精霊術師と奇妙な旅人③
夕日が森の向こうへ沈み、辺りは茜色からゆっくりと群青へ染まり始めていた。
レテは足を止める。
「今日はここで野営にします。」
「え? もう?」
アルトは空を見上げた。
「まだ歩けそうだけど。」
「夜の森は危険です。街道とはいえ、魔物が出ない保証はありません。」
「なるほど。」
アルトは素直に頷いた。
レテは荷物を下ろし、小さな魔具を取り出す。
火打ち石ほどの大きさしかないその魔具へ魔力を流し込むと、小さな火が灯る。
集めた薪へ火を移すと、やがて焚き火が静かに燃え始めた。
精霊術ではない。
人の手で作られ、人の魔力だけで動く生活用の魔具。
長い年月をかけて改良され、今ではどこの家庭にもある、ごく当たり前の道具だった。
一方その頃、アルトは鎖を引きずったまま森へ入り、両腕いっぱいに薪を抱えて戻ってきた。
「これくらいあれば足りる?」
「……十分です。」
その量にレテは少し驚く。
薪の乾き具合まで選ばれていた。
(慣れている……。)
野営そのものには、随分と慣れているらしい。
二人は焚き火を挟んで腰を下ろす。
レテは保存食を取り出した。
固い黒パンと干し肉。
最低限の携行食だ。
「それだけ?」
アルトが目を丸くする。
「足りるのか?」
「これで十分です。」
「へぇ。」
アルトは荷物をごそごそと漁ると、干し肉や木の実、それに森で採ってきた食べられる山菜を並べた。
「ほら。」
「……?」
「よかったら食べる?」
レテは少し警戒した目で山菜を見る。
「毒は?」
「ないない。」
アルトは笑う。
「ちゃんと食えるやつだけ採ってきたから。」
少し迷ったあと、レテは小さく口へ運ぶ。
「……。」
普通に美味しかった。
「でしょう?」
どこか誇らしげに笑うアルトを見て、レテは少しだけ拍子抜けする。
本当に悪意が見えない。
危険なのは間違いない。
それでも、悪人にはどうしても思えなかった。
しばらく静かに食事を続けていると、アルトがぽつりと口を開いた。
「なぁ。」
「なんですか。」
「精霊術師って、やっぱりすげぇな。」
レテは顔を上げる。
「昼間も思ったけどさ。」
「精霊と一緒に戦えるんだろ?」
「……はい。」
アルトは焚き火を見つめながら笑った。
「俺、小さい頃から憧れてたんだ。」
「憧れ?」
「絵本。」
照れくさそうに頭をかく。
「精霊術師が精霊と一緒に旅したり、困ってる人を助けたりする話がいっぱいあってさ。」
「めちゃくちゃ格好よかった。」
「だから、いつか俺も精霊術師になりたいって思ってた。」
レテは黙って聞いていた。
「でもさ。」
アルトは苦笑する。
「近づくと逃げられるんだよな。」
「話しかけても逃げるし。」
「触ろうとしたらもっと逃げる。」
「なんでなんだろ。」
その笑顔は、どこか寂しそうだった。
「だからガイストへ来た。」
「精霊術師の国なら、理由が分かるかもしれないと思って。」
「もし理由が分かって、いつか一体でも友達になれたら。」
アルトは焚き火の向こうを見つめる。
「それだけで十分なんだけどな。」
レテは返す言葉を失っていた。
精霊を利用したいからではない。
力が欲しいからでもない。
ただ、友達になりたい。
そんな理由で精霊術師を目指す者を、レテは初めて見た。
だからこそ、余計に分からない。
どうして精霊たちは、この青年だけをここまで拒絶するのか。
しばらく無言が続いたあと、アルトが顔を上げる。
「そういえばさ。」
「なんですか。」
「ガイストって、あとどれくらいなんだ?」
レテは少しだけ目を瞬かせた。
「……もうガイストです。」




