3-2 騎士コーネリア
警備体制の見直しが始まってから、コーネリアが騎士たちと話す機会は増えた。
会議で意見を求められるだけではない。実際に巡回経路を歩き、配置を確認し、時には訓練にも立ち会うようになった。
その日も訓練場では、先日の襲撃を想定した訓練が行われていた。
「こちらの二名は、両方とも残らない方がよろしいかと思います」
コーネリアは、侵入者役を取り囲んだ騎士たちを見ながら言った。
「一名が進路を塞ぎ、もう一名は応援を呼びに向かってください。侵入者を倒すことより、旦那様のところへ到達させないことを優先した方がよろしいかと」
「しかし奥様」
隣で腕を組んでいたグレアムが、いかにも納得しがたいという顔をした。
「二人いれば、その場で倒せますぞ」
「必ずでしょうか」
「我が隊の者ならば!」
「グレアム殿」
ルートヴィヒが静かに口を挟んだ。
「三日前にも申し上げましたが、全員をグレアム殿と同じ基準で考えないでください」
「鍛錬すればよろしい!」
「警備体制を鍛錬の成果に依存させないでください」
「ルートヴィヒ殿はどうにも騎士を信用なさらん!」
「信用と想定は別の問題でございます」
そのやり取りを聞きながら、エルンストが笑っていた。
「ネル、お前が来てからグレアムがずっとルートに怒られてるな」
「旦那様!」
「だってそうだろ」
「旦那様も以前は私と同じことを仰っておりましたぞ!」
「俺はそこまでじゃねえよ」
「敵が一人増えたなら一人多く倒せばいい、と仰ったのはどなたでしたかな!」
エルンストが黙った。
コーネリアは二人を見比べた。
やはり、よく似ている。
「しかし」
グレアムが咳払いをして、コーネリアへ向き直った。
「奥様のお考えが理に適っていることは、この数日でよく分かりました。ですが、一つ気になっておりましてな」
「何でしょうか」
グレアムの視線が、コーネリアの肩から腕へ落ちた。
長袖の上からでも分かるほど細い。鍛錬を積んだ騎士たちと並べるまでもなく、武器を振るう者の身体には見えなかった。
グレアムは自分の腕を見て、もう一度コーネリアの腕を見る。
「奥様は、実戦にも出ておられたのですな?」
「はい」
「……この細腕で?」
コーネリアも自分の腕を見た。
「はい」
グレアムが首を傾げた。
コーネリアも少し首を傾げた。
「いや、失礼」
グレアムは顎髭を撫でた。
「戦術については疑っておりません。しかし実戦となれば話は別です。奥様ほどの体格では、武装した男を正面から止めることは難しいでしょう」
「はい。ですので、正面から力で止める必要はありません」
「……む?」
グレアムの手が止まった。
エルンストもコーネリアを見る。
「ネル、お前、実際どのくらい戦えるの?」
「どのくらい、と申しますと」
「いや……」
エルンストは少し言いにくそうに頭を掻いた。
「剣、持たせていいのか?」
コーネリアは目を瞬いた。
「持てますが」
「そうじゃなくて。実際に戦わせても大丈夫なのかって話」
「ああ」
ようやく意味が分かった。
確かに、今後も警備に関わるのであれば、自分がどの程度動けるのか分からないままでは、彼らも困るだろう。
「いざという時に実力が分からないのでは、ご不安ですよね」
「まあ、そうだな」
「では、一度立ち合います」
あまりにも普通に言われて、エルンストの返事が一拍遅れた。
「……今?」
「はい」
「私がお相手いたしましょう!」
グレアムが即座に一歩出た。
「お前が?」
エルンストが露骨に嫌そうな顔をする。
グレアムは大柄だった。エルンストも十分に体格のいい男だが、グレアムはさらに厚い。長年鍛えた身体は年齢を感じさせず、コーネリアと並べば大人と子供ほどの差がある。
「問題ございません」
コーネリアが答えた。
「実戦で相手の体格を選ぶことはできませんので」
「いや、そうだけどさあ……」
エルンストが止めるより早く、コーネリアは訓練場の脇へ向かった。
まず手を伸ばしたのは、防具だった。
