さっさとかかってこい
◇ ◇ ◇
シュッ!
「……っ!」
シルヴァンが咄嗟に《アクメン》を振り上げた。
キィンッ!
《蜂穿》の穂先が弾かれる。
だが。
「……遅ぇ」
バルドが手首を返した。
再び、突き。
シルヴァンが半歩退く。
さらに、三撃目。
「くっ……!」
槍を引き戻す暇もない。
《アクメン》の柄を傾け、辛うじて受け流す。
しかし。
ザシュッ!
「……ぐっ!」
《蜂穿》の穂先が、右肩を掠めた。
鮮血が飛ぶ。
シルヴァンが大きく後退した。
「……はぁっ……はぁっ……!」
肩で息をする。
対するバルドは、相変わらず猫背のままだった。
《蜂穿》を片手で回し、面倒そうに息を吐く。
「……何だよ。もう終わりか?」
「……冗談を」
シルヴァンが片眼鏡を押し上げた。
「まだ、始まったばかりでしょう」
「……そうかよ」
バルドが槍を構え直す。
「……なら、もう少し頑張れ」
地面を蹴った。
「……っ!」
シルヴァンの目が動く。
右肩。
肘。
腰。
そして、踏み込む左足。
第一継承技。
《慧眼》。
相手の僅かな動きから、次の攻撃を予測する。
(……右から!)
《アクメン》を構える。
直後。
ガァンッ!
「ぐぅっ!」
強烈な衝撃が両腕を襲った。
予測は正しかった。
だが、威力が違う。
《魔脈》によって強化されたバルドの一撃。
先ほどまでとは、まるで重さが違っていた。
「……っ!」
シルヴァンの足が滑る。
「……おいおい」
バルドが鼻を鳴らした。
「……見えてんだろ?」
「……ええ!」
「……なら、ちゃんと防げよ」
《蜂穿》が引き戻される。
続けて、下段。
シルヴァンが跳ぶ。
だが、バルドはその動きを待っていた。
「……そこ」
槍が跳ね上がる。
「……っ!」
シルヴァンが《アクメン》を横へ振るった。
キィィンッ!
空中で刃が激突する。
シルヴァンの身体が、大きく弾かれた。
着地と同時に、膝が沈む。
「……くっ!」
だが、反撃する。
《アクメン》を引き、鋭い突きを放った。
狙いは、バルドの胸元。
「……ほう」
バルドが僅かに身を引く。
穂先が服を掠めた。
シルヴァンがさらに踏み込む。
「そこです!」
槍を返し、今度は首元へ。
だが。
「……甘ぇな」
バルドが《蜂穿》を引き寄せた。
ガンッ!
柄で《アクメン》を押し下げる。
同時に、穂先が走った。
ザシュッ!
「……がっ!」
シルヴァンの左脇腹が裂けた。
鮮血が石畳へ散る。
「……ぐっ……!」
後退しようとする。
しかし。
「……逃がすかよ」
バルドが踏み込んだ。
「《乱穿》」
その瞬間。
《蜂穿》の穂先へ、細く圧縮された魔力が集まった。
突き。
「……っ!」
シルヴァンが身を捻る。
だが、避けきれない。
ザシュッ!
穂先が、右の上腕を浅く貫いた。
「くっ……!」
シルヴァンが槍を振り払い、距離を取る。
傷は浅い。
だが。
「……ん?」
右腕に、奇妙な感覚が走った。
指先が痺れる。
続いて、肩。
そして、胸元。
「……ぐっ⁉︎」
突然、身体が重くなった。
呼吸が乱れる。
全身を、じっとりとした倦怠感が包み込む。
(……何だ、これは……!)
まるで、毒でも受けたかのようだった。
「……おい」
バルドが《蜂穿》を肩に担いだ。
「……顔色悪ぃぞ」
「……あなたが、何かしたのでしょう……!」
「……まぁな」
バルドが面倒そうに答える。
「……毒じゃねぇから安心しろ」
「……安心、できるわけが……!」
シルヴァンが《アクメン》を構え直した。
その瞬間。
「……っ!」
右腕が、思うように持ち上がらなかった。
(……力が……!)
