第19話 好きじゃないはずなのに
蓮は遠くにいる私を見つけると、
何か思いついたように目を輝かせた。
そして軽やかな足取りでこちらへ駆け寄ってくる。
「……え?」
次の瞬間。
彼は背伸びをすると、
ためらいなく私の唇へキスをした。
「っ!?」
私は反射的に"彼女"を押し返す。
そして慌てて奏多のほうを向き、しどろもどろに弁解した。
「ち、違う!」
「今のは向こうから急にしてきただけだから!」
「俺は……いや、私は、そんなつもりじゃない!」
「誤解しないで!」
言いたいことだけ言うと、
私はその場から逃げるように立ち去った。
……そのあと二人がどんな話をしたのかは分からない。
ただ一つ分かったのは――
デートから戻ってきた蓮の様子が、まるで別人のようだったこと。
まるで厚い雲に覆われたように、
彼の周囲には重苦しい空気が漂っていた。
以前なら、
私の写真をこっそり見ていたことがバレても、
少し照れくさそうな顔をしながら、
どこか意地っ張りな態度を崩さなかった。
けれど今、その瞳にあるのは、
悔しさと、
どうしようもない切なさだけだった。
私たちの日常も、少しずつ変わっていく。
顔を合わせれば口げんかをしていたあの頃が嘘みたいに、
蓮は急に大人になってしまった。
落ち着いていて、
穏やかで、
以前のように私へ言い返してくることもない。
ある日の役員会議。
私は突然、子どもみたいなわがままを口にした。
「ミルクティー飲みたい!」
「タピオカミルクティーで、タピオカ抜き。甘さ三〇%、ホットね。」
前の蓮だったら、
きっと呆れた顔で、
「面倒くさい注文だな。」
くらいは言ってきたはずだ。
でも今回は違った。
蓮は何も言わない。
ただ静かにスマホを取り出し、
慣れた手つきで注文画面を開く。
そして黙ったまま、
私のためにミルクティーを注文してくれた。
そのあまりにも素直な姿に、
私はかえって戸惑ってしまう。
一方で、奏多からは毎日のようにメッセージが届いていた。
「今日はちゃんとご飯食べた?」
「仕事、無理してない?」
「週末、また会えたら嬉しい。」
画面いっぱいに並ぶ優しい言葉。
それなのに。
私の心は、まるで見えない糸に引っ張られるみたいに、
気づけば何度も蓮のことを考えてしまう。
奏多からのメッセージにも、
返事はどこか上の空だった。
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