御伽話の通り
グウェン。
その名を聞いても、レテたちは何も答えられなかった。
ただ、目の前の男を見つめることしかできない。
そんな中。
「…………あ」
フィリアが、小さく声を漏らした。
丸い鼻。
そして、逆立った三日月型の髭。
その顔を、どこかで見たことがあった。
「……嘘……」
記憶が蘇る。
アルトが持っていたもの。
布に包まれた。
あの、生首。
「……同じ……顔……?」
フィリアの頬から、血の気が引いた。
間違いない。
目の前に立つ男は。
あのとき見た、生首の男と同じ顔をしていた。
「……なん……」
隣で、ヒルトが口を開いた。
声が震えていた。
「……なんなんだよ……お前ら……」
かつてないほど、弱々しい声だった。
それでも。
ヒルトは、目の前の男から視線を逸らさなかった。
(……っ! ヒルト!)
ログの心臓が跳ねた。
(喋るな……!)
全身に、再び冷たいものが走る。
(殺される……!)
先ほどの殺気。
身体が覚えている。
あの男の機嫌を損ねれば。
今度こそ、本当に。
「お?」
グウェンが、ヒルトへ顔を向けた。
「お前、よう喋れるのぉ!」
「…………っ!」
ヒルトの肩が跳ねた。
グウェンは、感心したように目を細める。
「ナッハハハハ! 大したもんじゃ!」
だが。
その笑い声に、誰も笑わなかった。
そして。
「……あなたも……」
別の声が響いた。
ユノだった。
包帯を巻いた両脚を震わせながら、顔を上げている。
「……あなたも……アルトさんを殺そうと……?」
静寂。
グウェンの笑い声が、止まった。
「…………」
ユノは唇を噛み締める。
怖くないわけではない。
むしろ。
今すぐ逃げ出したかった。
それでも。
アルトの名を口にせずには、いられなかった。
「……へぇ」
少し離れた場所で、エルネが呟いた。
その目が、僅かに細くなる。
あの殺気を浴びた直後に。
それでも、問いを投げかけた。
しかも。
自分の身ではなく、仲間のことを。
「…………」
エルネは、感心したようにユノを見つめていた。
「……やるじゃん」
その近くから、声がした。
ノエルだった。
エルネとの戦闘で負った傷を押さえながら、ゆっくりと歩いてくる。
足取りは重い。
それでも、口元には強気な笑みが浮かんでいた。
「……あんなもん食らって、まだ喋れるなんてさ」
「…………」
ユノは、声の主を見上げた。
先ほどまで、エルネと戦っていた少年。
その名前すら、まだ知らなかった。
「……にしても、何なの? あのおっさん」
ノエルが、グウェンを睨む。
「おや」
エルネが、小さく笑った。
「君も随分と元気だね」
「……うっさいな、おじさん」
ノエルが顔を顰める。
「……元気なわけないでしょ」
額から汗が垂れた。
強気な口調とは裏腹に、膝は震えている。
先ほどの殺気が。
まだ、身体の奥に残っていた。
「……でもさ」
ノエルが、小さく呟く。
「……だからって、黙ってるのも癪じゃん」
エルネは、僅かに目を細めた。
「……なるほどね」
そのとき。
「……はぁっ……はぁっ……!」
荒い呼吸が聞こえた。
ザッ。
レテたちの前へ、一人の騎士が歩み出る。
傷だらけの鎧。
兜はなく、露わになった顔には疲労の色が濃かった。
「……リオネルさん……!」
レテが目を見開いた。
リオネルだった。
鎧のあちこちは傷つき、血が滲んでいる。
剣を握る手も、僅かに震えていた。
それでも。
リオネルは、レテたちを背に庇うように立った。
「……はぁ……はぁ……」
剣を持ち上げる。
その切っ先が、グウェンへ向けられた。
「……貴様ら……」
息を整える間もなく、問いかける。
