鉄の人形
馬車は、一定の揺れを刻みながら街道を進んでいた。
荷台の隅では、リオネルが青い顔で俯いている。
その時だった。
ゴー……ゴー……ゴー……。
重く低い音が、外から聞こえてきた。
馬車の車輪とは違う。
地面を擦るような、規則的な音。
アーヴェルが顔を上げた。
「……何の音だ」
全員が会話を止める。
音は、少しずつ近づいていた。
ゴー……ゴー……ゴー……。
ログが荷台から身を乗り出し、進行方向へ目を凝らす。
「ありゃあ、なんだ?」
街道の先。
陽炎の向こうに、いくつもの黒い影が見える。
「人か……?」
ユノがログへ指先を向けた。
「《火眼》」
赤い火の粉が、ログの目元へ吸い込まれる。
「……っ!?」
ログが慌てて目を押さえた。
「てめぇ! 糸目! また勝手に――」
「いいから、何が見えるか伝えてください」
ユノの声から、先ほどまでの軽さが消えていた。
ログは舌打ちする。
「ちっ……。」
ゆっくりと目を開く。
ログの瞳に、薄い赤い光が宿った。
遠くに見えていた黒い影が、熱の輪郭となって浮かび上がる。
「……なんだ、あれ」
「見えましたか?」
「ああ。見えたけど……。」
ログは眉を寄せた。
「人じゃねぇ。」
「数は?」
「六……いや、七体。」
黒い影は、人間に似た形をしていた。
だが、肩幅は異様に広く、腕は膝近くまで伸びている。
「胸の辺りだけ熱い。手足はほとんど冷えてやがる」
「生き物ではなさそうですね」
ユノの笑みが消えた。
アーヴェルが立ち上がる。
「御者、止めろ」
御者が慌てて手綱を引く。
馬がいななき、馬車が大きく揺れながら停止した。
「うっ……。」
リオネルが口元を押さえる。
ログが振り返った。
「リオネルさん、そこで休んでろ」
「戦闘であれば……私も……。」
「今のあんたが出たら、邪魔になるだろ」
「その程度で、私が……。」
リオネルが立ち上がろうとする。
しかし、車輪が石を踏み、荷台が僅かに揺れた。
「うっ……。」
「無理するなって。」
ログが呆れたように言う。
レテも心配そうに、リオネルの肩へ手を添えた。
「リオネルさんは休んでいてください。私たちで対処します」
「レテ殿……。」
「今は戦える状態ではありません」
アーヴェルがリオネルへ視線を向ける。
「申し訳ありませんが、リオネルさんは馬車で待機してください」
「しかし、クロイツ殿――」
「これは命令です」
僅かな沈黙の後、リオネルは悔しそうに座り直した。
「……承知しました、クロイツ殿。」
レテは荷台から降り、腰の《水凪》へ手を添える。
ログも《崩槌》を担いで続いた。
ユノは最後に飛び降りると、街道の先を見つめた。
黒い影は、もう肉眼でもはっきり見える距離まで近づいている。
鉄で作られた、人型の何か。
頭部には目も口もない。
顔があるはずの場所に、細い横一文字の赤い光だけが灯っている。
胸元では、円筒状の部品が高速で回転していた。
ゴー……ゴー……ゴー……。
音の正体は、あれだった。
ログが《崩槌》を構える。
「なんだよ、あの鉄人形は」
「分かりません。」
レテが首を横へ振る。
「ですが、こちらへ向かってきています」
七体の鉄人形が、同時に歩みを止めた。
すべての頭部が、一斉にこちらを向く。
その腕が左右に開いた。
内部から、黒い筒状の部品がせり出してくる。
「武器……でしょうか」
ユノの周囲に、青い狐火が浮かぶ。
アーヴェルが片手を前へ差し出した。
「来い――《不落》」
魔力が渦を巻く。
次の瞬間。
空間を押し潰すような重い音とともに、幅広く分厚い大剣がアーヴェルの手へ収まった。
刃というよりも、巨大な盾を無理やり剣へ仕立てたような姿。
アーヴェルは《不落》を地面へ突き立てる。
「クロイツ隊、戦闘準備」
七つの筒先に、赤い光が集まり始めた。




