第12話 それとも俺の体で男と付き合ってみるか?
「社長ぉ~~。」
私は蓮の低く響く声をわざと引き伸ばして呼んでみる。
……うーん。
喉の奥で何度転がしてみても、やっぱり気持ち悪い。
この声で甘えるのは、どう考えても無理がある。
どうやら蓮も同じことを思ったらしい。
眉をひそめ、露骨に嫌そうな顔を向けてきた。
「……何だ。」
「実はね。」
「神崎 奏多……あ、私の彼氏。」
「今度の土曜日、デートに誘われてるの。」
「断れ。」
返事は一秒だった。
「えっ? なんで?」
蓮はため息をつく。
「今のお前で、どうやってデートする気だ。」
「それとも俺の体で男と付き合ってみるか?」
「新しい趣味でも開拓するつもりか?」
「何それ!」
私は思わずツッコミを入れる。
「そうじゃなくて……
社長が代わりに行ってくれないかなって。」
「…………は?」
蓮の目が大きく見開かれた。
「俺に男とデートしろって言うのか?」
「無茶なのは分かってるよ!」
私は慌てて両手を合わせる。
「でも付き合い始めたばかりなんだもん。
ちゃんと会って、一緒に過ごさないと仲も深まらないでしょ?」
「会えば仲が深まる?」
蓮は鼻で笑った。
「俺たちなんて二十年以上一緒にいるけど、
お前、一度でも俺を好きになったか?」
「……うっ。」
痛いところを突かれた。
でも、それとこれとは話が違う。
「いつ元に戻れるかも分からないのに、
その間ずっと彼を避け続けるなんて無理だよ。」
「せっかくできた彼氏なんだから、
このまま自然消滅なんて嫌なの!」
私は焦って必死に訴える。
蓮は少し黙ったあと、静かに言った。
「本当にお前を好きなら、
少しくらい待てるはずだ。」
「その程度も待てない男なら、
最初からお前には合ってない。」
「なにその理屈!」
私は思わず声を荒げる。
「で、行くの? 行かないの?」
「…………」
蓮は私を真っすぐ見つめる。
そして、一文字ずつ区切るように言い放った。
「行・か・な・い。」
その口調には、一切の譲歩がなかった。
「そう。」
私はにやりと笑う。
「素直に頼んでもダメなら――」
「強行手段しかないね。」
勢いよく立ち上がると、そのまま社長室のドアへ向かった。
「……何をする気だ。」
「試してみる?」
私は振り返り、悪戯っぽく笑う。
「社長の評判、ここで一気に落としてあげようか?」
蓮はソファに座ったまま、
まぶた一つ動かさない。
「好きにしろ。」
「……言ったね?」
私は勢いよくドアを開け放ち、
オフィス中に響く声で叫んだ。
「神宮寺社長は、自分で処理するのが大好きでーーーす!!」
――シン。
一瞬で、フロア全体が静まり返った。
キーボードを叩く音も、
電話のベルも、
何もかも止まる。
社員全員が一斉にこちらを振り向き、
まるで未知の生物でも見るような目で私を見つめていた。
「…………」
やばい。
さすがに恥ずかしい。
私は何事もなかったような顔を作ると、
背筋だけはピンと伸ばしたまま、
ゆっくりと社長室へ戻っていった。




