは笑った。
「起きなくていいって言ってんの」
コーネリアは少し考えて。
「……はい」
また枕へ頬を預けた。
それを見ながら、エルンストは思う。
やっぱり、かわいい。
最初に思っていた女とは、随分違った。
というより。
たぶん今まで見えていたものが、コーネリアの全部ではなかったのだ。
同じ部屋で眠るようになって、そういうものが少しずつ増えている。
寒い日は温かい飲み物を好む。
甘いものは食べるが、特別好きというわけではない。
褒めると、ほんの一瞬だけ顔が明るくなる。
そのくせ嬉しい時ほど、なぜか姿勢が良くなる。
考え事をしている時は、指先が僅かに動く。
剣や警備の話になると、普段より言葉が増える。
そして朝は、放っておけば案外ぼんやりしている。
どれも、何の役にも立たないことだった。
侯爵夫人として必要な情報でもない。
それなのに、一つ知るたびに妙に面白い。
「ネル。今日、訓練場行くんだろ」
「はい。午前の仕事を終えましたら」
「またグレアムと?」
「その予定です。本日は、昨日より少し重い剣を試してみようかと」
さっきまで半分眠ったような顔をしていたのに、剣の話を始めた途端、声が少ししっかりした。
「昨日のでも結構動けてたじゃねえか」
「ですが、少々軽すぎました。扱いやすくはございましたが、わたくしの場合、一撃で相手の体勢を崩せなければ、その分だけ次の動作が必要になりますので」
「また変な理屈こねて、でかい剣に戻ろうとしてねえ?」
「変な理屈ではございません」
眉が寄った。
もういつものネルだ。
エルンストは笑った。
「分かった分かった。グレアムと相談して決めろ」
「はい」
返事をしたコーネリアの顔が、僅かに明るくなった。
やっぱり剣の話をしている時は機嫌がいい。
それも、最近知ったことだった。
その日の午後、エルンストは仕事の合間に訓練場へ顔を出した。
別に、毎日見に行っているわけではない。
自分にも仕事はあるし、ネルにもネルの予定がある。
ただ、今日は新しい剣を試すと言っていた。
それが少し気になっただけだ。
訓練場へ入ると、ちょうどコーネリアとグレアムが向かい合っていた。
今日の剣は、昨日使っていた細身のものより少し幅がある。それでも以前振り回していた大剣と比べれば、ずっと普通の剣に見えた。
「始め!」
合図と同時に、グレアムが踏み込む。
コーネリアは受けなかった。
半歩ずれて剣先を流し、そのまま身体を低くする。グレアムが振り返るより先に横へ抜け、振り向きざまの二撃目を今度は剣で逸らした。
細い身体が大柄な男の周囲を滑るように動く。
以前のように、無理やり同じ場所に立って打ち合ってはいない。
脚が届かないなら踏み込む。
力で受けられないなら受けない。
相手の剣が重いなら、その重さごと流す。
身体強化も、必要な瞬間だけ使っているのだろう。
グレアムの剣が大きく振られた。
コーネリアは後ろへ退く。
その足が地面を蹴った。
小さな身体がふわりと浮き、後方へ一回転する。
着地。
そのまま一歩踏み込んだ。
「一本!」
グレアムの首元へ、剣先が止まっていた。
エルンストは思わず口笛を吹いた。
「お前、またそれやったのか」
コーネリアがこちらを見る。
「あ。旦那様」
一瞬、ぱっと顔が明るくなった。
すぐにいつもの表情へ戻ったが、もうエルンストは見逃さない。
「今の、この前偶然できたやつだろ?」
「はい。ですが、再現できるかと思いまして」
「できてんじゃん」
「三度失敗いたしました」
「成功するまでやったの?」
「はい」
「奥様は筋がよろしい」
グレアムが満足そうに頷いた。
「後方へ退く動きに身体強化を合わせれば、体格の小ささがかえって利点になりますな。大柄な者では、あれほど素早く身体を回せませぬ」
「なるほど」
コーネリアも真剣に頷いている。
