……はしたない
◇ ◇ ◇
「……めんどくさい」
セラが《白鶴》を構え直した。
その正面で、リゼットは肩を押さえていた。
指の隙間から血が滴る。
先ほどの《白閃・乱廻》。
四度にわたる連撃は、確かにリゼットを捉えていた。
だが。
「……ふん」
リゼットは傷口から手を離した。
「随分と嬉しそうじゃないか」
「……別に」
「私に一撃入れたのが、そんなに嬉しいか?」
「……四回」
「……あ?」
「……四回、斬った」
リゼットの眉が跳ねた。
「……貴様、本当に腹立たしいな」
「……よく言われる」
「褒めていない!」
ダンッ!
リゼットが地面を蹴った。
銀色の曲剣が、セラの喉元へ迫る。
キィンッ!
《白鶴》の柄が、その一撃を受け止めた。
しかし、リゼットは止まらない。
刃を滑らせ、手首を返す。
今度は、セラの右腕。
「……っ」
セラは柄を引き、刃を躱した。
そのまま薙刀を回転させる。
長い刃が、リゼットの胴へ迫った。
「遅い!」
リゼットが踏み込む。
刃の内側へ。
薙刀の長さが、かえって邪魔になる距離。
《エクラ》が鋭く振り上げられた。
「……くっ!」
セラは咄嗟に柄を立てた。
ギィンッ!
銀色の刃が弾かれる。
だが、衝撃で両腕が持ち上がった。
そこへ。
ドンッ!
「……っ!」
リゼットの蹴りが、セラの腹部を捉えた。
小柄な身体が後方へ滑る。
セラは《白鶴》の石突を地面へ突き立て、勢いを殺した。
「……痛い」
「当たり前だろう」
リゼットが笑う。
「戦っているんだからな」
「……性格悪い」
「貴様にだけは言われたくない!」
再び銀光が走った。
「《銀閃》!」
リゼットの身体が加速する。
セラは《白鶴》を横へ振った。
しかし、リゼットはその軌道を読んでいた。
上体を沈め、刃の下を抜ける。
そのまま《エクラ》を突き出した。
ザシュッ!
「……っ!」
セラの左腕に赤い線が走った。
血が飛ぶ。
だが、セラは退かなかった。
柄を握る右手を滑らせ、石突を前へ突き出す。
「……!」
リゼットが首を傾けた。
石突が頬を掠める。
さらにセラが手首を返す。
今度は刃。
下から斜めに斬り上げた。
ギィンッ!
リゼットが《エクラ》で受け止める。
その瞬間、セラの身体が回った。
「……またそれか!」
リゼットが声を上げる。
《白鶴》の刃が、大きな弧を描いた。
だが、リゼットは後退しなかった。
剣を斜めに構え、薙刀の柄へ押し当てる。
キィィンッ!
回転の軌道が、僅かに逸れた。
「……!」
「同じ手を何度も食らうと思うな!」
リゼットが踏み込む。
《エクラ》が、セラの肩へ迫った。
だが。
「……それ、こっちの台詞」
セラの足が、石畳を蹴った。
身体が宙へ浮く。
先ほどまでの回転とは違う。
《白鶴》を軸にするのではなく、柄を握ったまま自ら身体を捻った。
リゼットの剣が、足元を通り過ぎる。
そして。
ヒュンッ!
薙刀の刃が、頭上から落ちた。
「……っ!」
リゼットは咄嗟に《エクラ》を掲げた。
ガァンッ!
重い衝撃。
負傷した肩に痛みが走る。
「ぐっ……!」
リゼットの膝が沈んだ。
その隙を、セラは逃さない。
着地と同時に《白鶴》を引き戻す。
そして、突き。
狙いはリゼットの胸元。
「……なめるな!」
リゼットが身体を捻った。
刃が脇を通り過ぎる。
そのまま《エクラ》を振り抜く。
ザンッ!