魔素の巡りがおかしい。
身体の内側で、何かが流れを乱している。
シルヴァンは歯を食いしばった。
(……ならば!)
周囲の魔素を取り込む。
それを霊素へ変換し、継承技を発動させる。
だが。
「……なっ⁉︎」
変換が、うまくいかない。
普段ならば、淀みなく霊素へと変わるはずの魔素。
それが、途中で乱れる。
集めた力が、散っていく。
「……馬鹿な……!」
シルヴァンが目を見開いた。
もう一度。
意識を集中させる。
だが、結果は同じだった。
「……何を、したんです……!」
「……あ?」
バルドが首を傾げる。
「……ああ。そっちにも効くのか」
「…………!」
「……面倒な技が使えなくなったんなら、ちょうどいいだろ」
バルドが《蜂穿》を構え直した。
「……そのまま寝てろよ」
シュッ!
「……っ!」
シルヴァンが咄嗟に《アクメン》を振るう。
キィンッ!
一撃目を弾く。
だが、右腕が痺れる。
二撃目。
今度は、左肩。
「くっ!」
身体を捻る。
辛うじて躱した。
しかし。
ガンッ!
「ぐぁっ!」
《蜂穿》の柄が、胸当てを打ち据えた。
シルヴァンの身体が後方へ吹き飛ぶ。
石畳へ叩きつけられ、転がった。
「……がはっ!」
咳き込む。
口元から、血が垂れた。
「……はぁっ……はぁっ……!」
《アクメン》を支えに、片膝をつく。
(……まずいですね)
相手の動きは、まだある程度読める。
だが、《慧眼》を維持するための霊素が足りない。
身体も、思うように動かない。
このままでは。
「……おい」
バルドが声をかけた。
「……無理すんなよ」
「……お気遣い、どうも」
「……別に気遣ってねぇ」
バルドが肩を竦める。
「……倒れられたら、面倒なんだよ」
「……そうですか」
シルヴァンが苦笑した。
「それは……申し訳ありませんね」
ゆっくりと立ち上がる。
足元がふらついた。
それでも、《アクメン》は手放さない。
「……まだ、やんのか」
「当然でしょう」
「……チッ」
バルドが舌打ちする。
「……頑固な野郎だな」
「よく言われます」
シルヴァンが片眼鏡を押し上げた。
「ですが……一つ、分かりましたよ」
「……あ?」
「あなたの攻撃は、ただ速いだけではない」
右腕を持ち上げる。
まだ痺れが残っていた。
「体内に何かを打ち込み、魔素の循環を乱している」
「…………」
「おかげで、魔素を霊素へ変換することすら難しい」
バルドが小さく鼻を鳴らした。
「……そこまで分かってんなら、もういいだろ」
「いいえ」
シルヴァンが首を振った。
「仕組みが分かれば……対処のしようもあります」
「……はっ」
バルドが呆れたように笑う。
「……頭でっかちな野郎だ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「……褒めてねぇよ」
シルヴァンが《アクメン》を構えた。
右足を後ろへ。
左肩を僅かに下げる。
そして。
深く、息を吸った。
(……すべてを正常に戻す必要はない)
乱れた魔力の流れ。
変換できずに散っていく霊素。
そのすべてを制御することは、今の自分には難しい。
だが。
(……一瞬だけなら)
必要な量だけを集める。
たった一撃。
それだけならば。
「……ほう」
バルドが目を細めた。
「……まだ何か隠してんのか?」
「さて……どうでしょう」
「……チッ」
バルドが《蜂穿》を握り直した。
「……面倒くせぇな」
シルヴァンの周囲に、僅かな霊素が集まり始める。
だが、その流れは不安定だった。
生まれては散り。
集まっては乱れる。
それでも。
シルヴァンは、槍を下ろさなかった。
「……まだ、終わっていませんよ」
バルドが、深いため息をつく。
「……ああ、分かったよ」
《蜂穿》の穂先を、シルヴァンへ向けた。
「……だったら、さっさとかかってこい」