「では、もう少し高く跳べるようになれば――」
「待て」
エルンストが割って入った。
二人が揃ってこちらを見る。
「なんでそうなるんだよ」
「ですが、旦那様」
「お前ら、昨日まで剣の重さの話してなかった?」
「剣も試しております」
「飛ぶ必要ある?」
コーネリアとグレアムが顔を見合わせた。
「使える動きは、多い方がよろしいかと」
「左様ですな」
「お前ら最近仲いいよな」
何となく腹が立つ。
けれど。
悪くないと思う。
いや、かなりいい。
初めてこの屋敷へ来た頃のコーネリアは、何を聞いても「はい」と答えた。
何が好きか聞いても、何でも構わないと言った。
何がしたいか聞いても、自分に必要なことを教えてほしいと言った。
今は違う。
この剣は軽すぎる。
こちらは重心が合わない。
もう少し柄が長い方がいい。
鎧の肩はもう少し動かせた方がいい。
今日はこれを試したい。
明日はあれをやってみたい。
グレアムが何か言えば、自分の考えを返す。
エルンストが口を挟めば、時には眉を寄せて「ですが」と言う。
随分変わった。
剣を構えたコーネリアを見ながら、エルンストは思う。
格好いい。
小さいくせに、でかい男を相手に一歩も引かない。
いや、実際には引くのだが、引いたところから勝手に飛んで戻ってくる。
「もう一本、お願いいたします」
「承知いたしました」
また始まった。
今度はグレアムも簡単には取らせない。
剣と剣がぶつかる音が響く。
コーネリアが走る。
跳ぶ。
身体を捻る。
細い剣が軌跡を描く。
強い。
あんなに細くて小さいのに、強い。
エルンストは腕を組んで、しばらくそれを眺めていた。
夜。
同じ女が、寝台の上で小さくなって眠っていた。
エルンストは何となく納得がいかなかった。
昼間はあんなに動き回っていたのに、横になると驚くほど小さい。
もともと大きな寝台だ。
その上、コーネリアは眠っている時まで姿勢がいい。掛布の中で手足を大きく広げることもなく、ほとんど自分一人分の場所しか使わない。
最初の頃ほど端にはいない。
それでも、エルンストから見れば随分遠慮がちな眠り方だった。
「……なんなんだろうな」
小さく呟く。
返事はない。
当然だ。
ネルは眠っている。
その顔を、エルンストは何となく眺めた。
眠っている顔を見ること自体は、もう珍しくない。
同じ寝台で眠っているのだから当たり前だ。
けれど、こうして意識して見ることはあまりなかった。
長い睫毛。
白い頬。
昼間はきちんと結われている淡い金髪が、今は枕の上へ柔らかく広がっている。
朝の、ぼんやりした顔を思い出した。
あれも今まで知らなかった。
こういう顔も。
たぶん、自分が知らなかっただけなのだ。
エルンストは灯りを落とし、自分も横になった。
しばらくして、眠りに落ちた。
どれくらい経ったのか分からない。
ふと目が覚めた。
まだ暗い。
窓の外も、夜の色のままだった。
喉が渇いた気がしたが、起き上がるほどでもない。
寝返りを打とうとして。
隣から、小さく息を呑むような音が聞こえた。
エルンストは動きを止めた。
「……ネル?」
返事はない。
眠っている。
けれど、いつもと違った。
眉間に皺が寄っている。
掛布の上からでも分かるほど肩が強張り、指先が布を掴んでいた。
呼吸が浅い。
何度も、短く息を吸っている。
「ネル」
もう一度呼んだ。
起きない。
夢を見ているのだろうか。
何の夢かは分からないが、悪い夢のような気がした。
エルンストは少し迷った。
起こした方がいいのか。
放っておけばそのうち収まるのか。
こんな時、どうするのが正しいのか知らない。
しばらく見ていたが、コーネリアの眉間の皺は消えなかった。
「……大丈夫だぞ」
何が大丈夫なのか、自分でも分からない。
言ってから、エルンストは手を伸ばした。
起こすつもりで肩へ触れようとして。
