3-6 奥様の方が上手
新しい防具が完成するまでの間も、コーネリアは訓練場にある剣を一つずつ試していた。
今日借りたのは、細身の片手剣だった。
昨日のものより少し長い。それでも、実家で使っていた大剣とは比べるべくもない。
軽い。
振り抜く。
やはり軽い。
途中で止めることも、方向を変えることも容易だった。いつものように剣の重さを身体全体で支える必要もない。
扱いやすい。
扱いやすい、のだと思う。
「いかがですかな、奥様」
向かいに立つグレアムに尋ねられ、コーネリアは手の中の剣を見た。
「……軽いです」
「それは何より」
「軽すぎるように思います」
グレアムが黙った。
訓練場の端で見ていたエルンストが、嫌そうな顔をした。
「お前、また重いの持とうとしてない?」
「まだ何も申し上げておりません」
「顔に出てる」
顔に出していたつもりはなかった。
コーネリアはもう一度、剣を軽く振る。
やはり頼りない。
「これでは、威力が不足するのではないでしょうか」
「まあ、それを確かめるための訓練ですな」
グレアムが剣を構えた。
「まずは一度、いつものように」
「はい」
コーネリアも構える。
合図と同時に、グレアムが踏み込んだ。
速い。
コーネリアも踏み込み、剣を合わせる。
次の瞬間。
「――っ」
身体が大きく後ろへ弾かれた。
予想していたよりも、ずっと大きい。
いつもなら大剣そのものの重さが支えになる。相手の剣を受けた衝撃も、剣の重さと身体強化を合わせて地面へ逃がしていた。
けれど今、手にしている剣にはその重さがない。
身体だけが後ろへ持っていかれる。
足が地面から離れた。
まずい。
そう思った時には、身体が勝手に動いていた。
後ろへ流れる勢いを殺さず、そのまま身体を丸める。
視界が一回転した。
足が地面につく。
着地。
「おお」
グレアムの声が聞こえた。
コーネリア自身も、少しだけ面食らっていた。
今のは。
何をしたのだろう。
確かめる暇はなかった。
一瞬止まったコーネリアへ、グレアムが踏み込んでくる。
剣を上げる。
遅い。
乾いた音がして、手の中から剣が弾き飛ばされた。
地面へ落ちる。
「そこまで!」
コーネリアは瞬いた。
負けた。
それも、随分あっさりと。
「……申し訳ありません」
「なんで謝るんだよ」
すぐにエルンストの声が飛んできた。
「負けましたので」
「訓練だろ」
そういうものなのだろうか。
コーネリアが落ちた剣を拾おうとすると、グレアムが先に拾い上げた。
「しかし、今のは面白い」
「今の、とは?」
「飛ばされた後です。後ろへ一回転なさったでしょう」
「……はい」
言われてみれば、した。
「何をしようとなさったので?」
コーネリアは少し考えた。
「特には。あのまま倒れるより、足から着地した方が次に動きやすいかと思いましたので」
グレアムが楽しそうに笑った。
「なるほど」
剣を返される。
コーネリアは受け取った。
「奥様は、これまで重い剣を振ることに慣れすぎておりますな」
「そうでしょうか」
「剣へ身体を預けておられる」
意味が分からず、コーネリアは首を傾げた。
グレアムが自分の剣を軽く振る。
「重い剣を扱う時には、それでよろしいのでしょう。剣の重さに身体を乗せる。引かれれば、その方向へ動く。奥様はそれが非常にお上手だ」
「はい」
「ですが、この剣は軽い」
コーネリアは自分の剣を見る。
「先ほども、いつもの剣と同じように重心を預けておられました。ところが支えになるはずの重さがない。その状態で私の剣を受けたので、身体だけが大きく持っていかれたのでしょう」
「……なるほど」
言われて初めて気づいた。
軽い剣を持っているのに、身体は重い剣を持っている時と同じように動いていた。
十八年間、そうしてきた。
剣が身体を引くことを前提に、その力を利用して次の動きへ繋げる。
けれど、この剣は自分を引いてくれない。
「ならば、どうすればよいのでしょう」
素直に尋ねると、グレアムは少し考えた。
「奥様は、下半身の強化を増やしてみてはいかがですかな」
「脚を?」
「ええ。剣の重さを利用するのではなく、ご自身で重心を動かす。前後左右だけでなく、上下にも」
上下。
コーネリアは先ほどの動きを思い出した。
「先ほどの一回転も、軽業のようではありましたが、悪くありません。初めて見る相手ならば、あの動きの後にすぐ攻撃へ移るとは考えにくいでしょう」
「……攻撃へ」
「奥様ご自身が驚いて止まってしまわれましたから、先ほどは私が取りましたが」
確かに。
着地した瞬間、自分が何をしたのか考えてしまった。
あのまま動いていれば。
コーネリアは剣を構え直した。
「もう一度、お願いいたします」
「無理すんなよ、ネル」
エルンストが言った。