騎士の一人が置いていた鎖帷子を持ち上げる。
「待て」
エルンストが言った。
コーネリアが振り向く。
「はい?」
「何してんの?」
「お借りしようかと」
「それを?」
「はい。立ち合いますので」
エルンストが鎖帷子を見る。それからコーネリアを見る。
「それ、重いだろ」
「十キロほどでしょうか」
「着るな」
「ですが」
「着るな」
二度言われた。
コーネリアは少し迷ってから、鎖帷子を元へ戻した。
「では、こちらを」
グレアムが用意させたのは、見習い騎士が訓練で使う革鎧だった。
胴を守る革の胸当てに、肩、肘、膝を保護する防具を付ける。コーネリアが普段訓練で身につけていたものと比べれば、驚くほど軽い。
腕を上げてみる。
肩が引かれない。
膝を曲げる。
脚も軽い。
「……ずいぶん軽いのですね」
「見習い用だからな」
エルンストが答えた。
「立ち合いなら、それで十分だろ」
「はい」
少し頼りない気はしたが、動くには問題ない。
続いてコーネリアは武器置き場へ向かった。
並べられた長剣の前を通り過ぎる。
さらに奥。
壁際に立てかけられていた大型の両手剣を手に取った。
幅広く、厚い刀身。
全長はコーネリアの身長に迫り、重量も十キロ近くある。訓練用に刃は潰されているが、それで軽くなるわけではない。
細い両腕で、それを持ち上げた。
「……ネル」
「はい」
「それ?」
「はい」
「それ使うの?」
コーネリアは不思議そうにエルンストを見た。
「普段はこちらを使用しておりますので」
「普段から?」
「はい」
両手で柄を握る。
腕と肩へ魔力を流す。
重さが消えるわけではない。ただ、その重さを扱えるだけの力を身体に足してやればいい。
構えた瞬間。
グレアムの表情が変わった。
先ほどまでの疑わしげな色が消える。
武器と身体の釣り合いは、どう見ても取れていない。
それなのに、構えだけは違った。
大剣を持たされた小柄な令嬢ではない。
その武器を、何年も振り続けてきた人間の立ち方だった。
「……なるほど」
グレアムが呟いた。
自分も訓練用の長剣を構える。
「では奥様。参りますぞ」
「お願いいたします」
最初の一撃は様子見だった。
それでもグレアムの剣は速い。
コーネリアは受けなかった。
横へ踏む。
同時に腰を回し、大剣を横薙ぎに振る。
腕と肩を強化する。
重い刀身が加速する。
いつもなら、ここで足腰にも強化を回し、鎧の重さと剣の反動を受け止める。
今日は違った。
身体が横へ引かれた。
「――あ」
思わず小さく声が出た。
剣の重さに引かれて、身体がふわりと浮く。
ほんの一瞬。
けれど、明らかに両足が地面から離れた。
着地する。
グレアムが来る。
考えるより先に、コーネリアはもう一度大剣を振った。
今度は反動を止めない。
むしろ脚へ強化を流し、自分から地面を蹴る。
身体が飛んだ。
先ほどより遠くへ。
「なっ――」
グレアムの剣が空を切った。
コーネリアは二歩ほど離れた場所へ着地した。
軽い。
驚くほど。
けれど考えている暇はない。
グレアムが踏み込んでくる。
二撃目。
今度は速い。
まともに受ければ腕力では敵わない。
だから受けない。
大剣の腹を合わせ、相手の剣を滑らせる。
手首に鋭い負荷がかかった。
軽く傷めた。
同時に治癒を流す。
もう次の動作へ移っている。
腰を捻る。
大剣を返す。
肩へ強化。
手首の治癒を終える。
脚へ強化。
踏み込む。
グレアムが受ける。
鈍い音が響いた。
「ほう!」
楽しそうな声が上がった。
押し返される。
抵抗しない。
グレアムの力と大剣の重さに身体を預け、そのまま後方へ跳ぶ。
普段より、ずっと遠くまで身体が運ばれた。
着地。
左膝に負荷。
治癒。
その頃にはもう、次の踏み込みのため右脚へ魔力を集めている。
「ははっ!」
グレアムが笑った。
もう様子を見る気はないらしい。
剣が来る。
コーネリアは低く沈んだ。
巨体の足元へ潜る。
頭上を剣が通り過ぎる。
近すぎて大剣を振れない。
