扉の向こう
巨大な扉の向こうから、低い機械音が響いている。
ゴウン。
ゴウン。
まるで、巨大な心臓が脈打っているような音だった。
その音を聞くたびに、アルトの胸の奥が妙にざわつく。
「この先に……」
アルトは扉へ近づいた。
中央には、複雑な制御盤が取り付けられている。
無数のランプが点滅し、見たこともない文字や数値が表示されていた。
「これを止めれば、工場も止まるはずだ」
《砕》を振り上げる。
だが、その手が止まった。
――ギィ。
「……?」
扉の向こうから、かすかな鳴き声が聞こえた。
「今の……」
精霊たちの声とは違う。
幼く、弱々しい鳴き声。
聞いたことなどないはずなのに。
その声を耳にした瞬間、胸の奥が強く締めつけられた。
――ギィ……。
もう一度。
今度は、先ほどよりもはっきりと聞こえた。
「なんだよ……」
アルトは自分の胸元を押さえた。
「なんで、こんな……」
苦しい。
悲鳴を聞いた時とは違う。
どこか懐かしくて。
温かくて。
それなのに、どうしようもなく寂しい。
「……待ってろ」
アルトは《砕》を握り直す。
「今、開けるからな」
制御盤へ向かって振り下ろした。
「砕衝!」
ガァンッ!
火花が散る。
だが、制御盤は壊れない。
「硬いな……!」
もう一度。
ガンッ!
表面がへこみ、いくつかのランプが消えた。
「開け!」
三撃目。
ガァンッ!
内部から激しく火花が噴き出す。
警報音が鳴り響いた。
「収容区画制御装置に異常」
「隔壁機構を停止します」
制御盤から、無機質な声が流れる。
「まだだ!」
アルトは《砕》を大きく振りかぶる。
「開けって言ってんだろ!」
渾身の一撃を叩き込んだ。
バキィンッ!
制御盤が砕け、内部の部品が床へ散らばる。
次の瞬間。
巨大な扉が、重い音を立てながら左右へ動き始めた。
ゴゴゴゴゴ……。
隙間から、青白い光が漏れ出す。
「くっ……!」
眩しさに目を細め、腕で顔を覆う。
やがて光に目が慣れ、少しずつ扉の向こうが見えてきた。
広大な空間。
壁一面を埋め尽くす、無数の配管。
床から天井まで伸びた巨大な機械。
そのすべてが、部屋の中央へ繋がっている。
中央には、巨大な透明容器が設置されていた。
「……。」
アルトは、言葉を失った。
透明容器の中に。
一匹の小さな生き物が浮かんでいた。
白く、柔らかそうな身体。
長い耳のように伸びた突起。
弱々しく閉じられた瞳。
身体には何本もの管が繋がれ、そこから青白い光が絶え間なく吸い出されている。
「なんだよ……これ……」
こんな生き物は知らない。
見たこともない。
記憶の中には、どこにも存在していない。
それなのに。
アルトは目を離すことができなかった。
胸の奥が、どうしようもないほど苦しい。
今すぐ駆け寄らなければならない。
あの管を外してやらなければならない。
今すぐ、あそこから助け出さなければ。
理由など、何一つ分からない。
「なんで……」
声が震える。
「なんで俺……」
透明容器の中で、小さな生き物の瞼がわずかに動いた。
ゆっくりと目が開く。
その瞳が、真っ直ぐアルトを捉えた。
――ギィ。
弱々しい鳴き声が響く。
その瞬間。
アルトの頬を、一筋の涙が伝った。
「……え?」
自分でも、なぜ泣いているのか分からない。
悲しいのか。
嬉しいのか。
それすら分からなかった。
ただ。
目の前の小さな生き物を見ていると、胸の奥から何かが溢れ出しそうだった。
アルトは涙に気づかないまま、透明容器へ向かって一歩踏み出した。