「……何者だ……」
「だから、不死隊だっての」
横合いから、呆れた声が飛んだ。
ドーマだった。
派手な衣服は裂け、身体のあちこちに傷が刻まれている。
その姿を見て。
「おぉ!」
グウェンが嬉しそうに声を上げた。
「ドーマ! また派手にやられとるのぉ!」
「うるせぇな!」
ドーマが顔を顰める。
「誰のせいで、こんなことになってると思ってんだ!」
「ナッハハハハ!」
グウェンが腹を揺らして笑う。
「いやぁ、元気そうで何よりじゃ!」
「……ったく!」
ドーマが舌打ちした。
そのやり取りを前に。
リオネルは、剣を下ろさなかった。
「…………」
グウェンが、ようやく彼へ視線を戻す。
「それにしても……」
口元を吊り上げた。
「騎士の兄ちゃん。わしに剣を向けるたぁ……中々いい根性している!」
「…………っ!」
リオネルの指先に、力が籠もる。
だが。
踏み込めない。
剣を向けている。
ただ、それだけで。
全身が悲鳴を上げていた。
「……アルトに用があるんじゃないの?」
不意に、セラが口を開いた。
「ん?」
グウェンが振り向く。
「おお! そうじゃった!」
「……アルトなら、あっちやで」
フーガが《龍憑》を肩に担いだまま、顎をしゃくった。
その先。
離れた場所で、アルトとミュゼが戦っている。
「……アルト君……!」
レテが、顔を上げた。
そして。
立ち上がろうとした。
「……ぐっ!」
右肩に激痛が走る。
足に力が入らない。
そのまま、膝が石畳へ落ちた。
「……レテ」
ガオンが、苦しげに声をかける。
「無理だ。動かない方がいい」
「……でも……!」
レテが顔を上げる。
「……アルト君を……助けに行かないと……!」
震える腕で、地面を押す。
しかし。
身体は、持ち上がらなかった。
「…………」
リオネルは、その姿を横目に捉えた。
そして。
再び、グウェンへ剣を向ける。
何も言わない。
ただ、レテたちの前から退こうとはしなかった。
「……それにしてもよぉ」
ゲンザが、遠くを眺めながら口を開いた。
「ミュゼとやり合ってるが……どっちが勝つかねぇ」
「おっ!」
ドーマが、にやりと笑った。
「賭けようぜ!」
「……あ?」
「俺ぁ、アルトだ!」
「…………」
バルドが、ぼそりと呟く。
「……俺も」
「おい!」
ドーマが振り向いた。
「真似すんなよ! クソ蜂!」
「……あぁ?」
バルドの眉が動く。
「誰がクソ蜂だって?」
「はっきりしゃべれや!木偶の坊が!」
「やめなよ」
エルネが、呆れたように口を挟んだ。
「まったく……少しは落ち着けないの?」
「……うるせぇ!」
「……黙ってろ」
ドーマとバルドの声が重なった。
「……やれやれ」
エルネが肩を竦める。
「……ほんと仲いい」
セラが呆れたように言った。
「……どこがだよ!」
ドーマが即座に言い返す。
「……目ぇ腐ってんのか」
バルドも、冷たく睨んだ。
「……ほら、息ぴったり」
セラが肩を竦める。
「…………」
エルネは、思わず小さく笑った。
その横で。
「………それで?」
ゴートーが口を開いた。
視線は、グウェンへ向いている。
「……そっちは、どうするんだ?」
「あぁ!」
グウェンが頷いた。
「そっちは、他に頼んだわ!」
「……他?」
フーガが首を傾げた。
「誰や?」
「ナッハハハハ!」
グウェンが笑う。
そして。
ゆっくりと、周囲を見渡した。
傷ついた隊長たちとノエル。
満身創痍のレテたち。
そして、未だ剣を向けるリオネル。
そのすべてを、一度に眺める。
「それは……」
グウェンが口を開いた。
だが。
「……おっと」
次の瞬間。
その視線が、僅かに動いた。
ドォンッ!