やめた。
代わりに、枕の上へ広がった髪へ手を置く。
柔らかかった。
昼間はきっちり結ばれているから、触れたことなどほとんどない。
思っていたよりずっと細くて、指の間をするりと抜ける。
エルンストは、小さな頭を二度、三度撫でた。
「ネル」
もう一度名前を呼ぶ。
その時だった。
強張っていた肩から、ふっと力が抜けた。
布を握っていた指が緩む。
浅かった呼吸が、少しずつ深くなった。
「……え」
エルンストは手を止めた。
偶然かと思った。
しばらく待つ。
また眉間に少し力が入った。
試しにもう一度、頭を撫でた。
ゆっくり。
髪を潰さない程度に、額の上から後頭部へ。
また、力が抜けた。
「……なんだこれ」
小さく呟く。
当然、返事はない。
ネルは眠っている。
それどころか、さっきより深く眠っているように見える。
呼吸は穏やかで、眉間の皺も消えていた。
エルンストの手の下で、ほんの少しだけ頭が動いた。
避けたのかと思って手を浮かせる。
違った。
離れた手を追ったように、僅かにこちらへ顔が傾いた。
エルンストは固まった。
「……ネル?」
起きない。
もう一度髪へ触れる。
今度は動かない。
ただ、安心したように眠っている。
昼間。
グレアムの剣を躱して飛び、首元へ剣を突きつけていた女。
自分と戦えば、まともに打ち合うことすらせず、気づけば横から剣を向けてくる女。
警備の資料を十年以上遡って、誰も気にしていなかった穴を見つける女。
それが今。
自分が頭を撫でただけで、安心したように眠っている。
「……かわいいな、こいつ」
口から出てから、エルンストは自分で驚いた。
かわいい。
そう思った。
綺麗だとは、最初から思っていた。
小さいとも思っていた。
最近は格好いいと思うことも増えた。
でも、かわいいと思うことが随分増えたのは、ここ最近だ。
温かい牛乳を両手で持っている時。
褒めた時に一瞬だけ顔が明るくなる時。
朝、目を覚ましているのに、ぼんやりと枕へ頬を預けている時。
考えてみれば、前からそういうところはあったのかもしれない。
ただ、自分が知らなかっただけだ。
エルンストはもう一度、コーネリアの髪を撫でた。
こんなふうにしていれば安心するのなら、もっとやればいいのだろうか。
温かい牛乳を好きなら、寒い日は出してやればいい。
剣が好きなら、好きなだけ――いや、身体を壊さない範囲でやればいい。
欲しいものを聞いても何も言わないなら、見ていればそのうち分かることもあるのかもしれない。
そうやって。
いつも何かに備えているようなところが、少しずつなくなれば。
どんな顔をするのだろう。
そこまで考えて、エルンストは少し困った。
妻なのだから、いつかは夫婦として、その先へ進むのだろう。
最初の夜。
真っ赤になって「妻として務める」と言ったネルを思い出す。
あの時は、どう考えても無理だった。
今ならどうなのだろう。
同じ寝台で眠ることには慣れた。
自分の声にも、前ほど怯えなくなった。
触れれば――少なくとも今は、安心している。
もし、その先を求めれば。
たぶん、ネルは拒まない。
「……それが困るんだよな」
小さく呟いた。
嫌なら嫌だと言う。
怖いならやめろと言う。
そんな簡単なことが、ネルにはまだ簡単ではない。
妻だから。
夫が望んだから。
自分の役目だから。
そう思って受け入れるだけかもしれない。
それでは嫌だった。
なぜ嫌なのかまでは、うまく説明できない。
ただ。
怖がられたくない。
今こうして、自分の手の下で安心して眠っているものを、自分から壊したくなかった。
エルンストは手を止めた。
すると、コーネリアの眉がほんの僅かに動いた。
「……はいはい」
誰に言うでもなく呟いて、また撫でる。
すぐに穏やかになる。
「お前、起きてる時より分かりやすいな」
返事はない。
エルンストは少し笑った。
