精霊術師と奇妙な旅人⑤
翌朝。
森へ差し込む朝日で、アルトは目を覚ました。
「……ん。」
身体を起こす。
昨日の疲れが残っているはずなのに、目覚めは妙に軽かった。
隣では、すでにレテが荷物をまとめている。
「おはよう。」
「……おはようございます。」
昨日までなら返事すら返ってこなかった。
それだけのことなのに、アルトは少し嬉しそうに笑う。
「今日はジーアスまで行くのか?」
「はい。」
レテは頷く。
「昼を過ぎる頃には到着する予定です。」
「本当か!?」
アルトの目が輝く。
「やっとかぁ……。」
その様子に、レテは少しだけ呆れる。
まるで遠足を楽しみにしている子どものようだった。
「出発しますよ。」
「おう!」
アルトは立ち上がる。
腕には捕縛の腕輪。
そこから伸びた長い鎖は、変わらずレテの手元へ繋がっている。
「……これ、やっぱり歩きにくいな。」
アルトが鎖を見る。
「外してもらうことは?」
「ありません。」
「即答だな。」
「当然です。」
「ですよねー。」
アルトは苦笑する。
不満そうではあるが、連れていかれること自体には文句を言わない。
ただ、拘束されていることだけが気に入らないらしい。
レテはそんな彼を見て、少しだけ不思議に思った。
普通なら、ここまで自由を奪われれば怒る。
だがアルトは、鎖を気にしながらも、目的地へ向かえることの方を喜んでいた。
⸻
森を抜けると、景色が変わった。
整えられた街道。
広がる畑。
遠くに見える白い建物。
そして。
人々の暮らしの中にいる精霊たち。
畑では、水の精霊が静かに水を与えている。
荷車の横では、風の精霊が荷物を押すように流れを作っている。
家々の屋根では、小さな火の精霊が灯りの代わりに揺らめいていた。
「……。」
アルトは何度も足を止めそうになる。
見るものすべてが新鮮だった。
自分には近づいてくれない存在。
それでも。
精霊たちは、この国では当たり前のように人々と共に暮らしている。
「すげぇな……。」
アルトが小さく呟く。
レテは横目で見る。
「嬉しいんですか?」
「うん。」
迷いのない返事だった。
「だって、精霊がいるんだぞ。」
アルトは笑う。
「俺のところには来てくれないけどさ。」
その言葉に、レテは少しだけ胸が痛んだ。
普通なら、諦める。
嫌われていると思う。
なのに。
アルトは精霊を恨んでいない。
ただ、いつか仲良くなりたいと思っている。
それが不思議だった。
⸻
昼を少し過ぎた頃。
街道の先に、巨大な城壁が見えてきた。
灰白色の壁。
空へ伸びる塔。
その周囲を舞う無数の光。
精霊国家ガイストの首都。
ジーアス。
アルトは足を止めた。
「……。」
言葉が出ない。
遠くからでも分かる。
あの街には、今まで見たことのないほど多くの精霊がいる。
火。
水。
風。
土。
様々な光が街を包んでいる。
「これが……。」
アルトは目を輝かせる。
「ジーアス……。」
「はい。」
レテは頷く。
「ここが、精霊術師たちが集まる場所です。」
アルトはしばらくその景色を眺めていた。
長い旅の先。
ずっと憧れていた場所。
絵本の中でしか知らなかった世界。
それが今、目の前にある。
「……来てよかった。」
ぽつりと呟く。
その横顔を見て、レテは静かに思った。
精霊に拒絶される異質な存在。
なのに。
誰よりも精霊を大切に思っている少年。
やはり、この人のことが分からない。
けれど。
昨日までとは違う感情が、少しだけ芽生えていた。
警戒だけではない。
興味。
そして、ほんの少しの期待。
「行きましょう。」
レテが歩き出す。
「はい!」
アルトも笑顔で続く。
長い鎖を引かれながら。
精霊国家ガイストの中心へ向かって。