ならば、一度抜ければいい。
脚を強化する。
グレアムの脇を抜ける。
振り向きながら大剣を横薙ぎに振る。
その反動へ、自分から乗る。
身体がまた浮いた。
今度は驚かなかった。
空中で足を引き、着地と同時に方向を変える。
楽だった。
鎧が軽い。
肩も、腰も、脚も、いつもより自由に動く。
鋼鉄の重さを支えるために使っていた魔力を、別のところへ使える。
大剣は相変わらず重い。
けれど、その重さまで自分で支える必要はないのかもしれない。
引かれるなら、引かれる方向へ動けばいい。
大剣を振り下ろす。
グレアムが避ける。
刀身の重さに身体が前へ持っていかれる。
それを止めず、片足を踏み込む。
さらに脚へ強化。
一気に距離を詰める。
グレアムの目が見開かれた。
剣が横から来る。
受けるのではなく、合わせる。
刀身がぶつかる。
右肩に痛み。
治癒。
肘に負荷。
治癒。
その間にも身体を沈める。
グレアムの懐へ潜る。
剣を引く。
重い刀身が身体を後ろへ引く。
ならば、それでいい。
引かれるままに足を離し、後方へ跳ぶ。
距離が空く。
着地するより先に身体を捻る。
足が地面についた瞬間、腰と脚へ強化を集中させた。
再加速。
グレアムが追うより早く、今度は横へ回り込む。
「……何だ、あれ」
エルンストの声が聞こえた。
コーネリアには答える余裕がなかった。
グレアムの剣が迫る。
避ける。
踏む。
振る。
飛ぶ。
着地する。
また踏む。
自分でも知らなかったほど、身体が動く。
今までは大剣を振るたびに、その重さを押さえ込んでいた。
鎧と一緒に身体を地面へ縫い止めて、正しい姿勢を崩さないようにしていた。
けれど今日は、その必要がない。
剣の重さに身体を預ける。
反動を使う。
身体強化で方向だけを選ぶ。
それだけで、今までよりずっと速く動けた。
グレアムの剣が正面から振り下ろされる。
避けきれない。
大剣を合わせる。
衝撃。
両腕が軋む。
正面からでは勝てない。
分かっている。
だから力比べをする必要はない。
腕と肩を強化する。
ほんの一瞬だけ押し返す。
グレアムの重心が後ろへ移った。
その瞬間に力を抜いた。
コーネリア自身は横へ。
大剣の重さに引かれるまま、グレアムの脇を抜ける。
手首を治癒。
身体を回す。
刀身も回る。
グレアムが振り返る。
間に合う。
おそらく受けられる。
ならば、もう一つ。
コーネリアは踏み込む直前、脚へ普段より強く魔力を流した。
身体が跳ねた。
「な――」
グレアムの視線が上がる。
自分でも思っていたより高かった。
巨漢の肩近くまで身体が浮いている。
大剣の重さに引かれながら空中で身体を捻る。
着地。
左足。
膝を強化。
右足を踏み込む。
大剣を返す。
グレアムが追って振り向く。
遅れた。
コーネリアの刀身が、グレアムの肩口で止まった。
静かになった。
コーネリアは少し息を弾ませながら、グレアムを見上げる。
「……一本、でよろしいでしょうか」
数秒。
グレアムはコーネリアを見る。
それから、自分の肩口に止まった大剣を見る。
「見事!」
訓練場中に声が響いた。
コーネリアの肩が跳ねた。
「いや、これは素晴らしい!」
グレアムの目が輝いている。
「まさかここまで身体強化を使いこなされるとは!」
「いえ」
コーネリアは大剣を下ろした。
「腕力ではグレアム隊長に到底敵いませんので。正面から打ち合わず、小手先の技をいくつか使っただけです」
「小手先!?」
グレアムが声を上げる。
「踏み込みのたびに脚部への強化を切り替え、あれだけの大剣の反動まで移動へ利用しておられたでしょう! 最後など、私の肩ほどまで跳び上がられた!」
「今日は鎧が軽かったので」
コーネリアは自分の身体を見下ろした。
革鎧。
軽い。
本当に軽い。
試すように手首を回す。
問題ない。
肘を曲げ伸ばしする。
肩を回す。
腰を捻る。
最後に膝を曲げ、軽く伸ばした。
どこにも異常はない。
「ネル」
エルンストが近づいてくる。