コーネリアは身体を確認する。
肩。
肘。
手首。
膝。
どこにも痛みはない。
「大丈夫です」
「お前の大丈夫は――」
「旦那様」
グレアムが遮った。
「今のところ、本当にどこも傷めてはおられません」
「……ならいいけど」
許可が出た。
二度目。
グレアムが構える。
コーネリアも剣を持つ。
今度は、剣に身体を預けない。
脚。
腰。
体幹。
そこへ少し多めに強化を入れる。
合図。
グレアムが踏み込む。
正面から来る。
コーネリアは剣を合わせた。
衝撃。
今度は受け止めようとしなかった。
刃を滑らせる。
身体を沈める。
グレアムの剣が斜め上へ流れる。
その下へ潜る。
低い。
今までなら、大剣が地面へ触れる高さだった。
けれど今日は違う。
身体だけを沈められる。
グレアムがこちらを見る。
目が合った。
コーネリアは脚へ強化を入れた。
跳ぶ。
グレアムの視線が上がる。
身体を捻る。
先ほどと同じように視界が回った。
けれど今度は、自分でやっている。
着地。
グレアムの横。
振り向かれるより先に、剣を伸ばす。
切っ先が防具へ触れた。
「一本!」
声が響いた。
コーネリアは動きを止めた。
グレアムがこちらを見る。
それから豪快に笑った。
「いやはや。一度言えばすぐこれですか!」
コーネリアは自分の足元を見た。
膝を曲げる。
痛くない。
肩を回す。
こちらも問題ない。
呼吸も、ほとんど乱れていない。
「……まだ、できます」
「そりゃ身体壊してねえからだろ」
エルンストの声が飛んできた。
コーネリアは振り返る。
「はい」
「そこで嬉しそうに頷くなよ」
嬉しそうにしていたつもりはなかった。
けれど。
楽だった。
一度負けた。
それなのに、次は違うことができた。
これまでの剣ではできなかった動きだった。
コーネリアは手の中の剣を見る。
軽い。
先ほどまで頼りなく思えた軽さが、今は少し違って感じられた。
「奥様は、身体強化の使い方がお上手ですからな」
グレアムが腕を組む。
「これまでは、その大半を重い装備を扱うために使っておられたのでしょう」
「はい」
「今は、その必要がない。剣を支えるために使っていた分を、脚へ回せる。方向転換にも、跳躍にも使える。必要な瞬間だけ腕を補強すればよい」
コーネリアは頷いた。
確かに、今の方が使った魔力は少ない。
身体への負担も少ない。
それなのに、今までより大きく動けた。
「なるほど……」
「それに比べまして」
グレアムの視線が、なぜかエルンストへ向いた。
「旦那様も、もう少し奥様の戦い方をご覧になった方がよろしいかと」
「なんで俺の話になるんだよ」
エルンストが眉を寄せる。
グレアムは気にしない。
「旦那様は元々の体格に恵まれております。筋力も体力もある。魔力量も多い。にもかかわらず、身体強化まで出力を上げることばかりお考えになる」
「強くした方が強いだろ」
「そういうところです」
「何がだよ」
「力が足りるなら正面から叩き潰せばよい。足りなければ、さらに強化して叩き潰せばよい。昔からそればかりではありませんか」
「勝てるんだからいいだろ」
「勝てますな」
「じゃあいいだろ!」
「もう少し相手の裏をかくことを覚えてくだされば、王国でも三指に入るほどお強くなれますのに」
「お前は俺をこき下ろさなきゃ人を褒められねえのかよ!?」
コーネリアは二人を見比べた。
エルンストは大きい。
グレアムほどではないけれど、肩幅もある。腕も太い。
身体強化を使わなくても、コーネリアよりずっと力がある。
その上で身体強化まで使える。
羨ましい。
「……旦那様は、大きくて良いですね」
二人が同時にこちらを見た。
「お前、今の話聞いてた?」
「はい」
「じゃあなんでそうなるんだよ」
「わたくしは、どれほど強化しても元の身体が小さいので」
「いや、今グレアムが褒めてたのお前だからな?」
「ですが、旦那様ほどの体格があれば、もっと――」
「奥様」
グレアムが真面目な顔で遮った。
「一度、旦那様と手合わせしてみてはいかがですかな」
「おい」
エルンストが低い声を出す。
「良い機会でしょう。奥様にも、ご自分の戦い方がどの程度通用するのか分かります」
コーネリアはエルンストを見た。
手合わせ。
したことはない。
エルンストが強いことは知っている。
以前、グレアムと並んで訓練しているところを見たことがある。正面から剣を打ち合わせても、グレアムに押し負けていなかった。
自分では、まともに受けることすら難しいだろう。
だから。
今の剣なら、どうなるのだろう。
「……お願いしても、よろしいでしょうか」
エルンストが露骨に嫌そうな顔をした。
「お前、怪我しない?」
「しないようにいたします」
「その返事、信用していいやつ?」
「本日はまだ一度も傷めておりません」
