切先の丸い剣
◇ ◇ ◇
ガッ!
「……ぐっ!」
アルトの身体が、後方へ弾かれた。
石畳を滑りながら、どうにか踏みとどまる。
「……はぁっ……はぁっ……!」
両腕が痺れていた。
素手で鉤爪を相手にする以上、少しでも判断を誤れば深手を負う。
それでも。
「……まだだ!」
アルトが拳を握り直した。
「いやぁ、元気っすねぇ!」
ミュゼが笑う。
金色の鉤爪を構え、僅かに腰を落とした。
「……俺も、そろそろ決めたいんすけど!」
「だったら、やってみろよ!」
ダンッ!
二人が同時に地面を蹴った。
アルトの拳。
ミュゼの鉤爪。
互いの攻撃が、相手へ届こうとした。
その瞬間。
カンッ!
「…………っ⁉︎」
乾いた音が響いた。
アルトの拳が、止まった。
ミュゼの鉤爪も。
同時に。
「…………は?」
アルトが目を見開いた。
いつの間にか。
二人の間に、一人の女性が立っていた。
その手には、銀色の長剣。
左右へ広がる鍔。
黒い柄。
そして。
僅かに丸くなった切っ先。
女性は、その剣を使って、二人の攻撃を受け止めていた。
「あらあら」
柔らかな声が響いた。
「二人とも、もうおしまいにしましょう?」
「…………」
アルトの口が、僅かに開く。
「……パメラ……様?」
「ふふっ」
パメラが微笑んだ。
「こんにちは、アルト君」
「……え?」
理解が追いつかなかった。
先ほどまで、確かにミュゼを見ていた。
攻撃を避けることだけを考えていた。
なのに。
パメラが近づいてきたことに、まったく気づかなかった。
「……いつから……?」
「あら?」
パメラが首を傾げる。
「ついさっきよ?」
「……いや、そうじゃなくて……!」
アルトが慌てて首を振る。
「今、どうやって……!」
「ふふっ」
パメラは、小さく笑うだけだった。
一方。
「…………」
ミュゼは、動かなかった。
鉤爪を握ったまま、目の前の女性を見つめている。
先ほどの一瞬。
確かに、自分は攻撃していた。
狙いも。
間合いも。
間違えていなかった。
それなのに。
気づいた時には、攻撃を止められていた。
(……なんすか……この人……)
ミュゼの頬を、汗が伝った。
「……あの」
ようやく、口を開く。
「……どいてもらっても、いいっすか?」
「あら」
パメラが困ったように笑った。
「それは困るわ」
「……え?」
「だって、二人とも怪我をしているでしょう?」
優しい声音。
責めるような響きは、どこにもなかった。
「だから、もうおしまい」
「…………」
ミュゼは、返事をしなかった。
もう一度、鉤爪を構えようとする。
だが。
その手が、止まった。
パメラは、何もしていない。
剣を構えてすらいない。
ただ、穏やかに微笑んでいるだけ。
なのに。
(……無理っすね……)
ミュゼは、ゆっくりと息を吐いた。
自分が、どれだけ速く踏み込もうと。
どこを狙おうと。
この女性には、届かない。
そんな確信だけがあった。
「……参ったっす」
鉤爪を下ろす。
「……これじゃ、続けられないっすね」
「ふふっ。ありがとう」
パメラが微笑んだ。
そして、アルトへ振り向く。
「アルト君も、いいわね?」
「…………」
アルトは、答えられなかった。
ただ。
パメラの持つ長剣を、呆然と見つめていた。
「……パメラ様って……」
「ん?」
「……強いんですか?」
「あら」
パメラが、少しだけ頬を膨らませる。
「失礼ねぇ」
「あっ! いや! そういう意味じゃなくて!」
「ふふっ。分かっているわ」
パメラが笑う。
いつもの笑顔だった。
優しくて。
穏やかで。
少し、お茶目な。
アルトの知っているパメラ。
それなのに。
(……全然、分かんなかった……)
アルトが拳を握る。
戦う前なら。
きっと、思いもしなかった。
この人が。
あのグウェンと肩を並べるほどの実力者だなんて。
「……あれ?」
アルトが、ふと顔を上げる。
「……その剣、先っぽが丸いですね」
「あら、よく気づいたわね」
パメラが、長剣へ視線を落とした。
「亡くなった夫がね、杖代わりに使っていたの」
「……杖?」
「ええ。抜き身のまま、地面について歩いていたのよ」
「…………」
アルトが、剣を見つめる。
丸くなった切っ先。
そこには、何度も地面を突いた痕跡が残っていた。
「……剣を、杖に……?」
「何度注意しても、聞いてくれなくてね」
パメラが、懐かしそうに笑う。
「気づいたら、こんな形になっていたの」
「……変な旦那さんですね」
「ふふっ。本当にね」
そう答えるパメラの声は。
どこまでも、優しかった。
アルトは、もう一度彼女を見つめた。
目の前にいるのは。
自分の知っている、優しい女王様。
けれど。
先ほど、たった一度だけ見せた動き。
その意味を、アルトは理解し始めていた。
(……俺とミュゼの攻撃を……)
二人同時に。
しかも、傷一つ負わずに。
(……止めただけ……?)
パメラは、戦ってすらいなかった。
ただ。
争いを止めに入った。
それだけだった。
「……アルト君?」
パメラが、首を傾げる。
「どうかした?」
「……いえ」
アルトは、ゆっくりと首を横に振った。
「……何でもないです」
「そう?」
パメラは、いつものように微笑んだ。
「それなら、よかった」
その手には。
切っ先の丸くなった、一振りの長剣。
そして。
彼女の前では。
アルトも。
ミュゼも。
もはや、戦うという選択肢すら浮かばなかった。