「…………⁉︎」
轟音。
グウェンの左右から。
二つの影が、同時に飛び込んできた。
「……当たらぬか」
グレイグだった。
その手には、《クストス》。
大盾が鞘となり、その内部に大剣を収めた異形の武器。
グレイグが、盾の鞘から大剣を引き抜いた。
ギャリンッ!
抜き放たれた大剣が、横薙ぎに走る。
だが。
グウェンは、僅かに身体を傾けただけだった。
ゴォッ!
巨大な刃が、空を切る。
「……クソが!」
反対側から、セリオが踏み込む。
双剣《飛燕》。
上下から交差するように、斬撃が走った。
だが。
ギィンッ!
「…………!」
二振りの刃が、青と黒の鞘に受け止められていた。
抜いていない。
グウェンは、軍刀を抜いてすらいなかった。
「……ほう!」
その顔に、嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「『百戦』のグレイグに……精霊に愛された男、セリオか!」
「……⁉︎」
グレイグの目が、大きく見開かれた。
「……貴様……」
セリオも、眉を寄せる。
「……俺らのことを、知ってるのか?」
「ナッハハハハ!」
グウェンは、答えなかった。
ただ、楽しそうに笑っている。
「…………」
セリオは、奥歯を噛み締めた。
(……あのミュゼって野郎も……俺のことを知ってた……)
妙だった。
初めて会ったはずの相手。
それなのに。
こちらのことを、知っている。
(……なんなんだよ……こいつら……)
だが。
それ以上に、気になることがあった。
「……お前」
セリオが、ゆっくりと口を開いた。
「……さっき、うちのもんが言ってたんだが……」
「ん?」
「……首を落とされたんだってな」
グウェンの笑みが、僅かに止まる。
「……なのに、何で生きてる?」
「…………」
「……それに、あのミュゼって奴もだ」
セリオが双剣を握り直した。
「……確実に仕留めたはずだ」
その瞬間。
「……テメェ」
低い声が響いた。
ゲンザだった。
先ほどまでの笑みが、消えている。
「……やっぱり、ミュゼを……」
《虎鉄》を握る手に、力が籠もった。
だが。
「……やめいや」
フーガが、短く告げた。
「…………」
ゲンザが口を閉ざす。
僅かな沈黙。
その中で。
「……ナッハハ!」
グウェンが笑った。
「不死隊は、不死隊じゃ」
軍刀を肩へ担ぐ。
「御伽話の通りじゃよ」
「…………」
セリオの目が、細くなる。
「……死んでも、墓場から出てきて……」
幼い頃に聞いた話。
死者が、再び立ち上がる。
自らを殺した相手を探し。
その命を奪うまで、追い続ける。
「……殺された相手に、復讐する……」
「ナッハハハハ!」
グウェンが、愉快そうに笑った。
「墓場からは出んがな!」
「…………」
セリオは、何も言い返せなかった。
冗談なのか。
本当のことなのか。
それすら、判断できなかった。
ただ。
目の前の男が。
首を落とされても、こうして生きている。
その事実だけが、重くのしかかっていた。
「……さてさて」
グウェンが、ふと空を見上げた。
「そろそろ、来るじゃろ」
「…………?」
グレイグが眉を寄せる。
何のことを言っているのか。
問いかけようとした。
そのとき。
「…………!」
シルヴァンが、顔を上げた。
片眼鏡の奥で、瞳が揺れる。
視線は、戦場の向こう。
ある一点へ向けられていた。
「……なぜ……?」
掠れた声。
その隣で。
リゼットも、同じ方向を見つめていた。
「……どういうことだ⁉︎」
そして。
ダリウス。
巨大な槌を握ったまま、その場に立ち尽くしていた。
「……何故……」
その声が、震える。
「……何故、あなたが……!」
誰も、答えなかった。
ただ。
三人の視線だけが。
同じ場所へ、釘付けになっていた。




