ユノ・フェルメル
出発の準備を終えたレテたちは、軍事局の正門前に集まっていた。
用意された馬車の傍には、アーヴェル、ログ、リオネルの姿がある。
今回、臨時で隊へ加わるという精霊術師だけが見当たらない。
「隊長、そいつはどこにいるんですか?」
ログが周囲を見回しながら尋ねる。
「もう到着しているはずだが……。」
アーヴェルも辺りへ視線を巡らせた。
バルガス隊の唯一の生き残り。
仲間の仇を討とうと、単独でヴォルグへ向かおうとして謹慎を受けた者。
レテも話だけは聞いていた。
「遅刻でしょうか。」
リオネルが静かに口を開く。
「謹慎中の身で遅刻となれば、感心はできませんね。」
「単独でヴォルグに行こうとした奴だろ?」
ログが腕を組んだ。
「またどっかで問題でも起こしてんじゃねぇですか。」
「まだそうと決まったわけではありませんよ、ログ。」
「けど、いねぇだろ。」
「それはそうですが……。」
レテも周囲を見回す。
正門を出入りする兵士。
荷物を運ぶ職員。
馬車の横に積まれた木箱。
それらしい姿はどこにもない。
「私にも見当たりませんね、レテ殿。」
リオネルが隣から声をかける。
「はい。ですが……。」
レテは馬車の横へ目を向けた。
風はほとんどない。
それなのに、何もない空間だけが僅かに揺らいでいる。
暑い日に見える陽炎のようだった。
「……。」
「どうかしましたか、レテ殿。」
「そこに、何かいる気がします。」
レテが揺らぎを指差す。
ログが目を凝らした。
「何もいねぇぞ。」
「私にも見えません。」
リオネルも首を傾げる。
アーヴェルだけが、僅かに眉を動かした。
「……フェルメル。」
名前が呼ばれた瞬間。
何もなかった空間に、青白い炎が一つ浮かび上がった。
続けて二つ。
三つ。
小さな炎が狐のように跳ね回る。
そのたびに景色が大きく歪み、隠れていた人影が少しずつ姿を現した。
「ここです。」
柔らかな声とともに、一人の青年が現れる。
ログたちより少し年下に見えた。
赤茶色の髪は軽く跳ね、細く閉じた目元には穏やかな笑みが浮かんでいる。
黒い軍服を少しだけ着崩し、周囲には青白い狐火を漂わせていた。
ログが口を開けたまま固まる。
「……いつからいた。」
「皆さんが来る前からですよ。」
「だったら最初から出てこい!」
「どのくらいで気づいていただけるのか、少し興味がありまして。」
「俺たちで遊んでやがったのか?」
「そんなつもりはありませんよ。」
青年は笑顔のまま首を振る。
「実力を確認させていただいただけです。」
「それを遊んでるって言うんだよ!」
「ログ。」
レテが二人の間へ入る。
「落ち着いてください。」
「こいつ、初対面で俺を馬鹿にしやがったぞ!」
「馬鹿にはしていませんよ。」
青年は穏やかに答える。
「ログ先輩は、最後まで気づきませんでしたけど。」
「てめぇ……!」
「スミスマン。」
アーヴェルの低い声が響いた。
ログは不満そうに睨みながらも、拳を下ろす。
アーヴェルは青年へ向き直った。
「ユノ・フェルメルだな。」
「はい。」
ユノは胸へ手を当て、軽く頭を下げた。
「本日より、臨時でクロイツ隊の指揮下に入ります。」
「私はリオネル・アクアリスです。」
リオネルが一歩前へ出る。
「今回の任務では、共に行動することになります。よろしくお願いします、フェルメル殿。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。リオネルさん。」
ユノは糸目のまま柔らかく笑った。
次に、レテが手を差し出す。
「レテ・オーズィラです。よろしくお願いします、ユノ。」
「はい。よろしくお願いします、レテ先輩。」
ユノはその手を握る。
「皆さんのお役に立てるよう、精一杯支援させていただきます。」
「最初から邪魔してただろうが。」
「ご挨拶ですよ、ログ先輩。」
「そんな挨拶があるか!」
再び怒鳴るログを見て、ユノは楽しそうに笑った。
人当たりは柔らかい。
口調も穏やかだ。
だが、言葉の端々には遠慮がない。
レテは笑顔を返しながら、内心で小さく思う。
この後輩は、見た目ほど大人しくはなさそうだ。




