第9話 あんたの忘れられない初恋の人って、誰なの?
結局――
私が口止め料を振り込み、
恒一が泣きべそをかく女の子たちを連れて帰ることで、この騒動はようやく幕を閉じた。
玄関のドアが閉まる。
静まり返ったリビングで、蓮は腕を組み、ドア枠にもたれかかっていた。
私の顔で。
そのくせ、口元には三割ほどの嘲笑と、七割ほどの冷めきった皮肉が浮かんでいる。
「美咲。」
「お前の頭の中って、太平洋でも丸ごと入ってるのか?」
「はぁ?」
私はネクタイをぐいっと緩め、ムッとしながら言い返した。
「私はあんたのためを思ってやったの!」
「じゃなきゃ、あんたがいつまでも私の写真を見ながら……」
――しまった。
言葉の途中で、空気がぴたりと止まる。
蓮の耳が、みるみる赤く染まっていった。
さっきまであれだけ偉そうにしていたくせに、急に視線をそらすと、そのままくるりと背を向けて歩き出す。
「ちょっと、待って!」
私はとっさに彼の手首をつかんだ。
指先に伝わる感触は、驚くほどなめらかで温かい。
……へぇ。
私の肌って、触るとこんな感じなんだ。
そんな場違いなことを考えながら、私は思わず口にしていた。
「ねぇ。」
「あんたの忘れられない初恋の人って、誰なの?」
蓮の肩がぴくりと震える。
次の瞬間、彼は私の手を勢いよく振り払った。
「……お前には関係ない。」
ぶっきらぼうに吐き捨てると、視線だけを窓の外へ向ける。
その横顔は、どこかほんの少しだけ寂しそうに見えた。
「ふーん。」
「言いたくないなら、別にいい。」
「こっちだって、知りたくないし。」
私はわざと肩をすくめてみせた。