顔が険しい。
「どっか痛めただろ」
「はい」
「やっぱりか。どこだ?」
「右手首と右肩、肘を少し。左膝も一度」
「四か所!?」
「それから腰を一度」
「五か所じゃねえか!」
エルンストが青くなる。
「ちょっと待て。今治せ。今日はもう――」
「治癒は完了しております」
「……は?」
エルンストが止まった。
グレアムも止まった。
ルートヴィヒがコーネリアを見る。
「いつです?」
エルンストが聞いた。
「立ち合いの最中に」
「最中?」
「はい」
コーネリアはもう一度手首を回した。
問題ない。
「二度目に剣を合わせた際に右手首を。次の打ち合いで肩を少し傷めましたので、その後の移動中に治癒しました。左膝は着地の際に。腰と肘も同様です」
グレアムの目が、さらに大きく開いた。
「奥様」
「はい」
「身体強化を行いながら、治癒も?」
「はい」
「戦闘を継続したまま?」
「はい」
「それを同時に?」
コーネリアは少し考えた。
なぜ三度も同じことを聞かれているのだろう。
「そうしなければ、二時間もちませんので」
沈黙した。
エルンストがゆっくり口を開いた。
「……何が?」
「訓練が」
「何で二時間もたせる必要があるんだよ」
「一度の訓練時間が概ね二時間でしたので」
「そうじゃなくて」
エルンストが額を押さえた。
グレアムは完全に別のところへ食いついていた。
「つまり奥様は、身体強化の出力を切り替えながら、損傷した部位へその都度治癒を施しておられたと?」
「はい」
「それを先ほどの立ち合いの間、ずっと?」
「必要な時だけですが」
「なんと……!」
グレアムの顔が、見るからに明るくなる。
「これは素晴らしい! そのお年でこれほど精緻な魔力操作を――」
「待てグレアム」
エルンストが止めた。
「今、そこ褒めるところじゃない気がする」
「なぜです!」
「戦いながら五か所壊して治してんだぞ!」
「いずれも軽度です」
コーネリアが訂正した。
「ネルも今ちょっと黙ってろ」
「はい」
言われたので黙った。
けれど。
もう一度、腕を上げてみる。
軽い。
肩が自由に動く。
膝を曲げても、いつものような重さがない。
先ほどの立ち合いを思い返す。
大剣を振っただけで身体が浮いた。
そこへ脚の強化を合わせれば、もっと遠くへ行けた。
最後はグレアムの肩近くまで跳べた。
しかも。
「旦那様」
「何だよ」
「今日は、とても軽く動けました」
エルンストが黙った。
コーネリアは自分の革鎧を見下ろした。
「鎧が軽いと、これほど違うのですね」
もう一度、訓練場を見る。
先ほど自分が飛んだ距離を目で追う。
「いつもより、傷めた箇所も少なかったです」
エルンストの顔が引きつった。
「少ないの?」
「はい」
コーネリアは頷いた。
「剣の反動も、無理に押さえなければ移動に使えるようです。先ほどは初めてでしたので少し乱れましたが、もう一度でしたら、もう少しうまく――」
言いながら、青銀の瞳がわずかに明るくなる。
グレアムが大きく頷いた。
「私も同感ですぞ!」
「お前は同感するな!」
エルンストが怒鳴った。
「奥様! もう一度お願いできますかな! 次は先ほどの跳躍から、そのまま背後へ――」
「はい。わたくしも試してみたいです」
「駄目!」
即座に止められた。
コーネリアはエルンストを見る。
「治癒は完了しておりますが」
「そういう問題じゃねえ!」
「ですが、先ほどより効率よく動けると思います」
「効率の話もしてない!」
少し残念だった。
顔に出たらしい。
エルンストが頭を抱えた。
その横で、ルートヴィヒが地面に置かれた大剣を見る。
しばらく考えてから、コーネリアへ尋ねた。
「奥様」
「はい」
「そもそも、その剣をお使いになる必要があるのでしょうか」
コーネリアは目を瞬いた。
「と、申しますと」
「奥様の体格に合った、もう少し軽い剣をお使いになれば、身体への負担も減るのでは?」
コーネリアは大剣を見る。
幅広く、重い刀身。
