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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
休暇

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豪快な笑い声

 ナッハハハハ!


 豪快な笑い声が、戦場に響いた。


 その直後。


 ガァンッ!


 最後の金属音が鳴り響き。


 戦場は、静寂に包まれた。


「…………」


 ガオンが、目を見開く。


 先ほどまで、あれほど激しく交わされていた剣戟。


 地面を揺るがす衝撃。


 絶え間なく放たれていた精霊術。


 そのすべてが。


 止まっていた。


(……嘘だろ……)


 男が発した、たった一言。


『不死隊、止まれ。』


 それだけで。


 あの凄まじい戦闘が、終わってしまった。


「……ったく」


 遠くで、誰かが舌打ちした。


 バルドだった。


 《蜂穿》を肩に担ぎ、面倒そうに顔を上げる。


「……遅ぇよ、オヤジ」


「ナッハハハハ!」


 男が笑った。


「そう言うな、バルド! わしも色々と忙しかったんじゃ!」


「……どうせ、ろくでもねぇことだろ」


「ナッハハ! よう分かっとるのぉ!」


「……褒めてねぇよ」


 バルドは呆れたように息を吐いた。


 そして。


 そのまま、シルヴァンから距離を取る。


 追撃する様子はない。


 別の場所では。


「ガッハッハ!」


 ゲンザが豪快に笑っていた。


「やっと来やがったか!」


「おお、ゲンさん!」


 男が嬉しそうに手を上げる。


「随分と楽しそうじゃのぉ!」


「おうよ! 久々に骨のある奴とやり合えてな!」


「ナッハハハハ! そりゃ良かった!」


 男の笑い声に、ゲンザも声を上げて笑った。


「…………」


 ガオンは、その光景を呆然と見つめていた。


(……何だよ、あいつら……)


