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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
工場国家ヴォルグ編

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火と水の運び手


 ヴォルグへ続く街道を、一台の馬車が疾走していた。


 車輪が乾いた地面を激しく削り、後方へ大きな砂埃を巻き上げている。


 御者台では、一人のガイスト軍人が手綱を握っていた。


「間もなくヴォルグの外壁が見えます!」


 御者の声が、幌の内側へ届く。


 馬車に乗っているのは、アーヴェル、レテ、ログ、ユノの四人。


 途中でヴォルグの機装獣との戦闘があった。


 予定外の足止め。


 馬車を引く二頭の馬にも、少なからず負担がかかったはずだった。


 それにもかかわらず。


「予定より、かなり早いな」


 ログが幌の隙間から外を覗いた。


「馬の速度も全然落ちてねぇ」


 二頭の馬は、長い距離を走り続けているとは思えないほど力強く地面を蹴っている。


 脚の動きは速く、呼吸にもまだ余裕があった。


 その身体を、淡い橙色の光が包んでいる。


「ユノさんの《暖脈》のおかげですね」


 レテも御者台の向こうへ目を向けた。


「いやぁ、僕だけの力じゃありませんよ」


 ユノは糸のように細い目をさらに細め、柔らかく笑った。


「レテさんが一緒だからこそ、ここまで使い続けられるんです」


 《暖脈》。


 対象の新陳代謝を活発にし、身体能力を引き上げる技。


 血の巡りや筋肉の働きが強まり、普段以上の力と速度を発揮できるようになる。


 その力を受けた二頭の馬は、通常ではあり得ない速度で馬車を引き続けていた。


「便利な技だな、糸目」


 ログが感心したように言う。


「これなら休まず走り続けられるんじゃねぇか?」


「そんなに都合のいい技ではありませんよ」


 ユノが苦笑する。


「新陳代謝が上がるということは、体温の上昇も早くなるということです」


「水分も、普段より多く失われます」


 レテが続けた。


「長時間使えば、熱中症になってしまいます」


「危ないじゃねぇか」


「本来なら短時間だけ使う技ですからねぇ」


 ユノは御者台の後ろから、馬たちの様子を覗き込む。


「僕一人なら、とっくに《暖脈》を解除して休ませていますよ」


 レテも前方へ身を乗り出し、馬たちへ手を向けた。


「水よ」


 指先から淡い水色の光が流れ出す。


 柔らかな水の膜が、二頭の身体を包み込んだ。


 《暖脈》によって上がり続ける体温を、穏やかに冷ましていく。


 同時に、口元へ集まった水が少しずつ流れ込み、失われた水分を補給する。


 冷やしすぎて、身体能力を下げることはない。


 《暖脈》の効果を維持したまま、危険な体温上昇だけを抑えている。


「これで、しばらくは大丈夫です」


 レテが馬たちの呼吸を確かめる。


「体温も水分も安定しています」


「糸目が身体能力を上げて、レテが冷やしながら水を飲ませてるってことか」


「そういうことです」


 ユノが得意げに胸を張った。


「僕の繊細な調整と、レテさんの正確な精霊術があってこその連携ですねぇ」


「自分で繊細って言うのかよ」


「事実ですから」


「気を抜くな、スミスマン」


 アーヴェルの低い声が、馬車の中へ響いた。


「間もなくヴォルグ領内へ入る」


 その一言で、全員の表情が引き締まる。


 今回の任務は、ヴォルグがガイストへ機装獣を送り込んだ証拠を確保すること。


 そして、ヴォルグとカイルの間にどのようなつながりがあるのかを調べること。


 襲撃に使われた機装獣が、本当にヴォルグから送られたものなのか。


 カイルが単独で動いていたのか。


 それとも、ヴォルグの誰かがカイルへ協力していたのか。


 何一つ、まだ確かなことは分かっていない。


「証拠が見つからなければ、ヴォルグを追及することもできない」


 アーヴェルが静かに言う。


「施設へ潜入した後は、二手に分かれる」


 アーヴェルは三人へ順番に視線を向けた。


「スミスマンとフェルメルは、機装獣に関する資料を探せ」


「了解」


「承知しました」


「オーズィラは私と来い。カイルとの接触記録を優先して調べる」


「はい」


 レテは頷き、幌の隙間から前方を見た。


 遠くに、ヴォルグの外壁が見え始めている。


 空へ突き出した無数の煙突。


 街を覆う黒煙。


 冷たい鋼鉄で造られた巨大な城壁。


 精霊と共に暮らすガイストとは、あまりにも違う景色だった。


 その時。


 ドッカァァァンッ!


