精霊術師と奇妙な旅人④
「ん?」
「本当に知らなかったんですね。」
「え?」
アルトが首を傾げる。
レテは小さく息を吐いた。
「あなたが助けた村。」
「そして、そこへ向かう途中で歩いていた森。」
「すでにガイスト領内です。」
「…………」
アルトの表情が止まった。
数秒。
何度か瞬きをする。
「……え?」
「もう一度言います。」
レテは淡々と告げる。
「あなたは、村へ着いた時点ですでに精霊国家ガイストへ入っていました。」
「…………」
アルトは焚き火を見る。
それから自分を見る。
そして、ぽつりと言った。
「俺……。」
「もうガイストにいたの?」
「はい。」
「…………」
沈黙。
次の瞬間。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
アルトの叫び声が森へ響き渡った。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
近くの木々にいた小さな精霊たちが、驚いたように姿を消していく。
「うるさいです!」
レテが思わず怒る。
「あ、ごめん!」
アルトは慌てて口を押さえた。
しかし、もう遅い。
周囲から精霊の気配が完全に消えていた。
レテはその様子を見て、静かに目を細める。
(やはり……。)
アルトが近くにいると、精霊は逃げる。
それは村で確認したことだった。
しかし。
今、改めて確信する。
これは単なる偶然ではない。
ガイストには、精霊による警戒網が存在する。
森や街道にいる精霊たちが周囲を見守り、異常があればすぐに術師へ知らせる。
それが、この国を守る仕組み。
だから本来なら。
アルトが国境を越えた時点で、何かしらの反応があるはずだった。
だが。
何も起きなかった。
理由は分かっている。
精霊がいなくなったからだ。
アルトが近づいたことで、警戒を担当していた精霊たちが逃げてしまった。
結果。
結界は正常に機能しなかった。
(……この人は。)
(精霊の力を奪っているわけではない。)
(ただ、精霊が近づけない。)
それが余計に異常だった。
「どうした?」
アルトが不思議そうに顔を覗き込む。
「……いえ。」
レテは首を振る。
「なんでもありません。」
「そっか。」
アルトはそれ以上気にしなかった。
そして、少し嬉しそうに笑う。
「でも……。」
「もうガイストにいるんだよな。」
「はい。」
「すげぇな。」
アルトは夜空を見る。
「ずっと来たかった場所だったのに。」
その声には、純粋な喜びがあった。
「精霊術師がいっぱいるんだろ?」
「世界でも有数の精霊術師が集まっています。」
「楽しみだなぁ。」
レテはそんなアルトを見つめる。
精霊に拒絶される存在。
それなのに。
誰よりも精霊を求めている。
その矛盾が、どうしても理解できなかった。




