ユノ・フェルメル②
アーヴェルは全員を見回した。
「顔合わせは終わりだ。出発する。」
「了解です。」
レテが答えると、ログも渋々と馬車へ向かう。
「先に言っとくけどな。」
ログが振り返り、ユノを指差した。
「任務中にふざけた真似したら、置いてくからな。」
「大丈夫ですよ。」
ユノはにこやかに答える。
「ログ先輩よりは足が速いので、置いていかれても追いつけます。」
「お前、やっぱ喧嘩売ってんだろ!」
「スミスマン。」
「……はい。」
アーヴェルに睨まれ、ログは大人しく荷台へ乗り込んだ。
レテもその後へ続く。
リオネルがレテへ手を差し出した。
「足元にお気をつけください、レテ殿。」
「ありがとうございます、リオネルさん。」
その手を借りて馬車へ上がる。
続いてユノも乗ろうとしたが、リオネルはすでに手を戻していた。
ユノが細い目をさらに細める。
「僕にはないんですね。」
「フェルメル殿なら問題ないでしょう。」
「なるほど。」
ユノは軽やかに荷台へ飛び乗った。
向かいに座っていたログが眉を寄せる。
「なんだ、その顔。」
「いえ。リオネルさんって、分かりやすい方なんだなと思いまして。」
「何がですか?」
レテが尋ねる。
「こちらの話です。」
ユノは笑顔のまま答えた。
リオネルが僅かに咳払いをする。
「そろそろ出発のようですね。」
御者が手綱を鳴らす。
馬車がゆっくりと動き始め、軍事局の正門が遠ざかっていった。
荷台にはしばらく、車輪が地面を転がる音だけが響く。
先に沈黙を破ったのはログだった。
「お前、何ができるんだ?」
「随分と直接的ですね。」
「使えねぇ奴を守りながら戦うのは面倒なんだよ。」
「ログ。」
「任務なんだから確認は必要だろ。」
レテは否定できず、ユノへ視線を向けた。
ユノは気を悪くした様子もなく、指先を立てる。
その上に、小さな青白い火が灯った。
「僕は火属性ですが、火力にはあまり期待しないでください。」
「火属性なのにか?」
「燃やすだけが火ではありませんから。」
狐火がユノの指先から離れ、荷台の中をゆっくりと飛ぶ。
「固有術は《狐火》。光と熱の揺らぎで、姿や距離を認識しにくくします。先ほど使ったものですね。」
「戦場で俺たちを隠せるのか?」
「全員を長時間となると難しいですが、敵の狙いを逸らす程度なら。」
「便利そうですね。」
レテが狐火を目で追う。
炎は近くにあるのに、熱さをほとんど感じない。
「ほかには《活火》。」
ユノが今度はログへ手を向けた。
淡い火の粉がログの胸へ入り込む。
「おい、勝手に――」
ログが立ち上がりかけ、動きを止めた。
「なんだ、これ。」
「身体の内側から熱を巡らせています。血流や代謝を高めて、身体能力を一時的に引き上げる術です。」
ログが拳を握る。
腕や肩へ力が満ちていく感覚があるのか、何度か指を開閉した。
「悪くねぇな。」
「でしょう?」
ユノが得意げに笑う。
「僕がいれば、ログ先輩も少しは素早く動けます。」
「少しは余計だ!」
「効果を切りましょうか?」
「切るな。」
「素直でよろしいです。」
「てめぇ……。」
レテは思わず小さく笑った。
「治療にも使えるんですか?」
「傷を塞ぐことはできません。」
ユノがレテへ顔を向ける。
「ですが《暖脈》で身体を温め、衰弱を抑えられます。レテ先輩の《治癒》と合わせれば、治療の効率も上がるはずです。」
「それは助かります。」
「それと《火眼》があります。」
「火眼?」
ユノは閉じた目元へ指を添えた。
「熱を見る術です。暗闇や煙の中でも、生き物の位置を探れます。」
「お前、目を閉じたまま見えるのか?」
ログが尋ねる。
「必要な時は開けますよ。」
「今開けてみろ。」
「嫌です。」
「なんでだよ!」
「恥ずかしいので。」
「絶対嘘だろ。」
ユノは楽しそうに笑う。
だが、アーヴェルは表情を変えなかった。
「フェルメル。」
「はい。」
「今回の任務は、お前の復讐ではない。」
荷台の空気が変わった。
ユノの笑顔は消えなかった。
それでも、漂っていた狐火が一瞬だけ大きく揺れる。
「承知しています。」
「命令を無視し、一人で動けば即座に任務から外す。」
「はい。」
「バルガスがお前を預けたのは、仇を討たせるためではない。」
ユノはしばらく黙っていた。
「……分かっていますよ。」
いつもと同じ柔らかな声だった。
けれど、その言葉だけは少し低かった。
「僕は皆さんを支援します。それが今回の役目ですから。」
再び浮かべた笑顔を、レテは黙って見つめる。
先ほどまでと変わらない、穏やかな表情。
だがその奥には、まだ消えていない火がある。
そんな気がした。