「なっ――!」


 ヴォルグ内部から、凄まじい爆発音が響いた。


 大地が大きく揺れる。


 馬車も激しく傾き、レテたちは咄嗟に壁や座席を掴んだ。


「どうどう! 落ち着け!」


 御者が慌てて手綱を引く。


 驚いた二頭の馬が足並みを乱した。


「大丈夫です!」


 レテはすぐに馬たちへ水の膜を広げる。


 冷たい水が興奮を和らげ、乱れた呼吸を整えていく。


「落ち着いて。怖くありませんから」


 馬たちの動きが、少しずつ安定した。


「今の爆発は何だ?」


 ログが幌を大きくめくる。


 ヴォルグの奥から、黒い煙が立ち上っていた。


「工場区画の方角ですねぇ」


 ユノが細い目をわずかに開く。


「事故でしょうか?」


「分からん」


 アーヴェルは煙の向こうを見据えた。


「だが、この状況で起きるには出来すぎている」


「僕たち以外にも、ヴォルグへ潜り込んでいる者がいるのかもしれませんね」


 ユノの声から、いつもの軽さが消える。


 その直後。


 ドォォォンッ!


 二度目の轟音が響いた。


 今度は、ヴォルグの外壁そのものが内側から弾け飛ぶ。


 分厚い鋼板と瓦礫が宙を舞い、大量の土煙が立ち上った。


「外壁が……!」


 御者が驚きの声を上げる。


 崩れ落ちた壁には、馬車が通れるほどの巨大な穴が開いていた。


「何をしたら、あんな壁が壊れるんだよ……」


 ログが呆然と呟く。


 ヴォルグの兵士たちは、突然の爆発に混乱していた。


「外壁が破壊されたぞ!」


「侵入者を探せ!」


「工場区画へ増援を回せ!」


「城門の部隊も移動しろ!」


 城門や外壁周辺の兵士が、爆発の起きた方角へ次々と走っていく。


 警備が目に見えて薄くなっていた。


「アーヴェル隊長」


 レテが大穴を見つめる。


「今なら、あそこから入れます」


「ああ」


 アーヴェルは短く頷いた。


「あの穴を誰が開けたのかは分からない。目的も不明だ」


 鋭い視線を、崩れた外壁へ向ける。


「だが、この機会を逃す理由もない」


 御者へ顔を向けた。


「進路を変更しろ。城門ではなく、崩れた外壁へ向かえ」


「了解!」


 御者が手綱を大きく操る。


 馬車は進路を変え、城門から外壁の大穴へ向かって走り始めた。


「全員、しっかり掴まっていてください!」


 馬車が激しく揺れながら加速する。


「フェルメル」


「分かっていますよ」


 ユノが二頭の馬へ手を向けた。


 橙色の光が強まり、馬たちの筋肉が力強く動き始める。


「《暖脈》」


 蹄が地面を強く蹴った。


「オーズィラ」


「はい」


 同時に、レテが水の精霊術を重ねる。


 上がり始めた体温を抑え、水分を補給する。


 二人の力を受けた馬たちは、さらに速度を上げた。


「行きます!」


 馬車は砂埃を巻き上げながら街道を外れ、崩れた外壁へ向かって一直線に駆けていく。


 誰が壁を破壊したのか。


 何のためにヴォルグを襲っているのか。


 今は何一つ分からない。


 ただ、この混乱は潜入するための絶好の機会だった。


 馬車は速度を落とすことなく大穴へ飛び込み、そのままヴォルグ国内へと侵入した。

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