「そういう意味じゃねえんだよなあ……」
それでも最後には、エルンストが訓練用の剣を取った。
コーネリアも先ほどの片手剣を構える。
向かい合う。
近くで見ると、やはり大きい。
腕も長い。
一歩も広い。
正面から受ければ負ける。
「では――始め!」
グレアムの声と同時に、エルンストが踏み込んだ。
速い。
上段から剣が来る。
コーネリアは半歩だけ横へずれた。
受け止めない。
自分の剣を斜めに添える。
重い。
腕に衝撃が走る。
けれど、押し返す必要はない。
刃を滑らせる。
エルンストの剣が、自分の横へ落ちた。
その下。
がら空きになった懐へ、一歩。
剣先を上げる。
エルンストの胸元で止めた。
沈黙。
「……一本」
グレアムが言った。
エルンストが自分の胸元にある剣を見る。
それからコーネリアを見る。
「……今の、何?」
「受け流しました」
「それは分かる」
「下が空きましたので」
「それも分かる」
エルンストが何とも言えない顔をした。
グレアムが満足そうに頷く。
「奥様の方が上手ですな」
「うるせえ」
「もう一度、お願いいたします」
コーネリアが言うと、エルンストがこちらを見た。
「まだやる?」
「はい」
今の一度だけでは分からない。
最初の一撃を受け流せた。
けれど実戦なら、それで必ず終わるとは限らない。
「……分かった」
二度目が始まった。
今度のエルンストは、最初から警戒していた。
一撃目。
受け流す。
二撃目。
続けて来る。
避ける。
三撃目。
速い。
身体を沈める。
四撃目。
剣を合わせ、流す。
重い。
一撃ごとの威力が大きい。
それでも、受け止めなければ耐えられる。
横へ。
下へ。
時には跳ぶ。
先ほどグレアムに教えられたばかりの動きを混ぜる。
エルンストの剣が何度も空を切った。
けれど。
終わらない。
一度目のように、懐へ入る隙がない。
エルンストも学んでいる。
一撃を大きく振り抜かず、次へ繋げてくる。
右。
左。
上。
追われる。
コーネリアは足へ強化を入れる。
方向を変える。
また剣が来る。
受け流す。
次。
避ける。
また次。
呼吸が速くなる。
まだ動ける。
けれど、さっきまでとは違う。
腕ではない。
膝でもない。
どこか一箇所を傷めたわけでもない。
身体全体が、少しずつ重くなっていく。
一撃で終わらない。
二撃。
三撃。
四撃。
軽い剣は、何度でも振れる。
だからこそ、何度も動かなければならない。
「ネル」
エルンストの声が聞こえた。
返事をする余裕はなかった。
剣が来る。
流す。
下がる。
踏み込まれる。
避ける。
呼吸が乱れる。
足への強化を一段上げる。
それでも、さっきより身体が遅い。
次の一撃を避けた時、わずかに体勢が崩れた。
そこへエルンストが踏み込む。
剣が止まった。
コーネリアの肩口。
「そこまで!」
グレアムの声が響いた。
コーネリアは息を吐いた。
肩が上下する。
「……参りました」
エルンストがすぐに剣を下ろした。
「大丈夫?」
「はい。どこも傷めてはおりません」
「息切れてるけど」
「……はい」
そこは否定できなかった。
コーネリアは呼吸を整えながら、手の中の剣を見る。
軽い。
身体への負担は少ない。
動きやすい。
今までできなかった動きもできる。
一度の攻防なら、エルンストから先に一本を取ることすらできた。
けれど。
「……長くなります」
「何が?」
エルンストが尋ねた。
「戦闘が、です」
コーネリアはまだ少し速い呼吸のまま答えた。
「この剣は、とても動きやすいです。身体も傷めません。ですが、相手を一度で止められなければ、その分だけ何度も動く必要があります」
先ほどの手合わせを思い返す。
一撃目。
二撃目。
三撃目。
どれも、それほど大きな負担ではなかった。
けれど積み重なる。
「わたくしは、長く戦う方が危険です」
グレアムが顎を撫でた。
「なるほど」
「軽ければよい、というわけでもないのかもしれません」
コーネリアは剣を持ち上げた。
最初よりは、ずっと気に入っている。
できることが増えた。
それは間違いない。
けれど、これだけでは足りない。
「もう少し重くてもよいと思います」
エルンストが嫌な予感でもしたような顔をした。
「……どれくらい?」
「まだ分かりません」
「大剣に戻るとか言わないよな?」
コーネリアは少し考えた。
「まだ、分かりません」
「なんで二回言った?」
グレアムが笑った。
コーネリアはもう一度、手の中の剣を見る。
軽いからできることを、今日初めて知った。
重い剣だからできていたことも、今日初めて知った。
ならば。
自分に一番合う重さを探せばいい。
明日は、もう少し重い剣を試してみよう。
そう考えると、少し楽しみだった。




