異端の来訪者③
軍事局の奥。
重厚な扉の前で、レテは足を止めた。
「ここです。」
アルトは扉を見上げる。
街の建物とは違う。
装飾はほとんどなく、必要なものだけを残したような造り。
ここが、ガイストを守る者たちの場所なのだと分かる。
「尋問されるのか?」
アルトが聞く。
「正確には確認です。」
レテは答える。
「あなたが何者なのか。」
「危険性があるのか。」
「それを判断するためです。」
「なるほど。」
アルトは素直に頷いた。
自分が疑われていることを、必要以上に気にしている様子はない。
怒りもしない。
怯えもしない。
ただ、受け入れている。
その姿に、レテは少しだけ不思議な感覚を覚えた。
普通なら。
自分が危険人物として扱われていることに、何かしらの反応を見せるはずなのに。
この青年には、それがなかった。
⸻
「失礼します」コンコンとノックをし、扉を開ける
中には二人の人物が待っていた。
一人は軍服を纏った男。
黒い髪を後ろへ流したオールバック。
黒檀のような瞳は鋭く、向けられるだけで自然と背筋が伸びる。
一目で分かる。
厳格な人間だと。
アーヴェル・クロイツ。
レテ達が所属する部隊の隊長。
その身体は、ただ鍛え上げられたものではなかった。
長い戦場の中で、攻撃を受け、耐え、仲間を守るために作られた肉体。
鍛錬で得た筋肉ではない。
生き残るために必要なものだけが残った、実戦の身体。
ログのような若々しい力強さとは違う。
この男の強さは、積み重ねた経験そのものだった。
⸻
もう一人は、白い研究服を着た女性。
彼女は椅子に座ったまま、アルトを観察している。
警戒ではない。
興味。
研究者としての純粋な好奇心だった。
「座れ。」
アーヴェルが短く言う。
アルトは素直に椅子へ座った。
レテはその隣に立つ。
⸻
アーヴェルは手元の資料へ目を落とした。
「名前。」
「アルト。」
「姓は?」
「ない。」
「所属は?」
「旅人。」
「目的は?」
「ガイストに来ること。」
「理由は?」
アルトは少しだけ考える。
そして。
「精霊術師になりたいから。」
部屋が静まる。
研究員が顔を上げた。
「……精霊術師に?」
「うん。」
アルトは頷く。
「精霊と一緒に戦ったり、話したりするのって、すごく格好いいだろ?」
その言葉に、レテは少しだけ視線を落とした。
知っている。
この青年が、どれほど精霊に憧れているのか。
そして。
どれほど精霊に拒絶されているのか。
⸻
「オーズィラ。」
アーヴェルが促す。
「報告を。」
「はい。」
レテは村で起きたことを説明する。
魔物との戦闘。
精霊術が使えなくなったこと。
そして。
アルトが一本の杖だけで魔物を倒したこと。
「精霊術なしで?」
研究員が呟く。
「はい。」
「そして。」
レテは少し間を置く。
「精霊が、彼を避けました。」
⸻
アーヴェルの視線がアルトへ向く。
「アルト。」
「はい。」
「自分が精霊に避けられていることを理解しているか?」
アルトは首を傾げる。
「避けられてる?」
沈黙。
研究員の表情が変わる。
「……本当に気付いていないの?」
アルトは困ったように笑った。
「昔からそうだから。」
「近づくと逃げるんだよ。」
「嫌われてるんだと思う。」
レテは何も言えなかった。
違う。
あれは、ただ嫌われているだけではない。
もっと深い。
もっと根源的な何かだった。
⸻
アーヴェルは黙ってアルトを見る。
鉄の精霊と契約し、真名を託された者として。
彼は精霊という存在を知っている。
恐怖。
警戒。
拒絶。
信頼。
精霊が見せる感情を理解している。
だが。
アルトへ向けられるものは、どれとも違った。
精霊そのものが。
本能で距離を取っている。
(……この青年は何者だ。)
アーヴェルは初めて、そう考えた。
見た目だけなら、どこにでもいる旅人。
しかし。
精霊術師の常識では測れない存在だった。




