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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
工場国家ヴォルグ編

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捕まる獅子

白銀の機体から伸びた腕が、ガオンの右腕を掴んだ。


「なっ!」


 続けて、もう一本の腕が左腕を拘束する。


 巨大な鉄の指が、逃がさぬように両腕へ食い込んだ。


「離しやがれ!」


 ガオンは力任せに腕を引く。


 筋肉が膨れ上がり、全身から熱気が噴き出した。


 白銀の腕が、みるみるうちに赤く染まっていく。


「んー!」


 ドクターは操縦席の中で目を輝かせた。


「素晴らしい熱量です!」


「まだ温度が上がっている!」


「このままどこまで上昇するのか、ぜひ確かめたいですねぇ!」


「だったら近くで見てろ!」


 ガオンは両腕を掴まれたまま、白銀の機体の胸部へ蹴りを叩き込んだ。


 ゴォンッ!


 専用機の巨体が、わずかに揺れる。


 だが、両腕の拘束は緩まなかった。


「ちっ……!」


 ガオンはもう一度蹴りを放つ。


 今度は腹部。


 続けて膝を持ち上げ、胸部へ叩きつけた。


 ガァンッ!


「離せっつってんだろうが!」


「んー。元気ですねぇ!」


 ドクターは嬉しそうに笑いながら、手元の計器を操作した。


「ですが、これ以上暴れられて壊れてしまっては困ります。」


「壊れるのはてめぇの方だ!」


「いえいえ。」


 ドクターは首を横に振る。


「私が心配しているのは、あなたの方ですよぉ。」


「あぁ?」


「星詠みほど貴重な研究材料を、ここで壊してしまうなど――」


 肩部分の装甲が開く。


 その内側から、細い噴出口が現れた。


「もったいないではありませんか!」


 プシュゥゥッ!


 白い霧が、ガオンの顔へ吹きつけられた。


「っ!」


 ガオンは咄嗟に息を止め、顔を背ける。


「こんなもん!」


 身体の熱をさらに上げる。


 周囲の空気が激しく歪み、白い霧が触れる前に蒸発していく。


「はっ!」


 ガオンは勝ち誇ったように笑った。


「効くかよ!」


「おやおや。」


 ドクターは残念がるどころか、さらに楽しそうに目を細める。


「蒸発させてしまいましたか。」


「ですが――」


 霧は消えていなかった。


 ガオンの周囲へ広がった蒸気が、熱に反応するように薄い赤色へ変わっていく。


「この鎮静剤は、熱を加えることで気化しやすくなるのですよぉ!」


「なに……?」


 ガオンの表情が変わる。


 息は止めている。


 吸い込まなければ問題ない。


 そう考え、必死に呼吸を堪える。


 だが、先ほど全力の一撃を放ったばかりの身体は、激しく酸素を求めていた。


「ぐっ……!」


 胸が苦しい。


 視界が揺れる。


 耐えきれず、ガオンはわずかに息を吸い込んでしまった。


「んー! 入りましたねぇ!」


「てめぇ……。」


 ガオンは白銀の腕を振りほどこうと暴れる。


 しかし、先ほどまでの力が出ない。


 指先から、少しずつ感覚が失われていく。


「ぐっ……そ……。」


 身体から立ち上っていた熱気も、急速に弱まっていった。


「ガオン!」


 アルトが駆け出す。


 《砕》を構え、ガオンを掴む白銀の腕へ飛び込もうとした。


「来んな!」


 ガオンの怒声が響く。


 アルトの足が止まった。


「でも!」


「こいつは……俺を殺す気はねぇ……!」


「んー! その通り!」


 ドクターは満面の笑みで答える。


「星詠みを壊してしまうなど、もったいない!」


「生きたまま隅々まで調べて!」


「解剖して!」


「また綺麗に縫い合わせて!」


「最高の研究材料になっていただきます!」


「それは殺すよりひどいだろ!」


 アルトが叫ぶ。


「助ける!」


 床を蹴り、白銀の機体へ向かって飛び出した。


 だが、ガオンを拘束していない三本目の腕がアルトへ伸びる。


「っ!」


 アルトは《砕》で腕を受け流した。


 ガァンッ!


 重い衝撃が両腕を襲い、身体ごと横へ吹き飛ばされる。


「ぐあっ!」


 床を何度も転がり、壁へ背中を打ちつけた。


「アルト……。」


 ガオンの声が弱くなる。


「ガオン!」


「精霊を……。」


 瞼がゆっくりと閉じていく。


「助けに行け……。」


「でも、お前を置いていけるか!」


「馬鹿野郎……。」


 ガオンはかすかに笑った。


「ここで二人とも捕まったら……終わりだろうが……。」


 両腕から完全に力が抜ける。


 身体を包んでいた熱も消え、首がゆっくりと垂れ下がった。


「早く……行け……。」


「ガオン!」


 呼びかけに返事はなかった。


 ガオンは白銀の腕に拘束されたまま、完全に意識を失っていた。


「んー! 眠りましたねぇ!」


 ドクターは興奮した様子で計器を確認する。


「心拍、体温、魔力反応、全て正常!」


「実に素晴らしい状態で確保できました!」


「ガオンを離せ!」


 アルトはふらつきながら立ち上がり、《砕》を構える。


 今すぐ助けなければ。


 そう思う。


 今ここで逃げたら、ガオンが何をされるか分からない。


 だが。


『ここで二人とも捕まったら、終わりだろうが』


 ガオンの言葉が、頭の中に残っていた。


 精霊たちは今も助けを求めている。


 自分まで捕まれば、誰も助けられない。


「くそっ……!」


 アルトは奥歯を噛み締める。


 逃げたくない。


 ガオンを置いていきたくない。


 それでも。


 白銀の機体の頭部が、ゆっくりとアルトへ向けられた。


「さて。」


 ドクターは楽しそうに笑う。


「星詠みは確保できました。」


 ガオンを掴んだ二本の腕が持ち上がり、その身体を機体の胸元へ引き寄せる。


「次は――」


 残る二本の腕が、アルトへ向かって広げられた。


「あなたの番ですねぇ。」

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