 理解できなかった。


 こちらは。


 息をすることすら、ままならない。


 身体は動かず。


 胃の奥から、何度も吐き気が込み上げてくる。


 それなのに。


 あの男を前にして。


 不死隊の面々は、まるで旧知の友人に会ったかのように笑っている。


「……おーい!」


 今度は、フーガの声が響いた。


 血に濡れた顔で、男を見つめている。


「……オヤジぃ!」


「おお! フーガ!」


「おお! やあらへんわ!」


 フーガが《龍憑》を下ろした。


「……ほんま、ええとこやったんやで?」


「ナッハハハハ!」


 男が腹を揺らして笑う。


「そう怒るな! また今度やればいいじゃろ!」


「……簡単に言うなぁ」


 フーガが苦笑した。


 そして、ちらりと背後へ視線を向ける。


 そこには。


 双剣《飛燕》を握ったまま、荒い呼吸を繰り返すセリオがいた。


「……はぁっ……はぁっ……!」


 額から汗が滴る。


 先ほどまで、フーガとの激戦を繰り広げていた身体。


 そこへ。


 新たに現れた男の殺気が、容赦なく襲いかかっていた。


『……セリオ』


 フィンが、小さく声を上げる。


『……何なんだよ、あいつ……』


「……俺が……知るかよ……!」


 セリオは、歯を食いしばった。


 目の前のフーガですら、まともに立ち合うのがやっとだった。


 だというのに。


 あの男は、何だ。


 剣を抜いてすらいない。


 それなのに。


 まるで。


 首筋へ刃を突きつけられているかのようだった。


「……さてさて!」


 男が、軍帽の鍔に手を添えた。


 がっしりとした身体。


 丸い鼻。


 そして、口元には逆立った三日月型の髭。


 軍帽の下には、髪のない頭が覗いていた。


 青い装飾の入った不死隊の制服。


 その手には、青と黒を基調とした軍刀。


 鞘の先端を石畳へつけたまま、男は辺りを見渡した。


「いやぁ、随分と派手にやったのぉ!」


 その声は、どこまでも陽気だった。


「ナッハハハハ! 元気があって結構じゃ!」


「……オヤジ」


 フーガが、呆れたように口を開く。


「……そろそろ、それ何とかしてくれへん?」


「ん?」


「……殺気や、殺気」


「おお!」


 男が、ぽんと手を打った。


「そうじゃった!」


 そして。


「ナッハハ! すまんのぉ!」


 ふっ。


「…………⁉︎」


 その瞬間だった。


 レテの身体を締めつけていた何かが。


 突然、消えた。


「……っ、はぁ!」


 肺に、空気が流れ込む。


「……はぁっ……はぁっ……!」


 何度も息を吸い込んだ。


 喉が痛い。


 胸が苦しい。


 胃の奥には、まだ吐き気が残っている。


 だが。


 ようやく、身体が動いた。


「……げほっ! げほっ!」


 ログが激しく咳き込んだ。


「……っ、何だよ……今の……!」


 震える腕を持ち上げ、口元を押さえる。


 ガオンも、石壁に背を預けたまま大きく息を吐いた。


「……はぁっ……くそ……!」


 額から、汗が落ちる。


 心臓が、激しく脈打っていた。


(……ふざけんな……)


 ガオンは、男を睨もうとした。


 だが。


 その姿を見た途端。


 再び背筋が冷たくなった。


 先ほどまで感じていた殺気は、確かに消えている。


 それなのに。


 怖い。


 身体が、あの感覚を覚えていた。


「……レテ……さん……」


 ユノが、震える声を漏らした。


「……大丈夫……ですか……?」


「……ええ……」


 レテは、苦しげに頷いた。


 だが。


 ログの治療を再開しようとしても、指先が思うように動かない。


 それほどまでに。


 あの男の殺気は、彼らの身体に深く刻み込まれていた。


「……ナッハハハハ!」


 男が、再び笑った。


「いやぁ、いかんいかん! ちぃと気が昂ってしもうた!」


「……ちぃと、やないやろ」


 フーガが呆れたように言う。


「……あんた、ほんま変わらへんなぁ」


「そうかのぉ?」


 男が首を傾げる。


 そして。


「ナッハハハハ!」


 また、笑った。


 その様子を見て。


 ログは、思わず顔を歪めた。


(……何なんだよ……こいつ……)


 先ほどまで、自分たちを身動き一つ取れなくしていた男。


 その本人が。


 まるで何事もなかったかのように、笑っている。


 悪意など、微塵も感じられない。


 むしろ。


 気のいい老人にすら見えた。


 だが。


 ログには、それが何よりも恐ろしかった。


「……さて」


 男が、軍刀を持ち直す。


 コツン。


 鞘の先端が、石畳を叩いた。


「皆、ご苦労じゃった!」


 その言葉に。


 不死隊の面々が、それぞれ顔を向ける。


「随分と派手にやっとったようじゃが……」


 男が、にやりと笑った。


「もう十分じゃろ!」


「……はぁ」


 フーガが、大きく息を吐いた。


「……しゃあないなぁ」


 《龍憑》を肩に担ぐ。


「……ほな、今日はここまでや」


 その言葉を聞き。


 ようやく、ほかの不死隊の面々も戦う姿勢を解いていった。


「…………」


 レテは、その様子を見つめていた。


 胸の奥に、一つの疑問が浮かぶ。


(……この人は……)


 不死隊。


 アルトが、かつて所属していた部隊。


 その隊員たちが。


 これほど親しげに接しながらも、明らかに一目置いている男。


 そして。


 あの、異常な殺気。


(……まさか……)


 そのとき。


「おっと!」


 男が、こちらを向いた。


 レテの心臓が跳ねる。


「……っ!」


 先ほどの殺気は、もうない。


 だが。


 自然と、身体が強張った。


 男は、そんな彼女たちを見つめると。


 にかっと笑った。


「ナッハハハハ!」


 軍刀に手を添えたまま、胸を張る。


「そういえば、まだ名乗っとらんかったのぉ!」


 そして。


「わしは、グウェン!」


 豪快な笑い声が、再び響いた。


「ナッハハハハ! よろしく頼むぞ!」


「…………」


 誰も、答えられなかった。


 ただ。


 その名だけが。


 レテたちの胸に、深く刻み込まれていた。

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