見慣れた武器だった。
「……ですが」
考える。
「わたくしは、ずっとこれしか習っておりませんが?」
今度はルートヴィヒが黙った。
エルンストが大剣を見る。
コーネリアを見る。
もう一度、大剣を見る。
「これを?」
「はい」
「ずっと?」
「はい」
グレアムが感心したように唸った。
「なるほど。だからこそ、これほどの技量に!」
「感心するとこか?」
「もちろんですとも!」
グレアムはすっかり上機嫌だった。
「奥様ほどの体格でこの大剣を自在に扱うには、並大抵の鍛錬では足りますまい!」
「そうでしょうか」
コーネリアにはよく分からなかった。
「公爵家にいた頃は、毎日二時間ほど続けて、鋼鉄鎧を着用して大剣を使う訓練しておりましたので」
静かになった。
今度はグレアムまで黙った。
エルンストがゆっくりコーネリアを見る。
「……毎日?」
「はい」
「鋼鉄鎧って、さっき俺が止めた鎖帷子より重いやつ?」
「はい。全身を覆うものですので」
「それ着て、これ振ってたの?」
「はい」
「二時間?」
「はい」
正確には、二時間続けて動く訓練だ。
あちこちの負荷と身体強化を維持するのは、今のコーネリアではどうしても二時間を連続するので限界だった。
その他の時間は型の訓練や走り込みなど、一日の武芸の訓練の総時間は概ね八時間ほどだった。
それでも何も問題はなかった。
そう説明する。
エルンストが頭を抱えた。
「その身体で?」
コーネリアは少し考えた。
「身体強化を使用しておりましたので」
「いや」
エルンストが額を押さえて天を仰ぐ。
「そうじゃなくてさあ……」
「訓練中に肩や関節を傷めることはございましたが、その都度治癒しておりましたので、一日の訓練には支障ございませんでした」
「だから何で壊れること前提なんだよ!」
コーネリアは言葉に詰まった。
壊れる、というほどのものではない。
その日のうちに治癒できる程度なら、翌日の訓練にも影響はなかった。
「しかし旦那様!」
復活したグレアムが声を上げた。
「これはますます楽しみですぞ!」
「何がだよ!」
「これだけ不利な装備を使いながら、この技量! しかもそのお年で、これほど精緻な身体強化と治癒の同時運用!」
グレアムの目が輝く。
「伸び代しかありませんな!」
「グレアム」
「奥様!」
「はい」
「明日、ぜひ再戦を!」
「はい。今日の動きをもう一度確認したいと思っておりました」
「約束すんな!」
エルンストの怒鳴り声に、コーネリアの肩が跳ねた。
グレアムは楽しそうに笑っている。
「では明日!」
「明日も駄目だ!」
「なぜです!」
「今日五か所痛めてんだぞ!」
「治癒は完了しております」
「ネルはそれを免罪符にするな!」
また言われたので、コーネリアは黙った。
けれど、視線はどうしても訓練場へ戻る。
今日は、本当に動きやすかった。
大剣の重さは変わらない。
自分の身体も変わらない。
ただ鎧が軽くなっただけで、今までできなかったことがいくつもできた。
もう一度なら。
今度は最初から、剣の反動を使える。
最後の跳躍も、もう少し踏み込みを調整すれば――。
「ネル」
エルンストが疑わしそうにこちらを見ていた。
「何考えてる?」
「何も」
反射的に答えた。
「もう一回やりたいと思ってるだろ」
コーネリアは黙った。
「思ってるな?」
「……少しだけ」
「駄目」
「はい」
返事をしながらも、コーネリアはもう一度、自分の手を見る。
剣を握っていた手。
いつもより、ずっと疲れていない。
その事実が、少しだけ嬉しかった。
その横で、ルートヴィヒも大剣を見ていた。
ただし、こちらはまったく別の顔をしている。
「旦那様」
「何?」
「次回までに、奥様の体格に合う装備をいくつか用意させましょう」
エルンストは即座に頷いた。
「頼む」
「大剣もですかな?」
グレアムが口を挟む。
「特に大剣です」
ルートヴィヒは淡々と答えた。
コーネリアだけが、少し不思議そうに三人を見ていた。




