異端の来訪者②
ジーアスの門を抜けた後。
レテとアルトは、軍事局へ向かっていた。
首都の中は、アルトが想像していた以上の光景だった。
白い石造りの建物が並び、広い通りには多くの人々が行き交っている。
そして、その暮らしのすぐそばには精霊がいた。
店先の灯りでは、小さな火の精霊が揺らめいている。
噴水では、水の精霊が水面を跳ねるように遊んでいる。
荷車の横では、風の精霊が優しく流れを作り、人々の手助けをしていた。
「……。」
アルトは何度も足を止めそうになる。
「すげぇ……。」
小さく呟いた。
「本当に、精霊が普通に暮らしてるんだな。」
その声には、羨ましさよりも純粋な喜びがあった。
レテは横を見る。
彼の周囲からは、やはり精霊が距離を取っていた。
火の精霊は揺らぎながら離れる。
風の精霊は流れを変える。
水の精霊は近づこうとして、すぐに離れていく。
それでも。
アルトは嬉しそうだった。
「……嬉しいんですね。」
レテが尋ねる。
「え?」
「精霊が、あなたを避けているのに。」
アルトは少し考えた。
そして笑う。
「でも、ここにはいるじゃん。」
「俺のところには来てくれなくても。」
「精霊がいる場所に来られたんだから、すごいことだろ。」
レテは黙る。
拒絶されていることより。
精霊が存在していることを喜ぶ。
そんな人間を、彼女は知らなかった。
⸻
街を進むにつれ、周囲の視線が集まり始める。
理由は明らかだった。
レテ・オーズィラ。
ガイストでも名の知られた精霊術師。
その隣にいる、捕縛の腕輪を付けた青年。
腕輪から伸びる長い鎖。
そして、彼の周囲から離れていく精霊。
噂になるには十分だった。
「……あの人は?」
「レテ様が連れているのか?」
小さな声が飛び交う。
しかし、アルト本人は気にしていない。
「なぁレテ。」
「なんですか?」
「あの塔って何?」
「精霊研究施設です。」
「へぇ!」
「あっちは?」
「軍の訓練施設です。」
「すげぇ!」
レテは小さく息を吐く。
「……緊張感はないんですか?」
「あるぞ?」
アルトは真面目な顔で答える。
「楽しみでいっぱいだ。」
レテは思わず黙った。
⸻
その時。
「レテ。」
後ろから声がした。
振り返る。
三人の精霊術師が歩いてくる。
先頭の青年に、アルトの視線が止まった。
短く刈り込まれた髪。
日に焼けたような、ほんのり黒い肌。
服の上からでも分かるほど鍛えられた体。
そして。
鋭い茶色の瞳。
ただ立っているだけで、戦う者だと分かる雰囲気があった。
ログ。
「戻ったか。」
レテが頷く。
「はい。」
ログの視線がアルトへ向く。
捕縛の腕輪。
鎖。
そして、逃げる精霊。
「……説明してもらえるんだろうな。」
低い声。
警戒している。
だがアルトは気にせず笑った。
「こんにちは。」
ログは一瞬、言葉に詰まった。
警戒されていることを理解していないのか。
それとも、本当に気にしていないのか。
⸻
「その腕輪。」
次に声をかけたのは少女だった。
蜂蜜色の髪。
柔らかな雰囲気。
青緑色の瞳が、心配そうにアルトを見る。
「ずっと付けてるの?」
「うん。」
アルトは腕を上げる。
「別に痛くないぞ。」
少女は少し眉を下げた。
「いや、痛いとかじゃなくてさ。」
「普通、嫌じゃない?」
「ずっと鎖ついてるんだよ?」
アルトは少し考える。
「……まぁ、邪魔ではある。」
「でしょ?」
少女は少し安心したように笑った。
「なんかさ。」
「平気そうな顔してるから、気にしてないのかと思った。」
アルトは少し驚く。
この少女は。
危険かどうかを見る前に。
自分がどう感じているかを見ていた。
「俺、アルト。」
「私はフィリア。」
少女は笑う。
「よろしくね。」
「おう!」
⸻
そして。
少し後ろにいた青年が、アルトを見ていた。
黒いくせ毛。
顔に浮かぶそばかす。
どこか自信なさげな表情。
他の二人とは違い、少し距離を取っている。
ヒルト。
彼は精霊を見る。
逃げている。
本当に。
すべての精霊が、アルトを避けている。
(……何なんだ、この人。)
怖い。
けれど。
それ以上に、気になる。
「……。」
ヒルトは何も言わず、ただ観察していた。
⸻
「軍事局へ向かう。」
ログが言う。
レテが頷く。
「はい。」
アルトは前を見る。
その先にある巨大な建物。
ガイストの軍事を支える場所。
「おぉ……。」
また目を輝かせる。
ログはその様子を見て、わずかに眉を寄せた。
(……本当に何者なんだ。)
こうして。
アルトはガイスト軍事局へ向かうことになる。