守るというのは、襲ってくるものを倒すことだと思っていた。
敵が来れば剣を抜く。
危険なものがあれば遠ざける。
ネルが無茶をすれば止める。
それでいいと思っていた。
でも、たぶん。
こういうものも、守るというのかもしれない。
安心して眠っている顔を、そのままにしておくこと。
何も起こらない夜を、何も起こらないまま朝まで終わらせること。
「……寝ろ、ネル」
もう眠っている妻へ言って、エルンストも目を閉じた。
手だけは、しばらくその髪の上に置いたままだった。
翌朝。
コーネリアは目を覚ました。
いつもより、少しよく眠れた気がした。
夢を見たような気もする。
何か嫌な夢だったような。
けれど、内容は覚えていない。
隣を見る。
エルンストはまだ眠っていた。
最近は、夜中に目を覚ます回数が減った。
目が覚めても、隣から呼吸が聞こえれば、そのままもう一度眠れることが増えた。
最初の頃は、同じ寝台に誰かがいるだけで気になった。
今は逆だった。
音がある。
呼吸が聞こえる。
そこにエルンストがいると分かる。
それだけで、起きなくてもよいのだと思える。
不思議だった。
実家では、目を覚ませば次にすることを考えた。
何時か。
今日の予定は何か。
昨日終わらなかったものはないか。
訓練は。
仕事は。
失敗したものは。
身体がまだ重くても、頭が完全に起きていなくても、考え始めればそのまま動けた。
だから自分でも、朝は得意なのだと思っていた。
今は時々。
まだ暗ければ、もう一度目を閉じる。
旦那様も眠っている。
ならば、まだ朝ではないのだろう。
それで済む。
コーネリアはもう一度目を閉じた。
エルンストについて、知らなかったことが増えた。
朝はなかなか寝台から出たがらない。
けれど、眠っているとは限らない。
怒っていなくても声が大きい。
言葉に困ると頭を掻く。
肉料理を食べる時だけ、少し食べる速度が上がる。
難しい書類を読んでいる時は眉間に皺が寄る。
そして、夜。
眠っている時の呼吸は、思っていたより静かだ。
どれも、侯爵として必要な情報ではない。
旦那様のお役に立つために、知らなければならないことでもない。
それでも。
もう少し知りたいと思う。
昨日より今日。
今日より明日。
この人のことを知っていけたら。
そして。
何か役に立てることがあれば、嬉しい。
コーネリアは、その二つが以前と少し違っていることには気づかなかった。
ただ隣から聞こえる呼吸に安心して、もう一度目を閉じた。
少しして。
「……旦那様」
返事はない。
コーネリアは目を閉じたまま、もう一度呼んだ。
「旦那様。実は起きていらっしゃいませんか?」
数秒。
「……なんで分かった?」
やはり起きていた。
コーネリアは目を開ける。
隣でエルンストが、少し気まずそうな顔をしていた。
「何となく、視線を感じましたので」
「寝てても分かるの?」
「先ほど目を開けた時にも、こちらをご覧になっておりました」
「……よく見てんな、お前」
「旦那様のことですので」
言ってから。
コーネリアは少しだけ考えた。
今の言葉は、何かおかしかっただろうか。
エルンストが黙っている。
「旦那様?」
「……いや」
エルンストは顔を逸らした。
「なんでもねえ」
「そうですか」
「おう」
少し待つ。
どちらも起き上がらない。
以前なら、もう身支度を始めていた時間だった。
けれど今日は、もう少しくらいよい気がした。
「……もう少し、このままでもよろしいでしょうか」
エルンストがこちらを見る。
今度は隠さなかった。
「ああ」
「ありがとうございます」
コーネリアは目を閉じた。
眠るつもりはなかった。
ただ、もう少しだけ。
朝になっても何も始めず、隣にいる人の呼吸を聞いていたかった。
そのことを、もう特別なことだとは思わなくなり始めていた。