「……くぅ!」
セラの脇腹が裂けた。
既に負っていた傷が、さらに深くなる。
セラは顔を歪めながら後方へ跳んだ。
リゼットも追わない。
肩から流れる血を一瞥し、舌打ちした。
「……チッ」
「……はしたない」
「黙れ!」
セラは小さく首を傾げた。
「……怒りっぽい」
「誰のせいだと思っている!」
「……知らない」
リゼットのこめかみに、再び青筋が浮かんだ。
だが、今度は踏み込まなかった。
代わりに、ゆっくりと息を吐く。
(……厄介だな)
あの薙刀。
単に長いだけではない。
柄の握り方を変えることで間合いを調整し、回転によって攻撃の方向を変えてくる。
しかも、あのよくわからない力。
突然、動きが速くなるかと思えば、先ほどまでとは比べものにならない威力の一撃を繰り出してくる。
(……何をしている?)
精霊術とも違う。
少なくとも、リゼットの知る技術では説明がつかなかった。
先ほどの連撃をもう一度まともに受ければ、今度こそ致命傷になりかねない。
一方。
セラもまた、リゼットを見据えていた。
(……速い)
攻撃を見てから反応しているのではない。
こちらが動く前に、次の位置へ入り込んでくる。
しかも、先ほどから少しずつ間合いを詰められていた。
薙刀の長さを生かそうとすれば、その内側へ潜り込まれる。
逆に近距離で対処しようとすれば、剣の速度で押し切られる。
「…………」
セラは《白鶴》を握り直した。
リゼットが、その動きを見逃さなかった。
「どうした? 疲れたか?」
「……そっちこそ」
「私が?」
「……肩、痛そう」
リゼットの笑みが消えた。
「……心配してくれるのか?」
「……ううん」
「ほう?」
「……狙いやすそう」
「……このっ!」
リゼットが踏み込んだ。
だが、今度の動きは先ほどまでとは違った。
一直線ではない。
右へ。
そして、左へ。
小刻みに進路を変えながら、セラとの距離を詰める。
「……!」
セラが《白鶴》を振るった。
しかし、リゼットはその刃へ向かわない。
薙刀が通り過ぎる瞬間を待ち、さらに一歩。
セラの懐へ。
「《双閃》!」
一閃。
セラが柄で受ける。
キィンッ!
だが、二閃目はさらに速かった。
「……っ!」
セラは身体を捻った。
銀色の刃が、胸元を掠める。
布が裂け、血が滲んだ。
それでも、セラは《白鶴》を手放さない。
「……魔脈」
全身に魔力が巡る。
「《白閃》」
セラの動きが変わった。
リゼットの剣を受けた柄が、僅かに傾く。
受け止めるのではない。
力を流す。
その衝撃を利用し、身体を回す。
「……またか!」
リゼットが剣を引いた。
だが、セラは追撃しなかった。
回転の勢いを殺し、逆方向へ足を踏み出す。
「……⁉︎」
予想と違う動き。
リゼットの反応が、一瞬だけ遅れた。
そこへ。
《白鶴》の石突が突き出された。
ドンッ!
「ぐっ……!」
リゼットの腹部を捉える。
身体が僅かに折れた。
セラはそのまま柄を引き、薙刀を振り上げる。
刃が、リゼットの肩へ迫った。
しかし。
「……甘い!」
リゼットは《エクラ》を逆手に持ち替えた。
短い動作で刃を立てる。
ギィィンッ!
薙刀の刃が弾かれた。
そのまま、リゼットが身体を回す。
鋭い横薙ぎ。
セラは後方へ跳んだ。
銀色の刃が、鼻先を通り過ぎる。
互いに距離を取った。
「……はぁっ……はぁっ……」
リゼットの呼吸が荒い。
肩の傷から、再び血が流れていた。
セラもまた、脇腹を押さえている。
小柄な身体が、僅かに揺れた。
「……しぶといな」
リゼットが呟く。
「……そっちも」
セラが答えた。
リゼットは《エクラ》を持ち上げる。
「ならば、次はどうだ?」
銀色の刃が、ゆっくりと下がる。
セラは目を細めた。
先ほどまでとは違う構え。
剣先が低い。
重心も、僅かに前へ移っている。
「…………」
セラが《白鶴》を構え直した。
その表情から、眠たげな気配が薄れる。
「……来るなら、早くして」
リゼットが笑った。
「後悔するなよ?」
次の瞬間。
二人が、同時に地面を蹴った。




